農家や蔵元と手を組み、ガチで大地と向き合う。パタゴニアの味噌と日本酒
2024.03.25
text by Sawako Kimijima / photographs by AKANE
3月14 日、パタゴニア プロビジョンズから「オーガニック味噌」が発売されました。「パタゴニアがなぜ、味噌を!?」と思わず聞き返したくなる取り合わせですが、背景には地球規模の壮大なプランがあります。環境への配慮とビジネスが両立することを実証してきたパタゴニア。「オーガニック味噌」は、その道筋を食の領域でも示していく足掛かりのひとつです。
目次
- ■パタゴニアが手掛ける本気の日本酒、本気の味噌
- ■食べるほど、飲むほど、地球の生態系が回復する食
- ■リジェネラティブ・オーガニック農業の定義とは?
- ■水田と発酵を足掛かりに、日本で実践
- ■“Eating is Activism”が本格化する
パタゴニアが手掛ける本気の日本酒、本気の味噌
味噌に先立ち、2023年末には日本酒も発売されました。こちらは2022年に続いて2度目の登場です。発売を記念して、東京・下北沢「発酵デパートメント」を舞台に「自然酒は生きている〜パタゴニア プロビジョンズ発酵ウィーク〜」と題するイベントを開催。発酵デザイナーの小倉ヒラクさんや、日本酒の醸造を手掛けた寺田本家蔵元・杜氏の寺田優さん、仁井田本家蔵元・杜氏の仁井田穏彦さん、パタゴニア プロビジョンズ・ディレクター近藤勝宏さんたちがトークセッションを繰り広げました。
寺田本家、仁井田本家と聞いて、日本酒に詳しい人ならば「パタゴニアらしいパートナー」と思うでしょう。全量無農薬米を使用し、麹菌を自家培養するなど蔵に棲み付く微生物の力で酒造りを行なう寺田本家。自社田で酒米の無農薬栽培に取り組みつつ、生酛仕込みの酒造りを実践する仁井田本家。いずれも自然との共生を何より大切にしています。
一方の味噌は、昔ながらの木桶づくりで知られる蔵、福井県越前市のマルカワみそが製造。千葉県産の不耕起有機大豆と有機米、食塩を使用し、自家採種の蔵付き麹菌で発酵・醸造、非加熱で約20カ月熟成しています。
食べるほど、飲むほど、地球の生態系が回復する食
「パタゴニアがなぜ、味噌を!?」
パタゴニアの食への取り組みを日本で地道に周知させてきた近藤さんにストレートに投げ掛けてみました。近藤さんがまず語り出したのは、ミッションステイトメントの話題です。
「パタゴニアのミッションステイトメント、“We’re in business to save our home planet,”(私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む)は、2018 年に書き換えられたものです。以前は”Build the best product,cause no unnecessary harm, use business to inspire and implement solutions to the environmental crisis.”(最高の製品を作り、不必要な危害を加えず、ビジネスを通じて環境危機を鼓舞し、解決策を実行する)でした。つまり、現在のステイトメントは Why、以前はHow。書き換えた背景には、Howを述べていたら間に合わない地球の差し迫った状況があります。私たちはなぜビジネスをするのかを示すに留め、ハウツーは状況変化に応じて各々の業務の中でスピーディに対処しよう。そんな意図がありました」
「新しいジャケットは5年か10年に一度しか買わない人も、一日三度の食事をする。我々が本気で地球を守りたいのなら、それを始めるのは食べ物だ」――パタゴニア創業者イヴォン・シュイナードの言葉です。
「人間の食料を生み出す農業や漁業は、土壌や海と密接に結び付いている。もし、農業や漁業に大地や海を修復する力を持たせられたなら、地球が直面する課題の有効な解決策になるでしょう」。近藤さんは、パタゴニアが食に取り組む理由をそんなふうに解きほぐして語ってくれました。
“Eating is Activism”(食べることで、社会を変える)をモットーに、パタゴニア プロビジョンズが設立されたのが2012年。
「最初に商品化した食材はサーモンです。サーモンは森・川・海を行き来します。元いた場所が生息に適していれば、戻って来る。環境全体のパラデータ(プロセスデータ)のような生き物なんですね。食で環境を再生させるシンボルの意味も込めて、サーモンから商品展開はスタートしました」
太平洋の氷に覆われた海域で責任を持って管理された漁場から捕獲した野生のソッカイ・サーモン(ベニザケ)の塩漬け&スモークは、今も変わらぬ人気を誇ります。
パタゴニア プロビジョンズの商品が日本で展開されるようになったのは 2016 年。ディレクターを務めてきた近藤さんは、「食や農業が地球課題の解決策になることを、日本の環境と農地において実証し、日本のマーケットに貢献したい。そんな思いをずっと抱いていました」と語ります。
リジェネラティブ・オーガニック農業の定義とは?
2017年、パタゴニアと複数の事業者や団体が中心となり、リジェネラティブ・オーガニック農業の概念を確立すべく、「リジェネラティブ・オーガニック認証 Regenerative Organic Certified®」を制定しました。
最近、よく耳にする「リジェネラティブ(regenerative 再生的な)」という言葉。いわゆるオーガニック農業とは何が違うのでしょう?
