サステナブル・ブランド国際会議2021横浜 開催レポート
“持続可能”から“再生”へ。
自然環境の回復に繋がる取組みの実践
2021.04.08
text by Kyoko Kita / photographs by Chisato Kurotaki
世界13カ国14都市で開催され、参加者・来場者が共にサステナビリティについて考える「サステナブル・ブランド国際会議」。日本で5回目となる今年は、感染防止のためオンラインを併用しながら、2月24日~25日の2日にわたり横浜で開催されました。今回のテーマは「サステナビリティ」からもう一歩踏み込んだ「リジェネレーション(再生)」。国内外の企業、自治体、教育機関が参加し、200人以上の登壇者を迎えて、50を超えるパネルディスカッションが繰り広げられました。その中から、食にまつわる注目のセッションの内容をレポートします。
解決策は、土壌の中にある
今や企業にとって「サステナビリティ経営」は、事業の存続やブランド戦略を考える上で重要度の高い課題となっています。そのことにいち早く向き合い、ビジネスに伴い発生する環境負荷をできる限り低減させる取組みを続けてきた4社を迎え行われたのが、「土から始まるRegenerations」と題したセッションでした。
アウトドア企業の「パタゴニア」は、ウォールマートをはじめ世界各国の大企業に影響を与えてきた環境保護のパイオニアです。「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」をミッションに掲げ、オーガニックコットンへの切り替えや水使用量を大幅に削減する原料染めの採用など、サプライチェーン上にある様々な環境負荷やそこで働く人への悪影響を取り除く努力を重ねてきました。その過程で必然的に立ち上げたのが、「パタゴニア プロビジョンズ」という食品部門です。「人間が排出するCO₂のうち、25%が農業由来。農業のやり方や食べものの選び方を変えることが環境課題の解決に繋がるのです」とパタゴニア・インターナショナル・インク日本支社で食品部門を統括する近藤勝宏さん。
「加速する温暖化を食い止めるためには、温室効果ガスを地中に戻し、大気のバランスを取り戻す必要があります。土壌は大気の2倍、植生の3倍の炭素貯蓄が可能と言われます。従来の農業ではその機能が十分に発揮されず、むしろ様々な要因で土壌が失われてきました。土壌を再生させる農業に切り替えれば、作物を作れば作るほど、ポジティブなインパクトを環境に与えられます」。パタゴニアは他機関と連携し、土壌の健康や動物福祉、また労働者の公平性などの観点にも配慮した「リジェネラティブ・オーガニック(再生型有機農業)認証」を策定。事業の枠を越えた取組みを進めています。
農家の営みが教えてくれる“温故知新”
温暖化の影響で、ブドウ栽培の適地もジワジワと北上しています。「今、立ち上がらなければ、この先のビジネスができなくなる」と危機感を訴えるのは、「MHD モエ ヘネシー ディアジオ」パブリックアフェアーズ&CSRマネージャーの牧陽子さん。「MHD モエ ヘネシー ディアジオ」といえば、言わずと知れた300年以上の歴史を誇るシャンパーニュブランドを複数保有する、ワイン&スピリッツカンパニーです。
その華やかなイメージの舞台裏には、最高級の品質を守るため、実直に昔ながらのやり方で畑を守り、ブドウを育ててきた農家たちがいます。同社は彼らの営みに敬意を払いながら、「Living Soils(生きた土壌)」を次世代に繋ぐため、手を携えて様々な取組みを行ってきました。畑に羊を放牧して草を食べさせ、鳥の巣を設置し鳥に害虫を食べてもらう。害獣対策には生垣を作り、節水のためカバークロップを植える。休耕期間には花やハーブを植えて土壌を再生させる。「いずれも彼らが先人の教えを守り、何百年と続けてきたことです。新しいことに挑戦するだけでなく、古きに戻ることも大切だと考えます」。それはまさに、“温故知新”。
シャンパーニュ地方にある自社畑では2020年までに除草剤の使用を全廃。シャンパーニュ地方におけるリーダー的存在である同社の取組みは、業界へも大きな影響を与えています。「2020年2月パリで行われたワインのEXPO(Vinexpo)では、モエ ヘネシーは、環境に特化したフォーラムを3日に渡り開催し、科学的な知見で情報や意見を共有しました。自社だけでなく、競合他社も一緒に力を合わせてこの課題に取り組む必要性を感じます」
森の健康、人の健康
