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PEOPLE / 生産者・伴走者

EUが支援する持続可能な農業と若きオーガニック生産者たち【スペイン編】

Dec 08, 2022

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text by Yuki Kobayashi / photographs by Javier Peñas

EU議会が2019年に発表した、持続可能な社会へ移行するための戦略「欧州グリーンディール」。2050年の気候中立(温室効果ガス排出量ゼロ)を目標に、「有機農業への転換」と「若手農家の支援」に注力するEUで、新たな農業の担い手として活躍する生産者を訪ねます。

EU圏内一の有機栽培王国で

EU最大の農作物輸出国であり、かつEU圏内最大の有機栽培面積を誇るスペイン。2021年には国内での有機栽培は前年比プラス8%、2,635,442ヘクタールを数え、これは国内耕作地の割合の10.79%を占めている。

SDGsという言葉が一般化し、いまや環境保全がすべての業界の共通目的となっているが、売り上げだけでなく、サステナブルな世界の夢を描く若い世代が農業の担い手として活躍している。首都、マドリードから60kmほど離れた人口2500人弱の小さな村、ブスタルビエホに農場を持つ「ヌエストラス・ウエルタス」もその好例だ。

彼らは1ヘクタールの農地に有機栽培で約150種類の野菜やハーブを育て、卸売、直売、ネット販売を手掛ける。収穫時には一般訪問を受け入れ、農業体験を提供するほか、地域の学校授業の一環として、植物や食物のサイクルについて説くことも多い。農園オーナーのクリスチャン・ゴンザレス(38歳)に話を聞いた。

標高1200mで戦略的に有機農業を営む

Q.農業を始めたきっかけは?

もともとマドリード工科大学で農業工学を学んでいました。従来型の農業では化学肥料などの使用が前提になっていることに疑問を覚え、人と地球の健康のために農業をしたいと思ったのがきっかけです。
共同経営者のカルロスは友人で、再生可能エネルギー業界から転職。2人で会社を立ち上げました。8年半ほど前のことです。

実はこの農園を開く前に、別の土地で大学時代の仲間と有機栽培を始めたことがありました。でも1年で破綻。スペイン国内で若者が始めるような有機栽培のプロジェクトの多くは、最初の1年で挫折してしまう。なぜなら、まずは元手がないこと。仕事はきついし、畑経験が少ない。そして最大の原因は売り方を知らなかった。大量にできた野菜をどうやってさばくのか? それが問題でした。

Q.その教訓が、今回の農園には生かされたわけですね。

はい。このプロジェクトでまず初めにしたことは、小売店を訪ねることでした。収穫した作物をおいてもらう場所を確保する必要がありますから。
有機栽培は農園を開いたころから実施していますが、EUのエコロジー認証をとったのは2年ほど前です。やはり販売戦略として、認証をとることが必要だと考えたからです。小売店で有機作物として販売するには、この認証が必要です。私達の農園を知らない人にも、認証シールで有機栽培だということがひと目でわかりますから。

有機栽培には、EUの補助金も出ます。私たちの農地は1ヘクタールで年間300~400ユーロでしょうか。認証をもらうと、農業手帳(Cuaderno de campo)という農業記録を提出する必要があります。従来型の農業にはそうした記録提出の義務はありません。


Q.有機農業を経済的にも持続可能なものにするために、どんな戦略を考えましたか?

まず、作付けです。ここはジャガイモを何トンも生産するような農場ではありません。ジャガイモで生活を立てようと思ったら、トン単位の生産が必要です。広い土地が必要だし、量を作らないとコストもカバーできなければ、マージンも出ない。だからこそ耕作作物の差別化が必要で、ほかとは違うもの、高品質のものを育てる。

私はここを農園ではなく植物園と呼ぶことがあります。紫蘇やニラ、水菜や大根といったアジアの野菜、エディブルフラワーを育てるハーブ園もあります。うちのトマトは人気商品で、去年は年間8トンのトマトを収穫しました。一つの大きさが400gにもなる「ゴルド・デ・トレラグナ」、このあたりの在来種「トマテ・モルノ・デ・パトネス」など一般に流通していない品種、かつ糖度も高くて高品質。それが売りになります。


どの作物も収穫量は少ないですが、飲食店に強い卸売業者に積極的に売り込んでいます。健康志向の高い個人客も増えているし、シェフが直接買いに来ることもあります。市場価格からすると少し高いけれど、私たちにとってはフェアな価格。60kmとはいえ、首都に比較的近いというのも強みですね。

もう一つの戦略は立地です。畑は標高1220mにあり、グアダラマ山脈の中腹になります。山の寒暖差は厳しいものです。この寒暖差によって植物の香りや甘味が増し、テクスチャーも際立つ。ここのフダンソウは、ステーキにできるぐらい肉厚ですよ。

以前、ロエベ(LOEWE:スペインのハイブランド)で働く調香師が言っていました。彼らが植物エッセンスを求めるときに、まず高地の植物から選んでゆくと。高地の野菜がおいしいのには科学的な根拠があるんです。植物の生育は50%が遺伝子で決まっている。あとの50%を決めるのは環境です。それがわかっていたので、標高の高い耕地を探してゆきました。高地のほうが水が清い。今年は記録的な干ばつとはいえ、井戸は枯れていません。農薬を撒くような大規模農場も近隣にない。そうしたすべてを戦略的に考えました。


Q.現在の売り上げは?

