コーヒーがバリアフリーの入り口になる。血が通い、心が通うユニバーサルカフェの可能性
2023.01.30
text by Sawako Kimijima / photographs by Ayumi Okubo
コーヒー界の一角を障害者が担おうとしている。豆の選別や焙煎、抽出など、障害者が能力を発揮して働き、仕事を通じた社会参加が果たせるとして、業務にコーヒーを採用する就労支援事業所や特例子会社が増えている。2022年10月にはコーヒーハンター、川島良彰さん発案によるコーヒーでインクルージョンの実現を目指す全国規模の障害者バリスタ大会が開かれた。今はまだささやかかもしれないが、今後、必ずやコーヒーで活躍する障害者の存在感は増していくに違いない
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障害者がコーヒーを淹れる社内カフェ
2022年10月13日、東京の品川プリンスホテルで開かれた「第2回チャレンジコーヒーバリスタ」の会場は熱気に溢れていた。
出場したのは、日頃からカフェ業務に従事する障害者たち11チーム。サポートを含めて3~5人で1チームとなって競技に挑む。審査は2部門あり、第1部が、大会主催者から事前に提供された焙煎豆でオリジナルブレンドを考案するブレンド審査、第2部は会場に用意された水や器具を用いて審査員の前で抽出し、接客、プレゼンテーションをする抽出技術審査だ。なお抽出には自分たちが考案したオリジナルブレンドを使用する。
ブレンド審査は関係者や来場者のテイスティングによって行なわれるが、来場者が予想を大きく上回ったため、テイスティングカップが足りなくなるというハプニングも起きた。
「チャレンジコーヒーバリスタ」は、世界のコーヒー産地に精通するコーヒーハンター、川島良彰さんの発案だ。
開催までには、川島さん自身にいくつかのステップがあったという。
「まず、2012年に2つの出来事がありました。特別支援学校の卒業生の父兄から『我が子を納税者にしたい』と言われ、障害者が働けるカフェの設立に協力したこと。もうひとつはコロンビアのフェダール農園――知的障害者の就学と職業訓練を行なうフェダール財団が敷地内で運営する農園――でコーヒー栽培の技術指導をするようになったことです」
仕事の拠点を海外のコーヒー産地から日本へ移した時、自社のミカフェートを設立するよりも先に「日本サステイナブルコーヒー協会」を設立した川島さんだったが、2つの出来事によって、障害者がコーヒーで活躍できる可能性に気付いたという。
2018年、今度はコールセンター業大手である「ベルシステム24」の柘植一郎代表(当時)から、「雇用している障害者の仕事の領域を広げられないだろうか?」との相談を受けた。
ここで、相談の背景を説明しておこう。
障害者が働く場を増やすため、障害者雇用促進法によって法定雇用率が設定されている。民間企業は2.3%、つまり、従業員43.5人あたり1人以上の障害者を雇用しなければならない。また、SDGsの17のゴール(目標)の一つに「人や国の不平等をなくそう」が掲げられ、そのターゲット(具体的な課題の達成)に「2030年までに、年齢、性別、障害、人種、民族、出自、宗教、あるいは経済的地位その他の状況に関わりなく、全ての人々の能力強化及び社会的、経済的及び政治的な包含を促進する」とあるのが、昨今の社会状況だ。
では、実態はと言えば、厚生労働省「令和3年 障害者雇用状況の集計結果」によると、民間企業の雇用障害者数・実雇用率は共に過去最高を更新したものの、法定雇用率を達成している企業の割合は47.0%、まだ半分に満たない。
ベルシステム24は、障害を持つ社員の自立支援と活躍の場を広げるための職域の拡大を目的として、2011年、特例子会社「ベル・ソレイユ」を設立するなど、障害者雇用を一貫して推進してきた。が、柘植代表は、数にもまして仕事の中身に意識を向けたわけである。
従来、雇用された障害者が担う仕事は、データ入力や書類の仕分け、備品管理、梱包作業、清掃職など、コミュニケーションをあまり必要としない仕事が多い。もっと障害者の心が掘り起こされるような仕事を用意できないものか、そんな柘植代表の思いに対して、川島さんは「障害者がコーヒーを淹れて社員に提供するカフェをつくってはどうか」と進言する。ユニバーサルカフェの提案である。
「障害者が取り組む食の仕事にベーカリーでのお菓子作りやパン作りがありますが、バックヤードで働くケースが多いですよね。僕は、おいしいコーヒーを提供する喜び、サーブした相手が幸せになる姿を見る喜びを感じてほしいと思った。コールセンターのオペレーターやスタッフにとっても、自販機やコンビニのコーヒーを飲むより豊かなひとときを過ごせるはずです。血の通う、心の通うカフェをつくりましょうよ、と提案したんですね」
ドリップコーヒーを淹れる作業で大切なのは「正確さと手を抜かないこと」と川島さんは言う。必要量のコーヒー豆を正確に計り、適切な粒度に挽き、適温の湯を使い、注ぎや蒸らしをきっちりと行なって抽出し、カップを温めておく配慮を怠らない。習熟により確実に精度が上がっていくタイプの仕事と言える。加えて、「オフィス内のカフェは利用者が限定され、不測の事態が起こりにくい。障害者にとってのびのびとコーヒーを淹れられる環境をつくれるのでは」と川島さんは考えた。
