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SDGs

“食×SDGs”カンファレンス 開催レポート #4

宇宙から、食と人と地球の未来を創る

―身近な分野と結びつく宇宙技術―

2020.01.16

text by Hirokuni Kanki / photographs by Shinya Morimoto

宇宙という極限環境を舞台に、現在進められている研究や開発がカバーする領域は広範囲に渡ります。身近な日常生活にも、宇宙技術は浸透しています。また将来、宇宙での暮らしを考える私たちにとって、未来の食環境を考えることは、防災など社会課題解決にも役立ちそうです。慶應義塾大学の神武直彦教授とJAXAの菊池優太さん、宇宙分野に精通する二人の専門家が「宇宙×食」が導く持続可能な未来について講演しました。内容を抜粋してお届けします。



衛星からの目が、農業や漁業を変える

神武:皆さんは「宇宙は遠い場所だな」と思われるかもしれませんが、もう、普段の生活にもつながっているということを今日はお話ししたいと思います。20年ぐらい前に私はJAXA(宇宙航空研究開発機構)の前身のNASDA(宇宙開発事業団)に入社し、種子島の宇宙センターからロケットをバンバン打ち上げ、自分がつくったものが宇宙へ行くことにモチベーションを感じていました。そして、10年ほど前に慶應義塾大学の大学院、システムデザイン・マネジメント研究科に移りました。物事のつながりを考え、いかにそれを最適化するかということを研究する大学院です。



神武直彦(こうたけ・なおひこ)氏。国内外での農業や、まちづくり、スポーツ・ヘルスケア、防災・減災などのさまざまな分野の課題解決に取り組み、SDGsに関連したプロジェクトも数多く手がける。物事を俯瞰的、多視点で捉え最適解を導き出すシステムデザインが専門。


宇宙から地球を見ることを考えたとき、皆さんの生活に関わっているのは、大きく3つの衛星です。1つ目が「観測衛星」。気象衛星「ひまわり」のような、地球を見るための衛星です。2つ目がGPSに代表される「測位衛星」。皆さんがいる位置を把握する衛星ですね。そして、3つ目が「通信放送衛星」。これによって、いつでもどこでも電話ができ、遠くのニュースを知ることができるわけです。

これらを上手に組み合わせて社会を良くしようと考えるのが、宇宙開発や宇宙サービスの主流なんですね。それにいろんなテクノロジーを掛け合わせ、宇宙データを人工知能で分析したり、宇宙データと農業のテクノロジーを組み合わせて新しい活動をやったりしています。


提供:神武直彦氏(当日の講演資料より)

例えば、私たちはマレーシアの大規模農業のプロセス改善に携わっています。自然の森林をどんどん開拓して農場にするというのは、今の時代には受け入れられないことなので、限られた敷地を広げずに、できるだけ生産性を上げることを考えます。

アブラヤシの場合、10年位のサイクルで木を切って、もう一回苗を植え直すという作業を行いますが、ポイントはいかに敷地面積あたりの最適な位置に苗を植えるかです。でも、これまでは精度良くできなかった。1haあたり130本植えられるはずのところに100本も植えていないなんてことがあるんです。ほとんどの作業者が他の国からの出稼ぎ労働者なので、そもそもマニュアルが理解できないなんてこともあるようです。そこで、特別な知識をもたなくても自動的に精度良くできる仕組みと、彼らが毎日喜んで着用してくれるデザインを考えました。


提供:神武直彦氏(当日の講演資料より)

人工衛星のデータを使って、地形を3Dで扱います。その地形データから、敷地面積あたりで最適な数の苗が植えられる位置を計算できるんです。人工衛星で地形を見るとか、GPSの技術を使うことで、イノベーションが起きます。人工衛星を使うと、農地で今は何をつくっていて、いつ収穫したかというのが分かります。過去のデータもあるので、「この農地は過去10年間のうち2回洪水になった」なんてことが分かると、農地のパフォーマンスやリスクも分かり、農家が融資を受けやすくなるんですね。



農業だけではありません。魚によって泳ぐのに好きな水温があります。「マグロはこの温度が好きだ」ということが分かるので、人工衛星から海面水温を見ると、だいたいこの辺に大量の魚が泳いでいるといった予測ができます。遠洋漁業で魚を見つけやすくなるし、養殖で餌のやり過ぎをコントロールするなんてこともできる。JAXA出身のエンジニアが「UMITRON(ウミトロン)」という新しいベンチャーを立ち上げています。

他に、アスリートの運動量をGPSを使って測る活動もやっています。また、人だけではなく、このデバイスは動物にも装着できます。例えば、牛がどれぐらい運動したか、怪我しそうな予兆は、といったことも分かるんですね。放牧によって耕作放棄地を上手く活用しつつ、牛舎に閉じ込められた牛をもっと活動させ、彼らのウェルビーイングを高めることも宇宙技術で可能になるのです。



