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PEOPLE / 生産者・伴走者

大地からの声――20折り合いをつけながら、生きていく。「ナカシマファーム」中島大貴さん

2020.08.24

text by Kyoko Kita

連載:大地からの声

佐賀県嬉野市で酪農を営む「ナカシマファーム」の3代目でありチーズ職人の中島大貴さん。飼料の栽培から手掛ける“GRASS TO CHEESE”を理念に掲げています。取材の中で時折語られたのが「折り合いをつける」という言葉。自然と、地域と、微生物と、互いに歩み寄り、譲り合い、守り合う――私たちも自分以外の存在とそんなやさしい関係性を探る時かもしれません。



問1 現在の状況

これまでもずっとwithウイルス。

コロナ禍に際して、実はそれほど大きなショックを受けていないというのが正直なところです。
この数カ月を以前と変わらぬ精神状態で過していたのは、酪農家としてこれまでもずっとウイルスの脅威にさらされてきたからです。自粛も初めてではありません。口蹄疫が騒がれた時も飲み会や会食を避け、極力人と会わない生活をしていました。口蹄疫は病原体が人や物に付着して感染を広げます。1頭でも感染が確認されれば全頭殺処分になります。誰もが他人事ではいられず、九州全域の畜産農家同士、また畜産農家と農家の交流が寸断されました。鶏インフルエンザ、豚熱と家畜伝染病が続けて発生しましたから、今回のコロナも私たちにとっては初めての感覚ではありませんでした。

普段から、外国人旅行者の方には入国日を確認させてもらったり、名簿の記載をお願いしています。自分たちの旅行先も、口蹄疫が発生していない国を選んで行く。ウイルスの存在がいつも意識の端にあります。
酪農家の生活は常に“withウイルス”なんです。

問2 気付かされたこと、考えたこと

建築的発想で酪農の営みをデザインする。

酪農家や農家は、非常時こそ力を発揮できるという自負があります。「やったるぜ! 任せとけ!」と燃えてくる。
海外や他地域との交流や物流が制限されると、小さな規模で経済を回していかねばなりません。自分たちの作ったものが地域の食糧になるのです。

4年前から飼料用の稲を栽培し始めたのもそんな危機意識から。それまで飼料は輸入に頼っていましたが、バイオ燃料の問題や海運会社のストライキ、株価の変動などで価格が乱高下、常にリスクを抱えている状況でした。せめて自分たちで作れるものは作り、循環させていかなくてはと思い至りました。
また、米の消費量が減っている今、田んぼを飼料の栽培に転用し、牛乳に、そしてチーズに加工すれば、高齢化の進む地域の人々にも還元できます。


photograph by Maya Matsuura
酪農と共に農業も営む。4年前からは飼料用の稲の栽培も始めた。牛糞から堆肥を作り、土づくりに生かす循環型の酪農に取り組む。


最終成果物は時代に合わせて変わればいい。要は、持っている資源をどう活用するか。大切にしているのは、建築的な発想です。地域や環境に配慮しながら、時間的にも長いスパンで酪農という営みをデザインしていく。
元々、建築の世界に進みたくて、大学で建築を学びました。卒業後すぐに実家を継いだわけですが、今も建築をやっているつもりで仕事をしています。
建築という分野は多岐に渡る。建物だけでなく、街づくりや空間づくりでもある。僕は畜産というフィールドで建築的表現をすることにより、畜産業にも地域にも面白い働きかけができるのではと考えています。

牧場の隣にチーズ工房を作ることで、人の流れが作れるし、男性中心の酪農の現場に女性の仕事が生まれる。チーズづくりのノウハウを持つことは、地域としての強みにもなります。
また、畜産業には臭いの問題が常にあって、飼育方法によって臭いを抑える工夫は以前からしていますが、バッファーゾーン(緩衝地帯)を設けることで解消できないかと、牛舎の壁に花壇と腰掛スペースを設置しました。花壇や腰掛けは、心理的にも牛舎とその周辺を緩やかに繋ぐ存在になっています。コンクリートで囲ってしまえば臭いは漏れないかもしれないけれど、それでは関係を拒絶していることになる。酪農という仕事を、地域や隣近所とどう折り合いをつけながら続けていくか、その姿勢が大切だと思っています。

子どもと大人が一緒に食べられるやさしいチーズ作りがモットー。ホエイを6時間煮詰めて作るブラウンチーズ(手前)は、砂糖不使用にも関わらず糖度が50度以上あり、コーヒーとも相性が良い。


問3 これからの食のあり方について望むこと

コロナは「やさしくなれ」と言っている。


チーズ工房では赤ちゃん連れの方などを想定し、車から降りずに買い物をしていただくこともできるようにドライブスルーセットをご用意しています。実際はほとんどの方がお店に入って来られますが(笑)。

