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SDGs

サバイバルレシピ09 長野・伊那【寒天】

寒暖差を味方につけた、天然フリーズドライ食品

May 12, 2022

text and photographs by Mikiko Tamaki

⾷糧難、災害時をどう乗り越える?

人口爆発による食糧難や自然災害で、これまで当たり前にあった食物が手に入らなくなったとき、求められるのは限られた資源でサバイブする「生きる力」です。日本各地に残る保存食、発酵食、郷土食に、自然の恵みを無駄なく食べつなぐためのサバイバル・テクニックを探ります。

目次






誕生は江戸時代。京都で生まれた「発明食品」

冷凍と乾燥の繰り返しによって食品中の水分をほどよく抜き、保存性を高めた「寒天」。
それは世界中に存在する数多くの保存食品のなかでも、発祥が明らかな珍しい存在だ。

寒天の産みの親は、江戸時代の中期、京都・伏見で旅館を営んでいた美濃屋太郎左衛門(みのやたろうざえもん)。冬のある日、太郎左衛門が客に供したところてんの残り物を屋外に出しておいたところ、日中と夜間との寒暖差によって自然凍結と融解を繰り返し、数日後に気づいたときには姿をすっかり変えた「ところてんの干物」ができあがっていた──そんな偶然の産物が後に「寒天」と名付けられ、新たな食品として全国に流通するようになっていったのだ。

突きたてのところてん。寒天用のものとは天草(てんぐさ)の濃度など大きく異なるものの、理論上はこれを天日干ししたものが「寒天」となる。


こうして京都で誕生した寒天だが、現在国内生産量で圧倒的なシェアを誇っているのは長野県。とくに諏訪・伊那地域がその中心地となっている。

京都から長野へ、産地が移動したのは江戸末期、信州生まれの行商人、小林粂左衛門(こばやしくめざえもん)の尽力によるものが大きい。当時の寒天産地であった丹後を訪れた粂左衛門は、寒暖差の厳しい丹波の気候が諏訪に似ていることに着目し、これを故郷で製造しようと約2年修業した後、製法を持ち帰ったのだ。郷里へと戻った粂左衛門の尽力によって製造技術は地域の一大産業として花開き、寒天干しの風景は冬の風物詩となっていった。

天日にさらされる、まだ乾かし始めたばかりの寒天。


寒暖差約10℃。凍結と融解で寒天に

長野県南部、「伊那谷」と呼ばれるエリアに位置する伊那市。ここに拠点を構える「小笠原商店」は、約100年の歴史をもつ天然糸寒天の製造元だ。2月上旬のある日、朝7時30分に現地を訪ねると寒空の下、すだれの上に並べた寒天を天日干しする作業が行われている最中だった。

この時、気温はおよそマイナス15℃。「ここから日中は、プラス7〜8℃程度にまで上がります。この寒さと、約10℃の気温差こそ、寒天づくりに欠かせない気象条件なんです」と、同社取締役の小笠原英樹さんは話す。

100年続く「小笠原商店」の小笠原英樹さん。2002年に寒天づくりの道へ。兄の義雄さんとともに次代を担う。

長野県伊那市での寒天干し風景。最適な気象条件が揃うのは12月〜2月ごろだが、現在はほぼ通年天日干し作業を行っているという。

それにしても、ところてんにどのような作用が起きて寒天へと変化するのだろう。小笠原さんはこう説明する。

「数種類の天草を大鍋で煮て固め、突き出すまでの工程は、ところてん製造と同じです。これが寒さによって完全凍結すると、寒天質と水分が一旦分かれ、気温の上昇とともに融解することで分かれた水分の一部が水蒸気などとなって失われていくんです。この凍結と融解を天日の下で約2週間繰り返すと、水分量約20%前後の寒天が出来上がります。冷たい風がよく通るこの立地は、速やかな乾燥を促す意味でも最適なんです」

加えて、凍結と融解を繰り返す間に水分とともにわずかな色素成分やミネラル類などの不純物もまた除去され、淡い黄色を帯びていたところてんは真っ白に輝く寒天になっていくのだと小笠原さん。

