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PEOPLE / 生産者・伴走者

26歳の一人漁師が、京都・阿蘇海でハマグリの資源管理に挑む。

Dec 22, 2022

text by Sawako Kimijima / photographs by Junya Murakami

日本三景・天橋立の西に位置する阿蘇海は、全長約3.6kmの砂州で宮津湾から仕切られた内海だ。村上純矢さんはこの阿蘇海に生まれ育ち、19歳で漁師になった。幼少時より海を見続けてきた村上さんが、ハマグリの激減に危機感を抱いたのは約5年前。京都府の研究機関や地元漁協に働きかけて2021年から始動した「京都・阿蘇海 ハマグリ資源管理プロジェクト」が、第4回「ジャパン・サステナブルシーフード・アワード」のU30(30歳未満)部門チャンピオンに輝いた。生産者が主体となって資源を復活させる取り組みとして高く評価されている。


村上純矢(むらかみ・じゅんや)
1996年、京都府宮津市生まれ。3歳の頃より祖父の船に乗って海へ出る。2019年、祖父の引退を機に19歳で本格的に漁師となる。成人のタイミングで漁業権を取得。単独で船に乗って漁に出る一人漁師のスタイルを貫く。環境の変化、海のコンディション、漁獲状況、資源管理など、漁師の自分に見えているもの、考えていること、やろうとしていることを伝えるため、顔の見える相手に直売する。京都府漁業協同組合に所属。


研究者やベテラン漁師を巻き込んで。

「2000年代初めの頃はまだ潤沢に獲れていたんです。それが段々減ってきて、2018年には近所の漁師が『今日は8個や』『12個や』と言っているのを聞き、これはヤバイな、と」。ハマグリの資源管理に踏み出したきっかけを、村上純矢さんはそう語る。

阿蘇海は内海ゆえに水の交換が少なく、プランクトンが豊富、つまり栄養たっぷりの海だ。かつては二枚貝のアサリとオオノ貝を2大産業とし、また、プランクトンのおかげで丸々と太ったマイワシが「金樽鰯(きんたるいわし)」と呼ばれて珍重された。しかし、アサリとオオノ貝は壊滅状態に陥り、イワシも激減。
「二枚貝の最後の砦、ハマグリまで失うのでは」と危惧した村上さんは、阿蘇海の隣、宮津湾のナマコの資源管理で成果を上げていた本藤靖さんに相談を持ちかけた。さらに、京都府農林水産技術センター海洋センターの門を叩き、阿蘇海のハマグリの実態を研究者たちと共に把握していくことに努めた。

ハマグリは全国的に減少、絶滅の危機もしくは絶滅した生息地が少なくない。阿蘇海は在来種のニホンハマグリの生息地。

「魚の減少にはさまざまな理由があると言われています」と語るのは、海の課題を考える料理人組織Chefs for the Blue代表理事を務めるフードジャーナリスト、佐々木ひろこさんだ。
「海水温の上昇、海流の変化、海水の酸性化や汚染、藻場や干潟などの消失、プランクトンなど餌の不足など多くありますが、なかでも長期にわたる影響が認められ、水産庁が対応を急ぐのが『海の再生産能力を超えた過剰漁獲』です。水産物は天然の資源です。それも石油や石炭などの無生物資源と異なり、適切な管理を行えば、永続的に再生産される。一方で、魚種それぞれが持つ“自ら増える力=再生産能力”を超えて漁獲を続けると、減少してしまう・・・」

それを防ぐのが資源管理というわけである。佐々木さんによれば、欧米の多くの国では毎年、それぞれの魚種の資源量を研究者が調査し、個別の再生産能力を鑑みて厳格な「漁獲枠=漁獲可能量(TAC)」を算出するという、科学的根拠に基づいた資源管理が行われている。

しかし、日本ではこの資源管理手法が広く導入されてこなかった。理由として、佐々木さんは、わが国における沿岸漁業の歴史の長さや魚種・漁法の多さ、さらにこの国特有の漁業形態などを挙げる。「各々小さな船を持って漁を営む漁師が列島の海岸線沿いにたくさん存在してきた、というのが日本の沿岸漁業のあり方です。農業であれば、自分の敷地のことは自分で決められますが、漁業はひとつの海でたくさんの漁業者が漁をする。みんなが合意しなければ事は進まず、数多い関係者全員の意思統一を図らなければならないむずかしさがありますよね」

