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PEOPLE / 生産者・伴走者

大地からの声――21カカオ界に新しいパラダイムを。「立花商店」カカオトレーダー 生田 渉さん

2020.08.31

連載:大地からの声

チョコレートメーカーをはじめ、Bean to Barの作り手に良質なカカオ豆を供給してきたカカオ・チョコレート商社の立花商店。カカオトレーダーの生田渉さんが心がけるのは、現地の課題解決に取り組みながら事業を展開するソーシャル・トレーディング・カンパニー(社会的商社)としての姿勢です。アフリカやアジア、中南米のカカオ産地と密接な関係を築き、ガーナでは地元資本のカカオ農園を応援するプロジェクトを推進してきました。コロナはカカオ産地にどんな影響を及しているのか、生田さんに聞きました。



問1 現在の状況

カカオの国際価格が下落。

立花商店が駐在事務所を置くガーナでは、3月22日から国境が封鎖され、3月30日から首都圏や都市部がロックダウンに入りました。医療体制の脆弱さへの不安から防御意識は高かったと言えます。しかし、経済が止まるとたちまち食べていけなくなるその日暮らしが多いのが現地の実態。ロックダウンは3週間で解除されました。

農村部の動きは止まることなく、収穫や出荷が行われていました。いくつかのカカオ生産国では、海外からバイヤーが行けなくなったせいか、「カカオ豆を早く買い取ってほしい」との声も聞こえてきた。彼らにとって重要な収入源であるカカオ豆を早く現金化したいのは当然でしょう。
影響が出たのは生産現場よりも物流のほうかもしれません。ロックダウンによって港で働く人員が減らされ、輸出入関連業務の処理スピードが低下。申請書類がなかなか通過しないという事態に陥りました。カカオのコンテナがアフリカからシンガポールまで到着しているにも関わらず、書類の発行はまだといったことも。おかげで一時、カカオ豆が日本に運ばれる日数が通常より1カ月長くかかるなどしていましたね。
通関書類の原本が手元に届いてから、私たち輸入業者は生産者に入金します。しかし、今回、通関に加え、DHLやFedExが稼働しない時期もあって、書類の発送が滞る事態に直面。これでは生産者への支払いが遅れてしまう。そこで関係者で話し合い、「書類のコピーをメールしてくれれば、原本が届かずとも入金する」とルールを変えました。国は違えど、誰もがコロナという世界共通の課題と向き合っている。共に解決していこう、協力し合おうという意識が強まったと感じています。


カカオ豆の購入を通じて支援しているガーナの女性のカカオ生産者団体COCOA MAMAに、コロナ感染拡大初期、即座にマスクを配布した。


清潔な水で手洗いができるよう、日本のチョコレートメーカーと協力して、ガーナの仕入先の村に井戸を造るプロジェクトを進行中。

一方、「コロナ・ショック」と呼ばれる3月中旬の株価大暴落のあおりを受けて、カカオの国際価格――ロンドンとNYの先物市場で決まります――は3月後半から下落しました。トン当たり約2800ドルが約2100ドルになりましたから、ほぼ25%の落ち込みです。
コートジボワールやガーナといった世界有数のカカオ生産国は、国の財源の多くをカカオに頼っています。カカオの国際価格が25%も下がれば、その下落は国の財源を直撃します。当然、農家からのカカオ豆の買取価格にも響く。結局、しわ寄せは生産者に行くのです。
コロナ・ショック直前まで、カカオの国際価格は高い水準にありました。ハイカカオチョコレートの人気によって、カカオ豆の需要が伸びていたためです。ポリフェノールを多く含むカカオの健康効果への期待から、チョコレートが菓子の範疇に留まらず健康食品的な位置付けも獲得するようになった。1枚の板チョコも、カカオ分が高くなれば、必要なカカオ豆の量は増えます。今後カカオ豆はもっと必要とされるだろうとの見込みから先物市場での価格も高騰していたわけです。そんなカカオニーズに応えられるよう、JICA(国際協力機構)もガーナで産地の供給体制をバックアップする資金提供――若い農家の育成、安定的に生産できる品種開発、品質を上げる栽培指導、健全な労働環境づくりなど――大きな目標のための取り組みがスタートしていただけに、コロナによってカカオ生産国の取り組みが停滞することのないようにと願うばかりです。

問2 気付かされたこと、考えたこと

生産者の顔が見える仕組みづくり。


カカオの国際価格が先物市場の相場で決まるのに対して、Bean to Barで使われるような産地・農園・生産者が特定されるカカオの取引はFace to Faceで行われます。生産者と買い手がカカオ豆の品質を基準として話し合いで決める。品質基準ですから、国際価格の下落を理由に買取価格を下げることはしません。彼らの高品質なカカオ栽培が私たちのビジネスを支え、私たちがそのカカオを買うことで彼らの生活を支える、という考えの上に成立する価格決定です。
前述のように、共にコロナという共通課題に向き合おうという意識が生まれるのは、私たちが「顔の見える関係」にあるからでしょう。そんな「顔の見える関係」を、カカオの使い手や食べ手の人々にまで広げられたら、産地と消費地の結び付きはより強くなれるのではと考えるようになりました。