目指すのは、おいしさの追求
ベルシステム24が、東京・神谷町の本社ビルで社内カフェの開設に取り組み始めたのは2018年。担当したベル・ソレイユの赤塚英司さんは、「オフィスビルの中に水回りの設備を導入するだけでも格闘しなければならない事柄が山のようにありました。いろんな構想が浮かぶものの、建築上や衛生上のNG事項も多かった」という難題をくぐり抜け、カフェ空間を実現する。
並行して、それまで清掃業務や事務作業にあたってきたスタッフたちに「カフェの仕事に興味があるか?」を尋ねるアンケートをとり、カフェメンバーを選出。メンバーは約1カ月にわたってハンドドリップの練習を積んだ上で、テイスティングテストを受けてカフェデビューに漕ぎ着けた。目指すのはあくまでもおいしいコーヒー。ちなみに使用する豆は、柘植代表と川島さんの選定によるオリジナルブレンドである。
2019年2月、東京本社に社内カフェ「Café de Bell」をオープン。以来、同年9月札幌、2020年8月沖縄、2021年4月には福岡と、各地のコールセンター内にも障害者カフェを開設している。
ハードルを越える、世界を広げる
「社内カフェという雇用形態もあれば、ロースターとカフェを併設して焙煎から提供まで手掛けるコーヒー特化型の就労継続支援B型事業所*もある。障害者がコーヒーで活躍できるんだということをもっと広く知ってもらいたい。コンペティションを開催したら、技術の向上と新しい雇用の創出も図れるのではと考えた」と、川島さんはチャレンジコーヒーバリスタ発案の経緯を語る。
ユニークなのがブレンド審査だろう。タイ「ドイトゥン」、コロンビア「フェダール・ヴェルデ」、グアテマラ「サンミゲル」、3種のコーヒー豆を使用してオリジナルブレンドを考案し、大会当日の来場者や関係者による試飲と投票で評価する。「ブレンドという味を作り上げるハードルを楽しんでほしい」との川島さんの意図が込められている。ちなみに、タイのドイトゥンはアヘン栽培からの脱却を図るプロジェクトから生まれたコーヒー、コロンビアのフェダール・ヴェルデは前述のフェダール農園で栽培されたコーヒーで、グアテマラの先住民の医療と教育のサポートをしているのがサンミゲル農園と、いずれもダイバーシティやサステナビリティに配慮された豆だ。
「ブレンド審査に向けて、スタッフみんなでテイスティングとミーティングを重ねました」と語るのは、伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(CTC)の社内カフェ「HINARI CAFE」を運営するCTCひなり株式会社の横山賀子さん。「HINARI CAFE」は、障害を持つ6人のスタッフで日々営まれる。
「普段、私たちが使っているのはオリジナルのひなりブレンドです。審査用に提供されたのは未知の豆だったため、みんなで何度も試飲して、味や香りの特徴を一人一人がしっかり捉えるようにしました」
メンバー6人のうち3人は、元々、コーヒーを飲めなかったそうだ。カフェの仕事に就いて、自分の淹れたコーヒーは飲めるようになった。大会に参加することでさらに味覚や嗜好の幅が広がったという。対象と向き合うことで、閉じていた領域が開かれていく。味覚という小さな糸口から世界が開かれる、コーヒーにはそんな役割もある。
「みんなで話し合ったところ、コロンビアのフェダール・ヴェルデが好きということで全員一致。ならば、フェダール・ヴェルデ50%のブレンドにしよう、と。さらにみんなで試行錯誤を重ねて、残りのブレンドを決めていったんですね」
*障害があり一般企業に就職することが困難な場合に、雇用契約を結ばずに生産活動などの就労訓練を行うことができる事業所及びサービス
カフェが社員の意識を変えていく
社内カフェの役割を、障害者にとっての意義ばかりでは語れないと気付かせてくれるのが、ベル・ソレイユ赤塚さんの発言だ。
「障害者と健常者、共存のハードルは高いかもしれません。でも、こうして社内カフェがあることで、社員は障害者と接することが当たり前になります。この役割は大きいと感じますね。社員がコーヒーを注文しながらカフェスタッフと昨日の野球の結果について会話を交わしていたりする様子を見ていると、社員教育のひとつの形でもあるんじゃないかと思えてきます」
コーヒーの世界にとっても、障害者が携わることで変わること、動き出すことがきっとたくさんあるだろう。飲む人の数だけコーヒーの楽しみ方があるように、コーヒーの世界を支える人が多様であるほど、コーヒーの存在意義も多様になる。
「バリスタチャンピオンシップに出場するのがF1レーサーだとしたら、チャレンジコーヒーバリスタはロードレーサーの大会です。一定レベルのコーヒーをコンスタントに提供し続ける価値を大切にしたい」と川島さん。
コーヒーだけではないだろう。食の世界にはコーヒー以外にも社会に働きかける力を持つものがあるはずだ。私たちはその力を見出し、機能させていかなければならない。
◎チャレンジコーヒーバリスタ
https://challenge-coffee-barista.org/