女性の力を、地方から。
FEMINAS~食の世界の女性と地域社会について考える国際会議
2021.10.21
text by Yuki Kobayashi / photographs by FEMINAS
9月13~15日、地方を拠点に様々な食の仕事に従事する女性のためのカンファレンス「FEMINAS フェミナス」がスペイン北部アストゥリアス州で行われた。アメリカ、アルゼンチン、メキシコ、ポルトガル、イタリア、コロンビア、チリから女性シェフやジャーナリストが登壇。3日間にわたり、複数の会場で熱いディスカッションが繰り広げられた。
食のあらゆる領域に女性の姿がある。
国際カンファレンスはスペインのお家芸だが、今回は地方で開かれることに意義がある。
アストゥリアス地方は伝統的に畜産と漁業、鉱業が盛んで、国内有数の酪農、チーズの名産地でもある。州北部にはカンタブリア海を望む断崖絶壁の絶景が続き、内陸部は登山家垂涎の山脈がそびえるという土地柄だ。
スペインの民主化は遅く、1976年にようやく実現した。ゆえに、欧州の中でも人権問題にことに熱心に取り組んできた。ジェンダー、人種、格差などの問題に専門に取り組む「平等省」ができたのが2008年。同性婚を認めたのも世界で3番目と早く、閣僚23 名中14名が女性だ。猛スピードで男女格差を埋めてきたこの国のガストロノミー業界で、女性からの声を一堂に集める機会が今までなかったのが不思議なほどだ。
会を通じて誰もが口にしたのは、食のサプライチェーンの中でのこの15年の女性の進出と目覚ましい活躍である。食のあらゆる領域に女性の姿がある。「性差が問題なのではない。女性が自分の言葉で主張できる能力を持つこと、その場を作ること」「目に見える形で訴えてゆくこと」「男女差別のある土壌では団結して、コミュニケーションを図ること」「ポジティブな言葉で議論すること」が多くの登壇者に共通した認識だった。どの発表者も、議論を活発にすれば必ず社会は変わるという固い信念を持っていた。「女性らしく」という表現を避けていたのも印象的だった。
女性のほうが繊細だ、女性のほうが協調性があるといったイメージは固定観念にすぎない。性差が問題にならず、個人の能力が適切に活かされる社会、都会の利便性から学びつつ、地方の自然や空間や時間の豊かさを守り、環境に優しい社会。そんな社会へと変貌していくには、あらゆる方面からもっとたくさんの議論とコミュニケーションが必要だ。スペインの料理学会では「コロナがよいきっかけとなった」というフレーズは常套句になりつつある。常にポジティブな食業界が牽引者となって、社会に変革が起されるに違いない。
3日間にわたる発表から、代表的なものを紹介しよう。
伝統を武器として社会に働きかける。
由緒あるヒホン大学講堂での初日。遥かメキシコから1日がかりでやってきたセリア・フロイランとロサリオ・クルスの発表が話題を呼んだ。2人は「オアハカ伝統料理 女性料理人の会」のメンバーで、NETFLIXでストリートフードのドキュメンタリーにも登場している。
彼女たちの地元オアハカ・デ・フアレスは、メキシコシティから南へ500km超の海と山に恵まれた土地だ。地域では古くから食事を司るのは女性だった。女性なら誰もが幼少時より家の畑を手伝い、家に伝わるレシピを学ぶ。2015年に地域の女性料理人や主婦によって「オアハカ伝統料理 女性料理人の会」が組織されると、精力的に伝統料理のイベントを開催。女性たちは自慢のレシピ持ち寄り、一挙に70種のタマレス(南米の伝統料理。トウモロコシや米粉の生地に肉や野菜を入れてバナナなどの葉で包んで蒸す)を提供して話題になった。以来、イベントは地域経済の発展と伝統文化の普及に大きく貢献しているという。
伝統料理の保存を働きかけるだけでなく、食品流通やドメスティック・バイオレンスについての講義を行なうなど、男女平等、女性地位向上のための活動にも余念がない。
女性は本来マルチタスク。
華やかなメキシコの民族衣装に身を包んだ女性の発表の次は、ラフなファッションの女性たちが壇上に登った。スペインのミシュラン星付きレストランでメトレ(ホール支配人)を務める女性たちだ。「セナドール・デ・アモス」(三ツ星)のマリアン・マルティネス、ガリシア地方「クジェール・デ・パウ」(二ツ星)のアマランタ・ロドリゲス、アストゥリアスの「カサ・マルシアル」(二ツ星)サンドラ・マンサノの3名が、レストラン業界における性差のネガティブ・ポジティブ両面を語った。モデレーターはグルメジャーナリスト、ロサ・ディアス。最近都会から地方へ移住したIターン組だ。
