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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

奥村文絵さん(おくむら・ふみえ)フードディレクター

第1話「デザインが果たす役割」(全5話)

2016.07.01

食べ物に、何を求める?

ちょっと想像してみてください。

たとえば、スーパーや食材店で買い物をしている時。あるいは、旅先でお土産ものを探している時。数ある中から手に取るのは、どんな商品ですか?
そして、手に取った商品を、実際に「買おう」と決めるポイントは、どんなところにありますか?

価格、産地、原材料、店員さんのおすすめ、それとも直感?

人それぞれ、その時々で、基準は様々。
でも大前提として、「おいしそうなもの」を求めていることは、間違いないでしょう。
最終的に、食べておいしくなければ、やはりガッカリするものです。食べ物にとって肝心なのは、味。これはきっと、万人の共通意見です。





photograph by Atsushi Yamahira




食べ物の、味以外の価値





「しかし」、フードディレクターの奥村文絵さんは、言います。

「食べ物の価値は、味“だけ”ではないと思っています」

それが作られた背景を知ることで、ワクワクしたり、知らなかった世界に興味を抱いたり、問題意識を持ったり。
旅先で買ったものであれば、作った人の顔や、土地の風景を思い出して、温かい気持ちになったりもする。

おいしいか、おいしくないか。「味」は、結局のところ、食べてみないとわかりません。
服や靴なら試着ができる。ソファは座ってみればいい。家電製品なら商品スペックがついている。買う前に、ある程度、その価値を判断することができます。
しかし食べ物は、口に入れて、お腹に入って、はじめてわかる。「おいしい」、「私の好きな味」、「失敗した……」。

しかし、食べ物が持つ「味以外の価値」は、売り場でも伝えることができます。
それを可能にするのが、デザインです。

ただ買ってもらえればいい、というデザインではありません。
服やソファを買う時のように、その食べ物の価値がどこにあるのか、納得した上でお金を払ってもらう。
そのためのデザインを考えるのが、奥村さんの仕事です。

地域産品の商品化から、企業ブランディングまで





これまでに手掛けた商品は様々です。

地域産品を例にとると、山形県飽海郡遊佐町の「彦太郎糯(ひこたろうもち)」(もち米の一品種)があります。
彦太郎糯は、かつて東北全域で栽培されていた幻の在来種で、地元の若手米農家が文献から発掘させた品種です。奥村さんは、この復活プロジェクトに当たり、商品化を手掛けました。この糯米で、紅白の丸餅を作ったのです。
手をかけた、しかし控えめで奥ゆかしく、どこか神聖な佇まいのパッケージは、2008年のグッドデザイン賞を受賞しています。
Photograph by Atsushi Yamahira
「彦太郎糯(ひこたろうもち)」。一口サイズの紅白丸餅にして個包装し、竹籠をイメージした紙箱に収め、彦太郎糯の稲穂に結んだおみくじ形のパンフレットを添えました。それを伝統的な刺し子文様をあしらったシンプルな紙で包み込むようにしています。




また、ブドウの産地として名高い山梨県韮崎市穂坂町の地域食ブランド化事業に当たり、ワインやジャム、コンポートの商品化にも携わりました。
和菓子店「榮太樓總本鋪」のデザインディレクションを務めたのも奥村さんです。
Photograph by Atsushi Yamahira
「榮太樓總本鋪」では、金つばを主力商品とする新たなブランディングを提案。パッケージや店舗、ユニフォームのリニューアルを進め、「わくわくする榮太樓」へのシフトを目指した。




食のクリエイティブ・ディレクター





ただ、奥村さんは「デザイナー」ではありません。
「フードディレクター」。
この肩書きは、2008年に奥村さん自ら考案したものです。

作り手や企業のもの作りの根幹にまで関わり、抱えている問題は何か、彼らが持っているポテンシャルや魅力、価値がどこにあるのかを探り、目標を定め、各分野のプロフェッショナルに指示を出しながら、ブランドイメージや商品イメージを作り上げる。

もう少し具体的に言うと(とはいえ、かなり大まかですが)、こんな仕事です。
毎月の定例ミーティングで、売上報告や年間のビジョンを共有することから始まり、課題を見出し、これらを打開するためのto doリストの作成、それに合わせたチーム編成を考え(WEBの制作チーム、パッケージの制作チーム、PRチームなど)、各チームのディレクションをする。
必要ならば、人事や会議の進め方も変えてもらうといいます。

まさに、食の世界の現場監督。

デザインは、あくまでその最終形です。
「単純にパッケージの縦横5㎝を10㎝に変えただけでは、もの作りの根本は何も変わらないのです」。

“幸せの形”を考える





映画監督ならば映画、建築の現場監督ならば建物がそうであるように、奥村さんの場合、商品のデザインが、目に見える形での成果物、問題に対する答えとなります。
しかし、それがイコール“ゴール”ではありません。

「その企業や、そこで働く人にとって、あるいは作り手にとって、“幸せの形”とは何か。そのためには、どういうデザインがふさわしいか」

奥村さんがゴールに見据えるのは、デザインの先にある、“幸せの形”。
それは必ずしも、売り上げの上昇や、ブランドの知名度を高めることとも限りません。

パッケージや店舗のデザインを変えることで、働き方や社員の意識が変わり、売り場や社内の雰囲気が活性化する。
社員や地域産品の作り手が、自分の商品、仕事、ひいては生き方にもプライドを持てるようになる。
無理なく継続的にものを作っていけるようになる。

対話する中で、暮らしぶりや仕事ぶりを観察する中で、彼らが望んでいる様々な“幸せの形”を探り、デザインの力を借りて実現に近づけていくのです。

デザインは、人を変える





奥村さんのデザインは、買う人に、その食べ物の価値がどこにあるかを伝えます。
と同時に、「あなたの商品には、こんな魅力がある、これだけの価値が、語れるストーリーがある」と、作り手の背中を押すものでもあるのです。

奥村さんは言います、「デザインには、人を変える力がある」。

商品や作り手の、ありのままの魅力や価値を伝えるデザインは、買い手にとっても、作り手にとっても“幸せ”のきっかけになり得るのです。




奥村文絵(おくむら・ふみえ)
フードディレクター。2008年にfoodelcoを設立し、食をテーマに企業のブランディングや展覧会の企画など多岐にわたって活動。2015年には拠点を京都に移し、ギャラリーの運営なども手掛ける。著書に『地域の「おいしい」をつくるフードディレクションという仕事』(青幻舎)。



























































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