「オーガニック運動の先駆者たちが100年近くにわたって築き上げてきた方法論をベースとしつつ、生態系全体の健全性に貢献することを重視した土地管理とそのためのアプローチです。従来型のオーガニックの場合、化石燃料を使う慣行農法や工業化された農業に比べればもちろん人にも地球にも良いけれど、単一栽培や大量の有機肥料の使用は従来通り可能であるといった側面がある。それでは生物多様性が失われたり、土壌の健全性を担保することにつながらない。ベターではあるけれど、ベストではないんです」
ベストにするには、「地球・人間・動物の健康は相互に関連すると捉え、全体論的なシステムとして考えることが重要」と近藤さん。その観点に従い、リジェネラティブ・オーガニック農業は、次の3つの柱に基づいて行われます。
1.経年的に土壌の有機物を増加させ、地上部と地下部で炭素を隔離することで、気候変動を緩和する手段となること
2.動物福祉を向上すること
3.農家や牧場主、労働者に経済的安定と公平性をもたらすこと
具体的には「1」であれば、たとえば不耕起、輪作、裸地にしない(被覆植物を植える)といった事柄が挙げられ、実践方法の大枠が適切に定められています。
水田と発酵を足掛かりに、日本で実践
パタゴニアが日本で生産活動をスタートするにあたり、フォーカスしたのが水田。
「水田の働きは、人間に食料を供給するだけに留まりません。水を張った田んぼには微小なプランクトンが発生し、それを餌とする水生昆虫や貝類、水辺の生き物が棲み、畦にはイナゴやカエルが姿を現し、また、カルガモやコウノトリといった野鳥も飛来する。壮大な生態系が形成されているんですね」
水田にフォーカスすることは、自然や市場に与えるインパクトにも関係してきます。
「日本の農地の54%が水田、46%が畑作です。米は現代の日本人の主食にして、1000年以上の栽培の歴史を持つ作物。米づくりにリジェネラティブ・オーガニック農業の考え方を浸透できたら、得られる効果は大きいでしょう」
とはいえ、日本独自の水田管理の手法が継承されていたり、気候風土も国によって異なるため、リジェネラティブ・オーガニック農業のメソッドがすんなり当てはまらないのも事実。「農家の方々や大学の研究者たちと一緒に検証を進め、どんな要件が必要なのか、どんな方法が適しているのか、事例や議論を重ねているところです。今年中には、リジェネラティブ・オーガニック農業における水田稲作の定義を形にしたい。なお、リジェネラティブ・オーガニック認証は、『生きた認証制度』なので、より良い方法や枠組みが提案されれば、修正や変更がなされていきます。何より大事なのは現場の声なので」
そんな中から生まれたのが、冒頭で紹介した日本酒と味噌なのです。
「寺田本家や仁井田本家のように、原材料の栽培から手掛けて発酵・醸造を営む人たちは、その土地の植物相、動物相、気候風土をトータルで把握しています。土地の生態系を最も理解している人たちと言えるでしょう。彼らとの協働作業が、日本におけるリジェネラティブ・オーガニック農業の目指すべき方向性を示してくれると感じています」
“Eating is Activism”が本格化する
2023年4月、パタゴニア日本支社の主催による「リジェネラティブ・オーガニック カンファレンス 2023」が開催されました。オンラインも含め1000人以上の参加者が集ったと聞けば、リジェネラティブ・オーガニックへの関心の高まりを感じずにいられません。
パタゴニア以外にも、リジェネラティブ・オーガニック農法を推進する商品が流通し始めています。たとえば、「オーバービューコーヒー」(米国ポートランドで2020年に発足。日本での展開は2021年から)。土壌の再生と気候変動問題の解決へ寄与することをミッションに、リジェネラティブ・オーガニック農法、または同農法に切り替えを検討している農家のコーヒー豆を専門に取り扱うことを掲げています。
「パタゴニアからも今秋新たに、リジェネラティブ・オーガニック農法による小麦とカーンザから作られるパスタが発売予定です。もちろん、今年の日本酒づくりと味噌づくりも地道に進めています」と近藤さん。
パタゴニアの取り組みには、料理人も関心を寄せていて、「味噌も日本酒も実直なつくりが伝わる骨太な味わいで、現代的嗜好に迎合しない潔さがいいですね」と語るのは、東京・青山で日本料理店「てのしま」を営み、海の未来のために活動する「Chefs for the Blue」のメンバーでもある林亮平さんです。「食を取り巻く環境が急速に変化している今、第一次生産者や飲食関係者だけでなく、様々な企業が食に取り組む時代であると実感します。酒も味噌も昔ながらの手仕事を守る生産者とのタッグに、環境や文化を次世代につなぐ意志を感じます」
“Eating is Activism”(食べることで、社会を変える)運動は、いよいよ本格化していきそうです。
◎パタゴニア プロビジョンズ
https://www.patagoniaprovisions.jp/
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