5月と6月、チョコレート専門通販サイト「ショコラナビ」さんと一緒に、高品質カカオの使い手たちのチョコレート作りを紹介するウェビナーを実施しました。初回は、福岡県の「カカオ研究所」、東京から「nel CRAFT CHOCOLATE TOKYO」や「Whosecacao」、そしてベテラン三枝俊介シェフらにホワイトチョコレートをテーマに語っていただいたのですが、こうした取り組みを通して業界を盛り上げつつ、より多くの使い手、食べ手の興味や意識を喚起していきたい。Bean to Barばかりでなく、お菓子屋さん、パン屋さん、料理人さんなどチョコレートを使うすべての人にカカオ生産者への思いを馳せてもらえたら……。
世界地図上のカカオ産地をクリックすると、生産者のインタビューが立ち上がるプラットフォームを作れないか、思案中です。そのカカオを使うお店も紹介すれば、生産者と食べ手を結び付けることもできるでしょう。

トリニダード・トバゴのグランクヴァ農園へ「ショコラティエ パレ ド オール」の三枝俊介シェフを案内する。三枝シェフが作るホワイトチョコレートにはここのカカオから抽出したカカオバターが使われる。

問3 これからの食のあり方について望むこと

国際価格に新しいルールを。


先物取引には、カカオを扱う商社やメーカーだけでなく、投機目的の金融プレイヤーもいます。後者すなわちカカオは要らないけれど利益目的で売買だけする人たちが、株価大暴落を受けて一気に売りに転じたことが、カカオの国際価格の下落を引き起こしました。
カカオの価格が下がって困るのは生産者です。カカオを使うわけではない投資家の動向が生産者の生活に影響を与えるという構造にはジレンマを感じざるを得ません。
国際価格の仕組みは歴史的に出来上がっているとはいえ、パラダイムシフトが進行する今、カカオ価格決定のルールも変わるべきではないかと思っています。世界的シェアを誇るチョコレートメーカーは相場に従って売買しながら産出国にフェアトレードやレインフォレストアライアンス認証といった支援金を積むことで生産者をバックアップしている。このやり方は大きな規模の取引を前提にした生産地支援の施策で一定の効果がありますが、本質的には、カカオ豆の品質を基準として売る側と買う側が話し合って決めるほうが健全ですし、生産意欲や栽培技術の向上にもつながると思うのです。
もちろん先物取引には生産者の価格を守る側面もありますが、そもそもが消費国側、バイヤー側によって築かれた仕組みであり、ルールがかなり複雑です。生産サイドと消費サイド、双方にとって公平公正に価格決定を行なおうと思うなら、産出国の人たちに先物取引の仕組みをもっと伝授していく必要もあるでしょう。

Bean to Barの浸透と共に顔の見える取引は増えていますが、なにせマーケットが小さい。示唆はあるけれどインパクトがないのがもどかしい。カカオに関わる産業界全体で取引の新しいルールを作っていくムーブメントを起こせないか、小さな存在の私たちではありますが、考えていきたいと思います。

生田 渉(いくた・わたる)
2000年総合商社に入社し、食品原料の世界で10年の経験を積む。2010年からカカオトレーダーとして、主にアフリカ各国のカカオをアジア、中東、欧州市場に販売。年間100日を海外出張で過ごす生活を10年続けてきた。シンガポールで、マレーシア上場企業との合弁会社を設立、代表取締役を務める。

立花商店 カカオ・プロジェクト
https://www.tachibana-grp.co.jp/cacao01.html




大地からの声

新型コロナウイルスが教えようとしていること。




「食はつながり」。新型コロナウイルスの感染拡大は、改めて食の循環の大切さを浮き彫りにしています。

作り手-使い手-食べ手のつながりが制限されたり、分断されると、すべての立場の営みが苦境に立たされてしまう。
食材は生きもの。使い手、食べ手へと届かなければ、その生命は生かされない。
料理とは生きる術。その技が食材を生かし、食べ手の心を潤すことを痛感する日々です。
これまで以上に、私たちは、食を「生命の循環」として捉えるようになったと言えるでしょう。

と同時に、「生命の循環の源」である生産現場と生産者という存在の重要性が増しています。
4月1日、国連食糧農業機関(FAO)、世界保健機関(WHO)、関連機関の世界貿易機関(WTO)、3機関のトップが連名で共同声明を出し、「食料品の入手可能性への懸念から輸出制限のうねりが起きて国際市場で食料品不足が起きかねない」との警告を発しました。
というのも、世界有数の穀物生産国であるインドやロシアが「国内の備蓄を増やすため」、小麦や米などの輸出量を制限すると発表したからです。
自給率の低い日本にとっては憂慮すべき事態が予測されます。
それにもまして懸念されるのが途上国。世界80か国で食料援助を行なう国連世界食糧計画(WFP)は「食料の生産国が輸出制限を行えば、輸入に頼る国々に重大な影響を及ぼす」と生産国に輸出制限を行わないよう強く求めています。

第二次世界大戦後に進行した人為的・工業的な食の生産は、食材や食品を生命として捉えにくくしていたように思います。
人間中心の生産活動に対する反省から、地球全体の様々な生命体の営みを持続可能にする生産活動へと眼差しを転じていた矢先、新型コロナウイルスが「自然界の生命活動に所詮人間は適わない」と思い知らせている、そんな気がしてなりません。
これから先、私たちはどんな「生命の輪」を、「食のつながり」を築いていくべきなのか?
一人ひとりが、自分自身の頭で考えていくために、「生命の循環の源」に立つ生産者の方々の、いま現在の思いに耳を傾けたいと思います。

<3つの質問を投げかけています>
問1 現在のお仕事の状況
問2 新型コロナウイルスによって気付かされたこと、考えたこと
問3 これからの私たちの食生活、農林水産業、食材の生産活動に望むことや目指すこと
























































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