大地からの声――31 島から見るコロナ禍とこれからの漁師の仕事。 神津島漁師「大生丸」浜川一生さん
2021.06.28
text by Sawako Kimijima / photographs by Hide Urabe
連載:大地からの声
コロナ禍で島の人々の仕事と暮らしはどうなっているだろう? 多くの人が気になっているのではないでしょうか。東京・神津島の漁師、浜川一生さんに感染拡大以降の仕事の状況と島の様子をお聞きしました。
医療体制に限りがある島ならではの日々の気遣い、じわじわ及んでくる都市部の飲食業の影響、海と向き合う中で考えるこれからの食・・・島の漁師の言葉が胸に響いてきます。
問1 現在の状況
魚の価格が低迷したまま戻らない。
まず、島の様子からお話ししましょう。
高齢者以外のワクチン接種の予約が6月7日から始まり、島民全体への接種が順次進められているところです。
神津島では島内の医療機関が「東京都神津島村国民健康保険直営診療所」に限られており、そこでは新型コロナウイルス感染症に対応した治療は受けられなくて、もし、コロナウイルスに感染すれば、即刻ヘリコプターで都の病院へ搬送されることになります。これまでのところ島内での感染者は1名に留まっていますが、島民はみな感染しないようにとかなり神経を使っています。
ウイルスが島に持ち込まれないよう、昨年(2020年)の一回目の緊急事態宣言時、そして今回の緊急事態宣言でも「来島自粛要請」が発令されました。島へ来ないでくださいという要請ですね。特に昨年の時には宿を営むみなさんに休業要請が出されましたね。小さな島である分、緊張感は都市部より大きいかもしれません。
新型コロナウイルスは島の漁業にも影響を及ぼしています。
神津島は、キンメダイをはじめ、メダイ、ムツ、キハダマグロ、ホンマグロなど、太平洋の荒波にもまれた良質な魚の産地として知られ、豊洲市場にも出荷しています。
代々漁師の家に生まれ育った私は、親の船で17年間経験を積んだ後に、4年前から自分の船「大生丸」で漁を営んできました。年間20数トンの漁獲の約8割はキンメダイですが、コロナ禍によって、2~3割ほど価格が下がっています。キンメに限らず全体に落ち込んでいる。これまでも様々な理由で値が下がることはあったけれど、比較的すぐに回復していたんです。それが今回は低迷したまま戻らない。下げ止まったままです。年収も3割くらい減っています。
先日もキハダマグロを豊洲へ送ろうとしたら、荷受けから「セリで売れないので送らないでほしい」と言われてしまって・・・。飲食店が止まれば、市場が止まる、僕たち生産者も止まる。出口が止まれば、すべてが止まります。初めの頃は休業要請や営業短縮要請が出されている飲食業界の方々は大変だなと、お店の心配をしていましたが、ここまで長期化すると、僕たちのほうへもボディブローのように効いてきています。
獲ろうと思えば魚は獲れる。でも、獲って売れない状態が続けば、ロスを出すことになってしまう。島の漁協全体で今年の5月1~7日を休漁にするなど、漁獲調整もしています。
問2 コロナで気付かされたこと、考えたこと
不確定要素に日頃から対処する。
コロナに関わらず、漁師は、自然環境などの外的要因に左右されやすい仕事です。天候次第で海に出られない日も多く、働き方が不規則になりがち。魚の価格変動も大きい。そんな不確定要素が多いことへの対処として、数年前から魚醤づくりに取り組み始めました。
魚と塩を樽に仕込んで、常温で発酵・熟成させます。塩は何パーセントが適切か、何カ月くらい熟成させるとおいしくなるのか、何度も何樽も実験を重ねて味の向上を図ってきました。当初は魚と塩のみでしたが、最近は島の湧き水で味の調整をしています。神津島は名水の地としても有名なんですね。
キンメの魚醤とサバの魚醤、2種類を商品化したところ、キンメの約300本はすべて売れました。賞味期限が長く、熟成が進むほどに澄んで、味わいはまろやかになる。作るのに電気代もかからなければ、時間のスパンが長くて、自然の営みに合っている。まだまだ趣味の領域を出ていないけれど、今回のコロナのような事態が続くと、本格的に取り組もうかという気持ちになります。
問3 これからの食のあり方について望むこと
獲りすぎない。同じ魚ばかり獲らない。
漁師になって22年。温暖化をまざまざと感じています。
太平洋上に浮かぶ島は、台風の影響をまともに受ける。ここ数年は、台風が来ると尋常でない風が吹き、バケツをひっくり返したスコールのような雨が降るようになりました。今年、例年よりかなり早く梅雨入りしたのも気になるところです。