環境を再生させる取組みが、事業存続において欠かせないと考えるのは、「サントリーホールディングス」も同じです。「水と生きる」をキャッチフレーズに、基幹事業の一つとして水を育む森林の保全に取り組んでいます。「水源涵養機能の高い森を育てるためには、生態系と地下水の保全を両立させることが大切です」とサステナビリティ推進本部の北村暢康さん。重視しているのが科学的アプローチだといいます。
「雨水の浸透、地中を流れる速さや流量、道筋をシミュレーションし、保全活動に役立てています。植林するにもただ植えればいいわけではありません。同じ樹種でも地域によって種の皮の厚みなどが違います。土地のDNAに合った苗を植えることが大切です」。サントリーが保全する“天然水の森”は現在、全国21ヵ所1万2000haにのぼり、工場で汲み上げる地下水の2倍以上の水を涵養しています。
パスタブランド「バリラ」は、「わが子に食べさせたいものを提供する」という創業以来の精神を貫き、人の健康や環境に悪影響を与える農薬や除草剤が使われた原材料の調達を避けてきました。「食べたものによるおいしさは3分間、栄養は3時間、健康状態は30年、人に影響を与えます。さらに環境への影響はエンドレスです」と「バリラジャパン」代表取締役駐日代表のニックヒル・グプテさん。
近年は脱プラスチックの世界的な流れを受け、紙パッケージへの切り替えを進めています。「日本では海外ほどプラスチックがタブー視されておらず、むしろ紙への不信感があり、切り替えには困難を伴いました。しかし目先の利益を求めるのではなく、地球にとって適切な素材を選んでいかなければいけません。今後はもっと啓発活動が必要だと考えています」。パッケージの原料もサステナブル認証を受けている森林からのみ調達しているといいます。「正しいことを正しく行っているサプライヤーと繋がっていくことも重要だと思います」
サステナビリティを支える創造性やイノベーション
消費の場であるレストランや飲食店でもサステナビリティに対する意識は高まっています。「食とくらしの好循環へ~食から始めるRegeneration」と題したセッションでは、より食べ手に近いところで、食べ手も参加できる形で行われている取組みが紹介されました。
2010年にイギリスで設立された非営利団体「サステイナブル・レストラン協会」は、サステナブルなフードサービス実現のための啓発プログラム「FOOD MADE GOOD」を展開し、英国を中心に世界各国で約1万2000軒の飲食店が加盟、約2000億円分のサステナブルな食材調達や、15万人の福利厚生改善に貢献しています。メンバーである飲食店は、網羅的な指標で自身の店におけるサステナビリティの達成度を測ることができ、消費者はそれに基づき与えられた格付けで店を評価・選択することができます。
世界のガストロノミーシーンに大きな影響力を持つと言われるアワード「世界のベストレストラン50」のアジア部門「アジアのベストレストラン50」において、サステイナブル・レストラン協会が評価と選定を行う「サステナブルレストラン賞」を受賞したのが、東京・西麻布の「レフェルヴェソンス」です。また同店が三ツ星を獲得した2021年度版ミシュラン東京では、新設された「グリーンスター」というサステナブルな食を提供する飲食店に与えられる称号も受賞。「いただいた重責と共に、この取り組みをシェアしていくことの重要性を感じています」とエグゼクティブシェフの生江史伸さんは言います。
レフェルヴェソンスのコースは、メインディッシュの鴨以外、すべて多様な野菜や海産物で構成されています。「今、畜産の在り方が問題になっていますが、私が考えるベターミートは、できるだけ国産飼料で育てていること。フードマイレージや自給率、トレーサビリティなどがその理由です」
その鴨肉を東京・檜原村で出るミズナラの間伐材を薪にして焼くことで、CO₂の排出を抑え、林業を支えています。また、食べ残しが出ないようコースの構成や量に配慮したり、エネルギーを消費する加熱作業を極力抑えた料理を考えるなど、サステナビリティへの意識は細部にわたります。さらに、ユニフォームにリサイクルコットンを利用する、コースを通じて1本のナイフ&フォークまたは箸で食事をしてもらうことで洗い物を減らす。そして、こういった取り組みの一つひとつを、シェフからのトップダウンで行うのではなく、年齢や経験に関わりなく民主的に意見を吸い上げ決めていく。「サステナブルを実践していくには、創造性やイノベーションが不可欠だと思うからです」
ビジネスとサステナビリティは両立できる