新しい星に住む時代の「食」を考える

菊池:神武さんから、宇宙から地球を見るというお話がありました。「宇宙」というフィルターを通じて、地上での課題解決に生かせないか。そのなかでも「食」に焦点を当て、宇宙での生活と地上での生活というものを比較しながらプロジェクトを進めているところです。私は、JAXA内の新規事業部門におり、J-SPARCという企業との共創型プログラムを担当しています。これまで宇宙開発というと国家プロジェクトだったり、限られた人だけ参画できるようなイメージがあると思うのですが、これからはどんどん新しい企業の方々が入ってくる時代ですから、いろんな方々とご一緒させていただこうと思っています。


菊池優太(きくち・ゆうた)氏。宇宙航空研究開発機構(JAXA)J-SPARCプロデューサー、Space Food X副代表。宇宙×防災、宇宙×食の視点から立ち上げたプロジェクトを、ベンチャーから大企業まで様々なパートナー企業や大学、自治体等と共に推進中。



今、一般の方がお金を払って宇宙旅行に行ける時代が目の前に来ています。2〜3,000万円で上空100kmあたりまでの宇宙空間に行って、4分程度の無重力体験、そして青い地球を見るという旅行。これに600人以上の方が予約しているんですね。日本にも宇宙旅行のベンチャー企業が出てきて、宇宙開発はここ数年で劇的に加速しています。

その先には、月、火星があります。アポロ計画から約50年が経った今、NASAは2024年に女性が月面に降り立つ「アルテミス計画」を発表しましたし、民間のSpaceXやBlue Originなどのベンチャー企業もアグレッシブな計画を発表していて、2040年には1,000人が月に暮らす時代が到来するとも言われています。



有人宇宙という分野の技術はこれまではアメリカが先行してきました。宇宙食においても、無重力でそもそも食道を通るかどうか分からないところから、チューブ型から始まり少しずつ進化してきました。現在は普通に手に入るレトルトやフリーズドライ食品の技術は、アポロ計画のときに劇的に進歩したそうです。

そこからさらに、普段の地上生活のメニューに近づいていきました。今は国際宇宙ステーション(ISS)に約半年間滞在する時代で、だいたい300種類の標準メニューがあります。これらはアメリカやロシア製のものですが、これに加えて日本では「宇宙日本食」を20の企業等の協力を得て、36品目(2019年12月末時点)を日本人宇宙飛行士向けに提供しています。
宇宙日本食は、日常の食卓で食べられているメニューをコンセプトとしており、カレーやラーメンなどがあります。ラーメンは汁があると飛び散ってしまうので、これを固まり状にして一口サイズで食べられる形状になっています。地上と同じようなもの食べられるということで、海外の宇宙飛行士からの人気も非常に高いそうです。

JAXA YOUTUBEチャンネルより

さらに、もっと長く、遠くの月や火星に滞在する時代になってくると、また違う発想が必要になってくるんですよね。映画『オデッセイ』でもジャガイモの栽培が描かれていましたが、宇宙に食材を持って行って宇宙船内で調理したり、その先には宇宙で生産した食料をそこで食べたりする、地産地消のような具合です。
これから新しい星に住むということは、食に関する新たなテクノロジーも必要になりますから、2019年3月にSpace Food Xを立ち上げました。その際、2040年の月面の食卓は、できればこんな風になってほしいという絵を描いて発表しました。


2040年の月での食卓の様子 © Space Food X

月に1,000人がいて1日3食を食べると仮定すると、約5,000億円のマーケットが生まれるという試算も出ています。また、地上で開発が進んでいる食に関連したフードテックも日本発で宇宙用の開発を進めていきたいですね。もしかしたら、地上の一流シェフが宇宙基地のロボットを遠隔操作しながら調理する日がくるかもしれません。

具体的には、50近くの企業や大学、有識者の方々と一緒に、これをどのように実現するか、宇宙でどういう食卓があればいいかを議論しているところです。2019年8月にシナリオ1.0を発表しましたが、植物工場や人工培養肉の生成、さらに廃棄物処理といった食料生産・資源循環技術を究極的に進化させ、2050年には宇宙でも地球でも、どんな場所でも完全循環型の社会で美味しいものが食べられるような時代にしようと。

また、宇宙飛行士に加えて宇宙旅行者や移住者に対して、単に今までのようなサバイバル食ではなく、しっかりQOL(生活の質)も上げられる食をつくる。そのために宇宙では2040年の月面1,000人時代を当面目指しますし、その手前で地球では2030年のSDGs目標達成をマイルストーンに置きながら、ひとつずつ積み上げていこうと段階的な目標を立てています。



データを取り、分析し、価値に変える



ーー会場からの質問です。「宇宙における農業のあり方」とは?