海の変化も顕著です。この10年で水温が上がって、海藻も貝類も激減しています。水揚げの量は落ちているし、魚も小型化している。僕たち漁師は、データ的なことはわからないけれど、漁に出る度に肌で実感しています。
確実に魚が獲れなくなっていて、それは温暖化ばかりじゃなく、獲りすぎたという側面もあるでしょう。
ちなみに神津島のキンメダイは「一本釣り漁(多数の釣り針が付いた長い糸を深海に垂らして釣る方法)」という島独特の漁法で網を使わないため、獲りすぎにくいし、魚を傷つけません。それでも資源管理の方法をみんなで話し合って取り決めています。
まず、夜の漁は禁止。夜は獲れすぎてしまうからです。道具を使って漁をするのは日の出以降で日の入りまで。竿は1人2本まで、1本の竿(テグス)に付ける釣り針の数は50個まで。釣り針に付ける餌はイカだけ。サンマのような脂肪分の多い魚は使わない。なぜって、魚の食い付きが良すぎるから。釣り上げても400g以下の個体は放流する。そして、産卵期に入る6月、毎週金曜日は休漁します。7~8月も日の出と共に漁を開始して朝9時には港に戻る。
魚がいなくなってからでは遅いですからね。
これまでキンメダイが漁獲量の8割を占めてきたわけですが、ひとつの魚種に集中すればその魚の枯渇を招く。魚種を分散させることも大切と考えています。
施策のひとつとして、タカアシガニ漁にチャレンジしてみるつもりです。伊豆七島でタカアシガニ漁に挑戦した人は20~30年前に1、2隻あった程度だとか。でも、魚種の分散という点では意味があるし、やってみたら見えてくるものも多いと思う。先頃、都に申請を出しました。売り先の開拓なども試行錯誤しながら取り組んでいきたいと考えています。
コロナ禍のような社会情勢の変動に対処する意味でも、気候変動への対処としても、魚醤に取り組んだように、これまでやってこなかった新しい領域の開拓は絶対に必要だと思っています。
浜川一生(はまかわ・かずたか)
祖父も父も漁師という漁師一家に生まれる。母親からは反対されたが、小学生の頃から志した漁師の道へ。17年間、父親の船で経験を積み、4年前に自分の船「大生丸」を持つ。いとこの息子さんと2人で年間20数トンの漁獲を誇る。その8~9割はキンメダイ。一昨年からは魚醤作りに取り組んでいる。
大地からの声
新型コロナウイルスが教えようとしていること。
「食はつながり」。新型コロナウイルスの感染拡大は、改めて食の循環の大切さを浮き彫りにしています。
作り手-使い手-食べ手のつながりが制限されたり、分断されると、すべての立場の営みが苦境に立たされてしまう。
食材は生きもの。使い手、食べ手へと届かなければ、その生命は生かされない。
料理とは生きる術。その技が食材を生かし、食べ手の心を潤すことを痛感する日々です。
これまで以上に、私たちは、食を「生命の循環」として捉えるようになったと言えるでしょう。
と同時に、「生命の循環の源」である生産現場と生産者という存在の重要性が増しています。
4月1日、国連食糧農業機関(FAO)、世界保健機関(WHO)、関連機関の世界貿易機関(WTO)、3機関のトップが連名で共同声明を出し、「食料品の入手可能性への懸念から輸出制限のうねりが起きて国際市場で食料品不足が起きかねない」との警告を発しました。
というのも、世界有数の穀物生産国であるインドやロシアが「国内の備蓄を増やすため」、小麦や米などの輸出量を制限すると発表したからです。
自給率の低い日本にとっては憂慮すべき事態が予測されます。
それにもまして懸念されるのが途上国。世界80か国で食料援助を行なう国連世界食糧計画(WFP)は「食料の生産国が輸出制限を行えば、輸入に頼る国々に重大な影響を及ぼす」と生産国に輸出制限を行わないよう強く求めています。
第二次世界大戦後に進行した人為的・工業的な食の生産は、食材や食品を生命として捉えにくくしていたように思います。
人間中心の生産活動に対する反省から、地球全体の様々な生命体の営みを持続可能にする生産活動へと眼差しを転じていた矢先、新型コロナウイルスが「自然界の生命活動に所詮人間は適わない」と思い知らせている、そんな気がしてなりません。
これから先、私たちはどんな「生命の輪」を、「食のつながり」を築いていくべきなのか?
一人ひとりが、自分自身の頭で考えていくために、「生命の循環の源」に立つ生産者の方々の、いま現在の思いに耳を傾けたいと思います。
<3つの質問を投げかけています>
問1 現在のお仕事の状況
問2 新型コロナウイルスによって気付かされたこと、考えたこと
問3 これからの私たちの食生活、農林水産業、食材の生産活動に望むことや目指すこと