都市型酪農の理想的な在り方を具現化 乳製品
[兵庫]未来に届けたい日本の食材 #29
2023.06.05
変わりゆく時代の中で、変わることなく次世代へ伝えたい日本の食材があります。手間を惜しまず、実直に向き合う生産者の手から生まれた個性豊かな食材を、学校法人 服部学園 服部栄養専門学校理事長・校長、服部幸應さんが案内します。
連載:未来に届けたい日本の食材
神戸は明治以降、西洋文化がいち早く上陸し、牛乳をはじめとした乳製品が暮らしに根付くのが日本の中でも早かったようです。市内の中心部から車で20分、自然放牧で都市型酪農を続ける弓削牧場の2代目、弓削忠生さんを訪ねます。
神戸駅の周辺にはかつて牛乳処理場がいくつもあって、六甲山の南斜面では、乳牛がたくさん飼われていました。農学校を卒業後、親戚筋の牧場に勤めていた父は、1943(昭和18)年に山林を含む3ヘクタールの土地を購入して、開墾からスタート。その時、乳牛を役牛として飼いました。乳牛は外来種なので肉牛の但馬に比べると大型で力がある。さらに毎日、牛乳というたんぱく源を供給してくれる。もちろん売れば現金収入にもなる。父は周りの農家さんにもノウハウを教え、酪農の輪を広げていきました。
なぜ、神戸で酪農?と思われるかもしれませんね。冷蔵設備が今ほど完璧ではない時代、酪農は消費地に近いところでないと成立しづらかったのだと思います。朝早く搾った牛乳は陽が高くなる前に処理場へ運ぶ。神戸は昔から外国人が多く住む土地柄、乳製品の需要は高く、酪農が盛んになる素地がありました。
チーズを手掛けるようになったのは、乳価が下落して、酪農経営の危機を感じたことがきっかけです。84(昭和59)年のことです。当時、ナチュラルチーズの作り方を日本語で解説している本はなく、知人から借りた『ザ・ブック・オブ・チーズ』という英語の本を参考に、道具も自作しながら手探りで始めました。
製造現場を見たことのない人間が作るわけですから、失敗の連続です。カマンベールの完成に1年を要しました。その間、失敗の中から思いがけない看板商品が生まれました。フレッシュチーズの「フロマージュ・フレ」です。神戸には早くから輸入食材を扱っているスーパーがあり、そこのバイヤーさんの目にとまり、販路の糸口ができました。自分たちでも、日本人らしい乳製品の食べ方を提案しようと、87(昭和62)年にチーズハウスを作り、フロマージュ・フレの食べ方をはじめ、製造の過程で出るホエーを使ったシチューやドリンクも提供しています。
周囲は宅地化が進み、酪農を続けるには、新たな努力も必要になってきます。その一つが牛の糞尿処理です。11年前に搾乳ロボットを導入してから、牛は搾ってほしい時にミルクを搾ってもらえるようになり、私も朝5時と夕方5時の搾乳から解放されました。そこで、牛の糞尿を液肥とエネルギーに再生するバイオガスの研究にあて、昨年(2016年)、実用化に向け一歩を踏み出しました。液肥は園内の畑に、ガスは農業用ハウスの暖房やガス灯に利用しています。循環型酪農の一助になるよう、これからも研究を続けていきます。
◎弓削牧場
兵庫県神戸市北区山田町下谷上西丸山5-2
☎078-581-3220
https://www.yugefarm.com/
(雑誌『料理通信』2017年10月号掲載)
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