「薬剤を使って脱色をしているところもあるようですが、うちは昔から変わらず、天日干しのみでこの白色に仕上げています」

「寒天」の作り方

1.天草を配合する
寒天の原料となる天草。小笠原商店では粘度や弾力のバランスを考慮し、10種類程度を配合している。

2.浸水
混ぜ合わせた天草をしっかりと洗浄し、水に一晩浸す。小笠原商店では、写真右下の水槽で天草をしっかり浸水させる。

3.煮る(煮熱)
天草を煮る。小笠原商店では、直径約3メートルの大釜で煮る。わずかな加減が品質を左右する職人の領域。photograph by Ogasawara shoten


4.切断・突き出し
煮上がった寒天は一晩蒸らして漉し、絞り固めて太めのところてんを作る要領で突き出す。写真は、機械で突き出された、乾燥前の寒天(ところてん)。淡い黄色味を帯びている。

5.凍らせる
よしずの上にところてんをのせ、平らに広げる。1日目は冷凍庫で芯まで凍らせる。

6.天日に干す
凍ったところてんを天日に干し、溶かす。夜間〜早朝の寒さで凍らせて、日中の気温上昇で溶かす、を繰り返す。表面に霜が降り、朝日を浴びてキラキラ光っている。

7.繰り返して乾燥させる
外気で凍らせ、日光と風で凍結乾燥させる工程を約2週間繰り返し、輝くような白色になったら完成。

完成した寒天は、等級ごとにまとめられ出荷の時を待つ。

【動画をcheck!】「寒天」の作り方


「食物繊維のかたまり」、まずはスープで手軽に

長野の厳しい寒暖差によって育まれた寒天。素材から厳選し、時間をかけて作る小笠原商店の寒天はその品質が認められ、老舗和菓子店の羊羹の原料としても長く用いられている。

「寒天はいわば和菓子の引き立て役。それそのものに“味”があるわけではありません。けれど、適度な保水性と心地よい歯切れのようかんを作るうえでは、私たちが作る天然寒天の粘度や弾力が欠かせないとおっしゃっていただいています。ご期待に応えるためにも、これからも変わらぬ製法と品質を守り続けたいと考えています」

小笠原商店の一室には、老舗和菓子店御用達の証である看板が大切に掲げられている。

小笠原さんは、使いやすい家庭向け商品の開発も行なっている。食物繊維の含有量が約80%にものぼる寒天は健康食材のイメージが浸透。寒天寄せにフルーツ寒天など幅広く用いられているが、小笠原さんのおすすめは、そのままスープに入れることだとか。

photograph by Ogasawara shoten

「みそ汁やスープに好みの量の糸寒天を加えていただくだけで、食物繊維たっぷりで食感も楽しい一品になります。具材と一緒に煮込むと溶けてしまうので、火を止めたあと、食べる直前に加えるのがおすすめです」

お椀に糸寒天、とろろ昆布、かつお節を入れ、熱いお湯を注ぐ。しょうゆを回しかけ、箸で手早く全体をかき混ぜたら「寒天スープ」の出来上がり(すべて適量)。
つるんとした舌触りと心地よい食感で「入っていないと物足りなくなる」ほど。この他おかずからお菓子まで、様々な料理に幅広く使えるのは、寒天ならでは! 

旅籠屋主人による偶然の発見から約400年。主役もつなぎ役もこなせる万能食材として広まった寒天の原点とも呼ぶべき製法のバトンが、この先も地域で受け継がれることを願わずにいられない。


◎小笠原商店
長野県伊那市東春近田原6301-1
☎0120-31-2364


玉木美企子(たまきみきこ)・・・東京都出身の編集・ライター。2014年に南信州に暮らしと仕事の拠点を移し、全国各地の食・農・暮らしにまつわる取材や企画編集を行なう。2020年より長野伊那谷観光局アドバイザーを務めるなど、地域の観光広報活動等にも積極的に関わっている。天然生活WEB(扶桑社)にて、南信州での日々や旅先での出来事を綴ったエッセイ『村ぐらし、まちあるき。』を連載中。

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