コロナ禍でドライブスルーが流行っているようですが、「新しい生活様式」はコロナに関わらず続けていってもいいのではないでしょうか。入店人数の制限によって、高齢者や幼い子供連れなど買い物弱者の方たちはむしろゆっくり買い物が楽しめるようになったかもしれません。一人ひとり丁寧に接客できれば、お客さんの満足度と共に客単価も上がり、リピーターも増えるでしょう。どのみち、これからは人口が減っていくわけですから、客単価を上げる接客のあり方を見直さなければなりません。
自分以外の人に配慮する。弱者が過ごしやすい環境を考える。コロナは「もっと人にやさしくなれ」と言っているのかもしれません。これを機にやさしい店が増え、やさしい社会に変わっていくといい。

酪農家として日々の実感からお伝えしたいのは、「大丈夫」ということ。何千年と続いてきた農業や酪農を支えているのは、おそらく何億年も前から活動を継続してきた微生物という信頼のおける存在です。刈り取った稲を保管しておくと、乳酸発酵して長期保存ができるようになり、それを牛が食べるとお腹の調子が整う。糞を発酵させれば堆肥となって田畑の土に力を与える。微生物たちの働きは魔法のようです。
ウイルスと微生物は違いますが、どちらも自然界では人間より圧倒的な数を占めています。人間は彼らとちゃんと折り合いをつけながらやってきた。これまでも、そしてこれからもそうやって共に生きていくのです。

中島大貴(なかしま・ひろたか)
佐賀県嬉野市で酪農を営む「ナカシマファーム」の3代目。大学で建築を学んだ後、08年に家業を継ぎ、12年より独学でチーズ作りを始める。約100頭のホルスタインを極力ストレスのかからない環境で飼育する傍ら、米、麦、大豆の栽培を行い、16年からは飼料用の稲の栽培を開始。“GRASS TO CHEESE”を理念に掲げ、微生物の働きを生かした循環型の酪農を行なう。チーズづくりの工程で出る大量のホエイを無駄なく使うため、ノルウェーの「ブルノスト」というチーズの製法で作る「ブラウンチーズ」を日本で唯一手掛ける。ブラウンチーズはじめ国内外で受賞多数。

ナカシマファーム
佐賀県嬉野市塩田町大字真崎1488
https://www.nakashima-farm.com/




大地からの声

新型コロナウイルスが教えようとしていること。




「食はつながり」。新型コロナウイルスの感染拡大は、改めて食の循環の大切さを浮き彫りにしています。

作り手-使い手-食べ手のつながりが制限されたり、分断されると、すべての立場の営みが苦境に立たされてしまう。
食材は生きもの。使い手、食べ手へと届かなければ、その生命は生かされない。
料理とは生きる術。その技が食材を生かし、食べ手の心を潤すことを痛感する日々です。
これまで以上に、私たちは、食を「生命の循環」として捉えるようになったと言えるでしょう。

と同時に、「生命の循環の源」である生産現場と生産者という存在の重要性が増しています。
4月1日、国連食糧農業機関(FAO)、世界保健機関(WHO)、関連機関の世界貿易機関(WTO)、3機関のトップが連名で共同声明を出し、「食料品の入手可能性への懸念から輸出制限のうねりが起きて国際市場で食料品不足が起きかねない」との警告を発しました。
というのも、世界有数の穀物生産国であるインドやロシアが「国内の備蓄を増やすため」、小麦や米などの輸出量を制限すると発表したからです。
自給率の低い日本にとっては憂慮すべき事態が予測されます。
それにもまして懸念されるのが途上国。世界80か国で食料援助を行なう国連世界食糧計画(WFP)は「食料の生産国が輸出制限を行えば、輸入に頼る国々に重大な影響を及ぼす」と生産国に輸出制限を行わないよう強く求めています。

第二次世界大戦後に進行した人為的・工業的な食の生産は、食材や食品を生命として捉えにくくしていたように思います。
人間中心の生産活動に対する反省から、地球全体の様々な生命体の営みを持続可能にする生産活動へと眼差しを転じていた矢先、新型コロナウイルスが「自然界の生命活動に所詮人間は適わない」と思い知らせている、そんな気がしてなりません。
これから先、私たちはどんな「生命の輪」を、「食のつながり」を築いていくべきなのか?
一人ひとりが、自分自身の頭で考えていくために、「生命の循環の源」に立つ生産者の方々の、いま現在の思いに耳を傾けたいと思います。

<3つの質問を投げかけています>
問1 現在のお仕事の状況
問2 新型コロナウイルスによって気付かされたこと、考えたこと
問3 これからの私たちの食生活、農林水産業、食材の生産活動に望むことや目指すこと
























































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