「フェーズフリー」な食を手掛かりに。
―災害時の食と栄養― 3
2022.08.16
text by Kyoko Kita / photographs by Hiyori Ikai /graphic recording by Lica Constance
連載:災害時の食と栄養
2020年8月から2021年8月にかけて全5回でお届けしたシリーズ「その時、どう生きるか。―災害時の食と栄養―」を再掲載します。災害時の状況や、日々の暮らしの中で実践できる備えについて、“食”を切り口にお伝えします。
いつ我が身にふりかかってもおかしくない自然災害。しかし、コストがかかる割に日常の中で生かされない防災グッズの準備は、つい後回しにされがちです。備えておくべきとわかっていても、非常時に何がどれほど役立つかまで想像するのは難しい。
だから「備えましょう」ではなく、「災害時だけでなく、日常から役立つものやサービスを身の回りにおきましょう」という新しい提案、それが「フェーズフリー」です。
被災者の心と体を水面下でじわじわと追いつめる災害時での食の課題*も、フェーズフリーという考え方で解決できないだろうか――
提唱者の佐藤唯行さんと料理人の掛川哲司さんと共に考えました。
*災害時の食と栄養の問題についてまとめた記事は本シリーズの第1回をご覧ください。
「備えられない」ことが前提の新しい防災
防災は必要だと思いますか?
あと数分後に災害が起るとして、備えは十分にできていますか?
大切な人の命や健康が災害によって奪われてしまったら、どう思いますか?
2020年10月3日にオンラインで開催された、防災・減災を学べる日本最大級の防災イベント「ぼうさいこくたい」。その中のセッションに登壇した一般社団法人フェーズフリー協会代表の佐藤唯行さんは、冒頭で視聴者にこう問いかけました。
いかがですか――?
防災が必要なのはわかっている。でも、備えが十分かと問われたら、自信がない。大切な人の命は、何に代えても守りたいけれども・・・。多くの人はそんな回答になるでしょう。
備えることは難しい。なぜなら、日常の中では日常に必要なことしか考えられないから。非日常を想像する余地はなかなかありません。ましてや、想定外のことが起こるのが災害時なのです。
ならば、と佐藤さんは提案します。「備えられないことを前提に、日常も災害時も役立ち、価値を発揮するモノやコトを暮らしの中に増やしていきませんか」と。
「フェーズフリー」とは、そんな日常と災害時を隔てる壁を超える、新しい防災の考え方です。
「防災用品は備えようとすればするほどコストがかかるし、場所もとる。日常生活を快適にしつつ、非常時にも役立つモノやコトがあれば、“備える”というストレスから人はもっと開放されるはずです」。
フェーズフリーなモノは、すでに日常の中に存在しています。たとえば、水に濡れても書けるペンや夜光塗料のついた懐中電灯は、日常でも災害時でも同じ価値を提供してくれます。あるいは電気のみで長距離走行が可能なプラグイン・ハイブリッドカーなら、燃費が良いだけでなく、災害時は電源として一般家庭4日分*の電力を供給することができます。
(*プリウスPHVの外部供給電力40kwh、一般家庭の日常使用1日分を10kwhとした場合)
店の外でも発揮できるフェーズフリーな料理人のスキル
フェーズフリーなスキルを持つ職業もあります。たとえば料理人。被災地にキッチンカーで駆けつけたり、コロナ禍では有志のトップシェフたちが医療従事者に弁当を届けたり。彼らの持つ大量調理のスキルや衛生管理のノウハウは制約の多い被災地で力を発揮し、何よりおいしい料理は傷つき疲れ果てた被災者の心をやさしく癒してくれます。
この日、佐藤さんとのセッションに参加した掛川哲司さんも、そんな料理人の役割と可能性を問い直している一人。代官山のビストロ「Ata」をはじめ、日比谷「Värmen」、広尾「au deco」など都内で複数の人気店を手掛ける掛川さんは、東日本大震災がきっかけで料理人としての生き方が変わったと振り返ります。
「店を開けていてもお客さんがほとんど来なくて、デリカテッセンで売れ残った惣菜や食材を大量に捨てる毎日。テレビの向こうでは、多くの被災者が十分な食事にありつけず辛い避難生活を続けているのに、自分は何をやっているんだろう、と。店の中でお客さんを待っているだけでなく、困っている人を助けられるようになりたいと、新しい料理人のあり方を模索して独立を決めました」。
そんな掛川さんが佐藤さんと共に「フェーズフリーな食」について考えた今回のセッション。一緒に作って一緒に食べる参加型料理教室の活動で東北の復興支援に関わってきた公益財団法人味の素ファンデーションの齋藤由里子さんと料理通信社スタッフを進行役に、「いつも」と「もしも」の両方で価値を発揮する食について探っていきました。
行政任せではなく、企業や個人が参加できる仕組みを
掛川:避難者支援において食は後回しにされがちで、量的にも栄養的にも不十分になるそうですね。支給されるのを待つ、配られたものを食べる・・・被災者は食べることに受け身になってしまうのかもしれない。料理人がもっと現場に入っていけるといいのですが。被災地や行政と繋がって、何かできることはないのかと考えています。
佐藤:一部の自治体では民間の飲食店との連携も進んでいます。災害時には店舗で炊き出しができるよう、バックヤードに食材を備蓄していたりする。フェーズフリーな店であることを示すマークも少しずつ広がってきました。