「阿蘇海のハマグリに資源管理を導入するかどうかを決めるのは、京都府漁協溝尻地区の運営委員会で、僕はメンバーではありませんでした。ただ、僕の父親が委員だったため、父から運営委員会に諮ってもらった」と村上さんが舞台裏を語る。ちなみに溝尻地区には組合員が40人ほど所属するものの、日常的に稼働している漁師は6~7人で、村上さんの次に若いのは彼のお父さん(!)というベテランの年長者揃いだ。海洋センターや父親の力を借りながら、強者たちを見事動かしたところに村上さんの賢明さが光る。

サイズを測る、個数を数える。意外にアナログな管理法。

では、どんな方法で資源管理をしているのか。
「漁期と操業時間を設定した上で、サイズ制限と個数制限を行ない、資源量に対して漁獲率が30~40%になったら漁を終了します。具体的には、漁期が4~6月、操業時間は7時~11時で金曜休漁の週6日操業、長径5cm以上のサイズを1日50個まで、というもの。耐水性のパンチングシートに、その日獲ったハマグリのサイズ、捕獲場所、操業時間を記録して、海洋センターに提出しています」

阿蘇海のハマグリの漁獲量が極限まで落ちたのが2018年。19年と20年の2年間を休漁して、21年から資源管理システムを導入して漁を再開した。この写真は再開初日2021年4月1日の収穫分。

パンチングシートには目盛りが印刷されていて、ハマグリを置けばサイズが記録できる。採取地や操業時間を書き入れて、海洋センターに提出する。

2021年4月4日は、A地点で165分操業して、大37個・中12個・小14個を捕獲し、サイズの小さい15個体を放流。さらにC地点で10分操業して、大0個・中2個・小0個を捕獲。全65個体漁獲したうち、約2〜4.5㎝の規定サイズ未満が7個体。(村上さんのFacebookより)

「え、こんなにアナログなやり方なの?」と驚くかもしれない。でも、これがいかに画期的な方法であるか、佐々木さんに解説してもらおう。
「日本で資源管理が全くなされてこなかったわけではありません。禁漁期や操業時間を設定する、船の大きさや隻数を制限する、エンジンの出力量を制限するなど、地域ごとに様々な管理方法が取られてきました。しかし今や、魚群探知機やソナーなどのテクノロジーによって魚がどこにいようと見つけ出せたり、網を巻き上げる性能の向上によって短時間で大量に獲れるようになったりと、技術の進歩が魚を獲る能力を押し上げている。そのため、従来の資源管理手法では間に合わなくなっていると言われています」

漁期設定や船の大きさ制限など、漁の枠組みや様式で規制を設ける管理法を「入口規制」と言う。一方で、欧米のように漁獲量そのものを決める管理法は「出口規制」と呼ばれる。入口規制では十分な規制にならない実態が見えてきたなか、「今、入口規制のみから出口規制との組み合わせへの移行が模索されている段階」と佐々木さん。「その点、漁期設定などに加えてサイズと個数を制限する阿蘇海のハマグリの資源管理法は、組み合わせ規制のひとつの形ではないでしょうか」。

「市場では小さいハマグリのニーズが高い。だから、規制の単位を個数でなく重量にすると、同じ重量なら小さいハマグリを数多く獲ろう、と漁師は考えるでしょう。つまり、これから産卵していく個体をたくさん獲りかねない。個数制限にしたのはそれを避けるためでもあります。小ぶりのニーズが高いとはいえ、販売はキロ単価ですから、個数が限られるとなれば大きくて重い個体、すでに何度も産卵している個体から獲っていくようになります」
ちなみに、ハマグリは1年で約1cm育ち、3cmほどの大きさから産卵を始める。5cm以上というサイズ制限は2年の産卵経験を持つハマグリから捕獲することを意味するそうだ。

長径12cm、重さが298gにもなる巨大ハマグリも!