菊池:かなり昔から、月面農場や宇宙農業という案が考えられてきました。JAXAでも「月面農場ワーキンググループ」が検討レポートを出しています。宇宙放射線の問題など、地球と違う課題を乗り越えるために、さまざまな技術を組み合わせる必要があるんですね。例えば、月の周りに人工衛星を飛ばして管理していくようなことが必ずあるでしょう。地球上の農作物の中で月では何を育てるのが効率的なのかも、具体的に議論されています。

農業のあり方自体も、水耕栽培とかいろんな方法を、ゼロベースで何が最適か考えている。ここで生み出されたソリューションは、地球上で農地に適していない場所、例えば砂漠のようなところでも食料生産することを可能にするのでは、といった地上の食料問題、食糧危機対策への活用も考えながら検討を進めています。

ーー「地球全体の食料を、衛星の宇宙技術で最適配分していける可能性」は?

神武:消費する人と供給する人の距離を近づけようと活動している方は、すでに大勢いらっしゃいます。さらに宇宙の目で見ることで、「ここの地域ではこの農作物をつくると、半年後にいくらで売れる」といったことが言えるようになる。データを取るだけでなく、分析するのも大切です。それをどう価値に変えるかというところが面白いですから。

宇宙の目を使えば非常に広い範囲を見られるのですが、細かいところは見えにくい。だから、地上から虫の目でも見て「こういう場所でこういう食物をつくると、勘や経験だけに頼らず、美味しい食べ物を美味しいタイミングで欲しい人に提供できる」といった具合に最適配分できるという気がしますね。



災害時にも、宇宙でも役立つ手段を



神武:昔の宇宙飛行士はサバイバルをする人でした。でも、菊池さんが仰ったように、今はチューブを吸って栄養を摂るだけの時代じゃないんですね。食事には楽しさだったり、美味しさだったり、美しい見栄えだったりが必要になる。そこでは文化交流というものがこれまで以上の重要さを持つし、デザインの要素も入ってくると思うんです。

菊池:私自身は食の専門家ではないので、プロジェクトを進めながら食に関する勉強しているのですが、「宇宙ってこんなところとコラボレーションできるな」というものが実はたくさんあります。具体的に進めているのは、宇宙分野と防災分野の掛け合わせです。宮城県で東日本大震災を経験されたベンチャー企業のワンテーブルは、あの時実際に何が起こっていたか、リアルな現場の声を聞いていく過程で、例えば乳幼児や高齢者の方々向けの十分な備蓄食がないという課題がわかったそうです。また、フリーズドライは水で戻すものですが、そもそも水がないときはどうするのかといったことから検証し、第一弾のプロダクトとして災害時でも宇宙でも食べられる備蓄用ゼリーを一緒に開発しています。

神武:私が防災に関わったケースでは、日本の避難所とイタリアの避難所を比較しました。「被災したんだから我慢してね」という感じの日本と、「被災したからと言って生活の質を下げるべきではない」と考えるイタリア。どこに違いがあるかと言えば、やはりそこでデザインが大事にするかどうか。宇宙業界では、最近そこが大事にされつつあるんですね。

菊池:避難所の生活と宇宙での生活というのは非常に似ていて、水が限られるとか、ストレス環境であるとか、あとは健康問題があります。それなら両方に共通する課題を解決できるものとして、防災食にも宇宙食にもなる食品を開発していこうというのが「BOSAI SPACE FOOD」というプロジェクトです。


提供:菊池優太氏(当日の講演資料より)


神武:宇宙飛行士がハッピーになることで被災地の人もハッピーになり、被災地の人がハッピーになることが宇宙飛行士がハッピーになるみたいな、両方がハッピーになるデュアルユースのような取り組みはいいですよね。

菊池:それらをヘルスケアとか、スポーツとか、いろいろな分野とコラボレーションさせていくことで、防災のために備えるだけじゃなく、普段ちょっとおしゃれでバッグの中に入ってるものが、「いざという時にも役立つよね」となる考え方を一緒になって築こうとしています。

神武:宇宙の活動がアイコンになり、そこで生まれたものが災害に耐え忍んでいる人のためにも役立つという提案には価値があると思います。食事というものは、生活の中で一番うれしい活動の一つですから、本当に大切です。

菊池:宇宙×食など、宇宙と異分野領域がコラボレーションするチャンスがいまどんどん増えています。企業や大学の皆さんが持っているソリューションやテクノロジーを使って新しいことを生み出していければと思いますので、ご興味持っていただける方は、ぜひご一緒できたらと思います。




◎ 慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科
センシング・デザインラボ(神武研究室)
http://www.kohtake.sdm.keio.ac.jp/

◎ Space Food X
宇宙と地球の食の課題解決を目指す共創プログラム
https://www.spacefood-x.com/

◎ BOSAI SPACE FOOD PROJECT
https://www.onetable.jp/project-bsfp/

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