ただ、行政のやれることには限界があるのも事実です。防災や災害支援は行政やNPOの仕事というイメージがあると思いますが、行政が出せるお金はすべて税金ですし、NPOもギリギリの人数と資金で回している。防災は、原資が限られているのです。もっと民間の人たちが参加できる仕組みを目指さないといけないでしょうね。
齋藤:熊本地震の被災地でも、被災者自ら炊き出しを行っている避難所は活気がありました。行政任せではなく、生活者一人ひとりが当事者意識を持って、災害時の食について向き合うことが大切ですよね。
心がけの積み重ねで災害への脆弱性を小さくする
佐藤:災害は突然発生する“危機”と、社会の“脆弱性”が重なった時に起こります。たとえば、震度7の地震という危機は砂漠の中で起きても災害にはならないけれど、脆弱な都市で起こるからガラスが割れたり停電が起きたりして“災害”になる。突然起こる危機を回避したり、コントロールすることは難しいけれど、脆弱性を小さくすることはできます。その脆弱性は、災害時に突然現れるものではなく、普段から一人ひとりの暮らしの中に存在しているからです。
食には様々な機能があります。栄養をとる手段であり、精神を満たし、生活リズムを整え、コミュニケーションの場となり、文化そのものでもある。求めるのは、おいしさや、手軽さ、適量で、健康になれること。
これらを「フェーズブリー」という文脈で考えた時に、暮らしの中でどんなことができるでしょうか。日常が快適になって、災害時も役立つ食べ物、飲み物そして知識やスキルとは・・・。
掛川:たとえば、少しのエネルギーで済む調理法や、少ない材料で栄養バランスが整う組み合わせを知っているとか。日頃から自分の中にアイデアを蓄積し、実践を繰り返していくことで脆弱性を減らすことができ、災害時も食の質を担保できるのではないでしょうか。
齋藤:毎日きちんと食べ続けることで、不健康であるという体の脆弱性も日頃から小さくしておくことができます。日々の工夫や心がけの積み重ねが習慣となって、フェーズフリーに繋がるということですね。
伝承の知恵に潜むフェーズフリーのヒント
掛川:コロナ禍をきっかけに、店に来てくださるお客さんたちはより本質的なものを求めるようになっている気がします。目新しさより、おいしくて健康的でちゃんとしたものを食べたい。原点回帰している感じです。
佐藤:建築の世界でも同じような揺り戻しが起きていると聞きます。もともと建築はフェーズフリーなものだったんですね。風、水害、雪など、その地域で起こりうる災害を想定した土着の建築があった。それが普段の暮らしやすさにも繋がっていたはずなのに、今は全国どの家も画一的です。そこに住む人たちが長い年月をかけて築き上げてきた文化を、利便性や効率性が覆い隠してしまった。それによって失われたものがあることに皆、気付き始めたのかもしれません。
掛川:食においても、味噌や漬物といった発酵食品や乾物のように、風土の中で育まれた伝統食や文化・習慣が各地にありましたが、この数十年で急速に失われつつあります。
料理通信:海に近い地域では魚介類を長期間保存できる知恵が、雪深い冬を迎える地域では塩蔵の文化がある。日常がそのまま備えになっていたんですね。発酵食品や乾物といった保存食は、「いつも」の営みが「もしも」に役立つ暮らしの知恵ですよね。その知恵を伝承していく仕組みがなくなり、食の地域性は確かに薄れてしまったものの、そういった食品の価値は今、再評価されています。発酵食品には免疫力を上げる効果が期待されていますし、乾物も常温で長期間保存できることから災害時の食としても見直されています。
齋藤:時代は常に変化し、柔軟に動いている。ライフスタイルに合わせつつ、原点や伝承の知恵を大切にして新しい食文化を提案していく必要がありそうですね。
掛川:産地と消費地の距離も、昔に比べたら随分離れてしまいました。結果、災害が起きて大きな流通が機能しなくなると、都市部では明日食べるものにも困ってしまいます。飲食店が個々でしっかりと産地と繋がり、いざという時に食糧を確保できたり、逆に産地を支えられる関係性を作っておいたりすることも大切です。
ソーシャルディスタンスで席が半分空いたということは、料理人の身体も半分空いたということ。料理人が社会の中で発揮できる役割や機能に目を向け、時間をかけて考えるにはいい機会です。店の外に出てみると、料理人としての生き方が変わるかもしれません。関わっていける相手は、店に来てくれるお客さんだけではないのですから。
齋藤:フェーズフリーな食の根本にあるのは、人とのコミュニケーションや一人ひとりの食習慣という、とてもベーシックな価値観という気がします。食は人を繋ぎますが、知っている人が知らない人に伝える、考えられる人が動ける人と結びつく、互いに支え合う。日常でも災害時でも変わらず食に求めるものは何か、豊かさとは何か。考え続ける先に、一人ひとりのフェーズフリーな食が見えてくるのかもしれませんね。
トークセッションの様子をご覧いただけます!(※終了しました)
災害時の食と栄養の課題やフェーズフリーの概念に関するプレゼンテーションをはじめ、登壇者によって繰り広げられた90分にわたる議論の様子をアーカイブ視聴できます(2021年3月まで)。ぜひご覧ください。
2020年10月3日開催 ぼうさいこくたい2020
「いざという時どうなる?あなたの食と栄養」
〜フェーズフリーな食を考えよう〜
https://bosai-kokutai.jp/2020/
(料理通信社は「SDGメディアコンパクト」加盟メディアとして、食の領域と深く関わるSDGs達成に繋がる事業を目指し、メディア活動を行っています)
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