パンデミックでは需要が急増し、年商50万ユーロ(約7200万円 1ユーロ=144円換算)に到達するくらいの売り上げがありました。今は需要が少し減りましたが、毎週スペイン全国からネットで平均100件からの発注があります。農園まで来て購入する人も合わせると、週に150~200件ぐらい。マドリード市内の日曜市場にも出店しますから、週あたりの顧客数はもっとありますね。夏野菜の収穫時には週400~500件を扱うこともあります。流通部門も含めて社員は全部で16人ほどですが、収穫時など状況に合わせて増員します。

今では供給が需要に追いつかないので、「ヌエストラス・ウエルタス」では州内外の有機作物を合わせて全国に発送できるようにプラットフォームを整えました。マドリード州では有機栽培農家の組合がありますが、その組合の4業者でうちに来る注文をさばいています。マドリード州以外からの引き合いのために、他州の有機栽培作物も取り扱います。バレンシア州、ナバラ州、アンダルシア州マラガ、グラナダなどの有機栽培農家とつながり、周辺需要をカバーしています。

Q.農園で鶏を飼っていますね。

畑にいる鶏はこの土地の在来種です。鶏を飼うことで畑にどんな良い影響、悪い影響があるか、試験的にここに放し飼いをしているのです。虫も草もよく食べてくれますが、彼らは良し悪し関係なく食べますからね(笑)。とくにイチゴのまわりの雑草はよく食べてくれますが、イチゴも食べちゃいますから。

動物を農園に組み込むのは大事なことだと考えています。そうすることでエネルギーのサイクルが巡る。私達の作物にも肥料が必要です。ここで鶏の堆肥ができるなら、外から持ってくる必要がありません。足りなければ、なるべく近隣の畜産農家から堆肥を集める。収穫した作物を出荷する際、はじかれた葉っぱや作物を動物たちのエサにする。生産の輪をそうやって巡らせていく。自然はすべてリサイクルされるべきで、現代では農業・畜産業と分かれ、その輪をつなげられない状況を作ってしまいました。自給自足、生産の輪を地域で閉じる、エコシステムを地域社会で完結させることが重要です。


環境意識、ビジネス思考、デジタルスキルを持つ世代

欧州グリーンディール政策の中核である「Farm to Fork(農場から食卓まで)」戦略は、すでに高いレベルにあるEU農業の持続可能性を促進し、サプライチェーンすべての関係者が「先駆者」になることでEU食品の競争力を高め、最終的にEUの持続可能な食料システムを国際基準にすることを目的としている。
2030年までにEU圏内全農地の少なくとも25%を有機農業にするという数値目標を掲げるこの戦略は、持続可能性のある差別化された農業とそれを担う人材、とくに「若手農業者の確保」は最重要事項と、経済的な施策にも力を入れる。

1920~30年代、ブスタルビエホの村では年間2000トンのジャガイモの収穫があり、果樹やいんげん豆など特産品も多く、畜産も8000頭の牛を数えた時代があった。豊かで自給自足ができていた土地だったにもかかわらず、その習慣は失われてしまった。それは当時、農家が自分で商売をせずに、商人がやってきて大量の野菜を引き取り、首都の市場に卸し、翌週に「先週の売り上げ」と直接現金を渡されるようなシステムに農家が甘んじていたことにも由来する。経費計算もせず、市場販売価格も知らずに農家は儲からないまま、どんどん廃業し、若者は工場や建築現場で働くべく村を出ていった。

マドリード州内で最も生物多様性が豊かな土地だと認識されているブスタルビエホが今、クリスチャン・ゴンザレスのような若手のおかげで再生しようとしている。環境への意識も、ビジネススキルも、デジタルにも強い世代だ。「僕はこの経営の仕方で、良心が落ち着いていられる生活ができています」とクリスチャンは言う。雇用を作り出すことで地元の人と人とをつなげてゆく彼らの経営は、EUの成長戦略の確かさを映し出していた。

ビニールハウスはなく、すべて路地栽培。防犯カメラや作業小屋の照明など、農園での電気需要は太陽光パネルを設置してまかなう。

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