「最も重要なのは、資源量に対して漁獲率が30~40%になったら獲るのを止める点です」と村上さんは強調する。
「ハマグリの漁期が始まると、僕たち漁業者は、獲った個数やサイズなど様々なデータを海洋センターに報告します。海洋センターではそれらを基に、操業時間に対して獲れた個数が漁期開始以降どのように変化しているかを見ます。デルリー法という手法なのですが、たとえば、最初の頃は一人90分で50個獲れたのが、100分で50個になり、140分で50個と、同じ数を獲るのに時間がかかるようになる。その推移から資源量を割り出すことができ、今年は12000個生息している推定になるから、30~40%の4000~4800個を獲ったら終わりにしよう、とセンターから提示されるのです。漁期内でも個数が達すれば漁は終了します」


「引き取り手のいないハマグリを私にください」

「資源管理は、漁業者だけでなくサプライチェーン全体で取り組むべき課題」と佐々木さんは言う。「漁業者がどんなに頑張ってくれても、彼らの力だけで水産資源の減少は止められない」。

Chefs for the Blueのメンバーである東京・荒木町の割烹「御料理ほりうち」の堀内さやかさんは、村上さんのハマグリを使い始めて2年になる。
「日本料理にとってハマグリはなくてはならない食材です。春の椀種の代表格で、一般的にはお椀に収まりの良い大きさや食べやすさを考えて、大きくても長径5cmくらいのサイズを求めます。それって、村上さんたちが資源管理を進める上ではちょっと辛いところ。ならば、みんなが使いたがらないサイズの個体を引き受けて、料理人の技量でおいしい料理に仕立てることが、私たちの果たすべき役割ではないか、と私は考えました。だから、私は村上さんに『引き取り手がいないハマグリを回してください』と伝えています」

料理人主体の仕入れでなく、漁師主体の仕入れ、つまりは自然尊重の仕入れを。自分の料理に食材を合わせるのではなく、食材に自分の腕を合わせたい。堀内さんはそう考える。「8、9cmのハマグリが届くこともあります。筋肉質で、貝というより肉と呼びたくなるワイルドさ。まったく新しい食材と向き合っているような新鮮味を感じます。コロナ禍の時はテイクアウト用にコロッケにしたり、通常営業になってからはがんもどきにしてハマグリの白濁したダシをかけたり。お陰で普通の仕入れをしていたら思いもつかなかった料理が生まれました」

Chefs for the Blueのメンバーで「御料理ほりうち」を営む料理人の堀内さやかさんは、生産者を訪ねて彼らの仕事への理解を深める。村上さんの仕事場にも足を運ぶ。

「村上さんのハマグリはクリアな旨味と香りの強さが特徴」と堀内さん。「料理を提供する際にお客様にも資源管理について伝えるようにしている」

堀内さんいわく「村上さんは説明上手で、周囲の人を巻き込んでいくのが上手い。彼の周りにはいつのまにか人が集まってくる」。

小さな海の小さな取り組みが全国に広がってくれたら。

村上さんが阿蘇海で獲る魚は、ハマグリの他にも、マイワシ、スズキ、クロダイ、コノシロ、アオナマコ・・・と多岐に渡る。が、現在資源管理がなされているのはハマグリだけだ。
「隣の宮津湾のナマコもそうですが、ハマグリのライフサイクルが阿蘇海内で完結しているからです。阿蘇海で産卵して、成長して、また卵を産んで・・・。これが浜をまたいで回遊する魚だったら、地区の取り決めなんて意味をなさない」と村上さん。その話を受けて、佐々木さんが回遊魚の資源管理について、欧州の例を引いて説明してくれた。

「地域をまたいで動く魚については関連地域全体、もしくは国でルールを決める必要があるのでしょう。さらに海の国境をまたいで動く魚については国際的な交渉になります。たとえば、ヨーロッパにおけるサバ漁の場合、関係国が10カ国くらいあります。毎年、これらの国々から科学者が集まって資源評価をし、翌年の漁獲可能量を政治側に提案します。そして政治的合意のうえで決まった量が関係国に振り分けられる、というのがおおまかな流れ。日本でも、クロマグロに関しては似た流れになっています」

「活神経〆血抜き済」と表示された村上さんの魚。たっぷりの氷を使い、一尾一尾それぞれの重量を書き添えるなど仕事が丁寧だ。

「京都・阿蘇海 ハマグリ資源管理プロジェクト」は、小さく閉じた内海だからできる小さな資源管理かもしれない。しかし、小さな資源管理ができなければ、大きな資源管理ができるはずもない。日本中の海岸線沿いで小さな船を持つ小さな漁師たちが日々小さな漁を営んでいるからこそ、小さな資源管理が広がっていくことが、日本の漁業の未来に明るい光をもたらすのではないだろうか。

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