四者四様、生まれた土地で家族と生きることの意義を語る。ネット環境や公共交通機関の充実など、行政側が性急に取り組むべき問題点を提示しつつ、彼女たちはレストランの未来は地方にあると確信している。地元の素材と旬を尊重したメニューを構築し、家族や従業員のプライベート時間を守る。女性は本来マルチタスクな性質ゆえに物事を仕切る才能に溢れている、レストランは社会の変革を体現する最初の場所だという認識に、会場から大きな拍手が起こった。
女性が地域経済を変える、支える。
2日目はシードレリア(シードル醸造所。アストゥリアス州はスペイン一のシードル産地)が会場だった。この日の発表では、トリュフをはじめキノコの生産で有名ながら、スペインで最も人口密度が低い(1km2あたり9.2人)ソリア県の800人弱の村で星付き店を経営するシェフ、エレナ・ルカスの挑戦が忘れがたい。
1950年代から祖父母と両親が経営していたというレストランは、典型的な国道沿いの伝統料理店。車で通りかかる偶発的な客を待つのではなく、客の流れを自ら作り出そうと、店の改革を決心した。地域の特色を出すようにメニューを少しずつ刷新し、コースのみに踏み切ってから4年後、県内初のミシュラン一ツ星を獲得する。彼女が頼りにするのは、地元の生産者や製造業に携わる女性の仲間たちだ。かつて客は地域住民ばかりだったが、今や世界中のキノコLoverと地域をつなぐ扉になっている。
この他にも、南米ベストシェフに選ばれたレオノール・エスピノサが、コロンビアのラ・グラヒーラ地方の原住民とアフリカ系移民のルーツの混在を紹介し、それぞれの伝統食材で創作した一品をふるまった。シェフが地方を訪れ、その歴史や食材、民族地図を理解して、料理を通して客に伝える。彼女たちは文化や歴史の翻訳者でもある。南米女性の社会変革への情熱は、欧米に勝るとも劣らない。
ジャーナリストやリーダーの視点も。
チリからはエネルギッシュなジャーナリスト、パメラ・ビジャグラが、南米全体を包括した「ガストロムへレス」の活動を紹介した。南米では面積の10%にあたる都市部に人口の80%が集中し、地方在住は20%という強烈なアンバランスがある。経済格差も激しい。それでもパメラは、地域経済を支える農業従事者の多くが女性であることをポジティブに捉える。
パメラはそれまでコカ栽培でドラッグ紛争に巻き込まれていた村を、農業に従事する女性たちが団結し、観光客が来るほどまでに立て直したというコロンビアの例を紹介。パメラは言う、「女性政治家すら珍しく、貧しい国々と言われる南米で、農業の多くが女性の手にあり、食べ物が絶えたことがないのが救いです」。彼女が主宰するプラットフォームでは、ガストロノミー界に存在する男女差別や賃金格差などをネット上で活発にディスカッションし、対面でのイベントも行っている。
会議3日目の会場は、アストゥリアス州を代表するシェフ、ナチョ・マンサノの経営するホテル・レストラン「パラシオ・デ・ルビアネス」である。農業、畜産、漁業従事女性たちの対談では、現場から「原価の問題」「安いものばかりを求める消費者の姿勢の是否」「どんなに情熱を持ってこの仕事をしても、尊厳ある生活を保てる最低限の収入がなければ、誰もが離職してしまう」という問題を提起し、出席者たちにダイレクトなインパクトを与えた。
他にも、スペイン国立ガストロノミーアカデミー初の女性院長や国立技術アカデミーの研究員女性らといったトップの座にいる女性同士の対談も設けられ、リーダーとなるべき女性像が語られるなど、3日間、様々な視点からの性差をめぐる問題提起、地方社会の発展のための提案がなされ、濃密な時間となったのであった。
◎FEMINAS
https://www.gastrofeminas.com/
■記事で紹介したレストラン、活動体、ジャーナリスト(登場順)
◎オアハカ伝統料理 女性料理人会
Cocineras Tradicionales de Oaxaca
◎セナドール・デ・アモス
Cenador de Amós (Cantabria)
◎クジェール・デ・パウ
Culler de Pau (Galicia)
◎カサ・マルシアル
Casa Marcial (Asturias)
◎ラ ・ロビータ(エレナ・ルカス Elena Lucas)
La Lobita(Soria)
◎レオ(レオノール・エスピノサ Leonor Espinoza)
LEO(Colombia)
◎パメラ・ビジャグラ
Pamela Villagra
◎ガストロムヘレス
Gastromujeres
◎パラシオ・デ・ルビアネス
Palacio de Rubianes(Asturias)
◎FEMINAS 3日間の講演が無料登録で視聴可能(英語)