「飲食店がやれることはたくさんある」と、社会課題の解決を目指した飲食店事業を展開する「イノベーションデザイン」の表秀明さんも言います。手掛ける飲食店は、日本サステイナブル・レストラン協会のメンバーにもなっています。
同社は部署・組織関係なく社員全員が社会課題について学び、コンポストの設置や、食品ロスに関するワークショップの開催、ドキュメンタリー映画の上映、「ミートフリーマンデー」(週1日の菜食)の実施、再生可能エネルギーへの切り替え等、様々な取り組みを行っています。「ただおいしいものを食べるだけでなく、お客様にとってレストランが気づきを得られる場になれれば、皆で楽しく地球の未来を描いていけるのではないでしょうか」
飲食店だけでなく、企業、教育機関など幅広いパートナーと共に、プラントベースの食事への移行を提案するのが、「フリーフロム」の山崎寛斗さんです。昨今、環境、倫理、健康など様々な観点から世界的に菜食の動きが進む中、広まりつつある「 プラントベース 」という考え方は、日本ではまだ根付いていないのが現状。そこで同社では、プラントベースに関して先行する海外の情報や商品、サービスを国内に紹介しています。代替肉ブランド「Omni Meat」を展開すると共に、週1回プランドベースの食事にすることを提唱する香港発のキャンペーン「グリーンマンデー」を様々な機関と連携して実施。「週1回プラントベースを実践するだけでも、積み重なれば環境に大きなインパクトを与えます。無理なくできることからやりましょう、というのがこの取り組みのメッセージです」
この数年、大手食品メーカーやレストランチェーン、ファストフードやコンビニでも、プランドベースを謳ったり、代替肉を使った商品が売り出されています。「サステナブルな取り組みは社会貢献的な要素が強く、利益を生みにくい面もありましたが、今はビジネスとして成立するようになってきました。消費者や企業、飲食店の皆さんの意識は着実に変わりつつあります」
今日一日、この食事に何を食べるか、どんな店を選ぶのか。それは食べ手である私たち一人ひとりに委ねられています。「買い物は投票だ」と言われるように、食べることもまた投票。
セッションに登壇した各企業や飲食店の取組みが、様々なステークホルダーや消費者と連携することでさらなる広がりを見せ、業界や社会を動かし、地球の未来を変えていくことが期待されます。
サステナブルを食べて体感
会場で味わう「もったいないキッチン」ヴィーガン弁当
サステナブル・ブランド国際会議の会場内では、食品ロスをテーマにしたロードムービー「もったいないキッチン」で福島から鹿児島までを走破したキッチンカーが出動。同作品にも出演している料理家ソウダ ルアさんによるヴィーガン弁当に人気が集まりました。
サステナブルというキーワードを、ルアさんは「長く続けるということは、そもそも長い時間をかけて育まれてきたものを大事にすること」と解釈。昆布や椎茸から出汁をひき、味噌など多様な発酵食品を生み出した日本の食文化や、「いただきます」「ごちそうさま」を大事にし、おいしく使い切ろうとしてきた日本の精神性を見つめ直せば、おのずとサステナビリティにも繋がるのではないか、と指摘します。
国際会議に参画した企業や登壇者と連携し、環境に配慮されて生産された食材や、廃棄の道をたどる「もったいない」野菜を調達。昔ながらの調理方法を駆使してすべての食材を余すことなく味わえるよう工夫しました。レモンの絞り汁でサワークラフトを仕上げ、絞った後の皮は干し南瓜の煮浸しに。残った煮汁や野菜の端材はカレーを受け皿に。メニュー全体で「循環」を描いたヴィーガン弁当が完成しました。
ソウダ ルアさんによるヴィーガン弁当。上から時計まわりに:厚揚げの精進出汁煮、干し南瓜のレモン煮浸し、キャベツと菊の花のザワークラウト、キャロットラペの胡麻和え 梅と柚子の香り、大豆ミートと廃棄野菜、焦がし仙台味噌のキーマカレー
もったいないキッチンカーの厨房に立つソウダルアさん(左)。同作品をプロデュースした「ユナイテッドピープル」代表の関根健次さんとともに。
◎サステナブル・ブランド国際会議2021
https://www.sustainablebrands.jp/event/sb2021/
国連が、世界各国の報道機関とエンターテイメント企業を対象に発足させた「SDGメディア・コンパクト」は、SDGsに対する認識を高め、さらなる行動の活性化を支援することを目的としています。
料理通信社は「SDGメディア・コンパクト」の加盟メディアとして、今後より一層、食の領域と深く関わるSDGs達成に寄与するメディア活動を続けて参ります。