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PEOPLE / 寄稿者連載

残暑に珈琲ゼリー

蕪木祐介さん連載 「嗜好品の役割」第9回

2021.08.26

PEOPLE / LIFE INNOVATOR

連載:蕪木祐介さん連載

夏になると珈琲店に並ぶ王道メニュー、「珈琲ゼリー」。だが、私は珈琲ゼリーを食べる機会は多くない。喫茶店に行っても、大概は珈琲ゼリーを食べるくらいなら珈琲を飲んでしまうだろう。それは単純に、珈琲は液体の方が風味を最大限に感じることができるからだ。そんなことをスタッフに話していたら、「そんなことを言っておきながら、蕪木さんは京都の喫茶〇〇で私の採用面接をしていた時、珈琲ゼリーを食べていましたよ?」なんてことを言われた。あれ、そうだっけ?なんてぼんやり返事をしながら、確かにそうだったかもしれない。ごくたまに、珈琲ゼリーでも頼んでみようかな、と思うことがあるのだ。おそらく珈琲ゼリー好きではなくとも、何気なく食べてしまうことがあるデザートではないだろうか。

多くの喫茶店のメニューに掲載されて、コンビニでも販売されている珈琲ゼリー。どこにでもある商品の割には、ここまで普及しているのは日本くらいだろう。日本で独自の発展をしたアイス珈琲と同様、珈琲ゼリーも高温多湿の夏を持つ日本で固有に発展してたどり着いた一つの珈琲文化と言ってもいい。


珈琲ゼリーの流儀

一口に珈琲ゼリーと言っても、深煎りでしっかりと苦味を感じるものもあれば、浅煎りでフルーティな爽やかな酸味を持ったもの、弾力があるしっかりした固いものから、滑らかで口の中で儚く溶けてしまうくらいゆるいもの、そして、定番のクリームが上にのっているものから、ブランマンジェと合わせていたり、パフェにしていたりと、仕立て方も様々。液体の珈琲よりは香りは劣る珈琲ゼリーではあるが、それをたくさんの珈琲店が作る。そこには各々の珈琲ゼリーの流儀たるものがあるであろう。

私の店も、流儀とは言えないまでも小さなこだわりはある。それは珈琲を固めないゼリーだ。元々は、自身の店では珈琲ゼリーを提供する必要はないと思っていた。それは前述の通り、珈琲は香りが命、固めて香りを弱めてしまうくらいなら、液体の珈琲を飲んだ方がおいしいだろうという理由だ。自分で作っている珈琲は、なおさら良い状態で飲んでいただきたいと頑なに思っていた。それでも珈琲ゼリー好きのお客様も多く、自分の中で納得がいく珈琲ゼリーの形とはどんなものだろうか、という疑問が常に頭の片隅に存在していた。

そんなとある夏の蒸し暑い日、汗をかきながら入った和菓子店で頂いた「あんみつ」のような菓子が、すこぶるおいしく、涼を楽しむことができた。氷のような見た目のみずみずしい大きめの寒天が、糖蜜の中に潜んでいる。口に含むと、そのやさしい甘味が広がり、寒天がつるりと口の中で崩れる。淡く儚く、涼しげな菓子。あぁ、日本の夏も良いものだなと感じた。そこから、珈琲を固めて飲み込んでしまうくらいなら、ゼリーのみずみずしさ、涼感はシンプルな寒天ゼリーに任せてしまい、いっそのこと珈琲は液体としてかけてしまおう、と思い、一風変わった珈琲ゼリーが出来上がった。今では楽しみにしてくれているお客様もいらっしゃり、このひねくれた珈琲ゼリーは当店の夏のメニューとして定着してきている。


ラム酒をしっかり効かせた、「蕪木」の珈琲ゼリー


珈琲ゼリーと合う飲み物は?

一方、私が携わっている喫茶店、盛岡の「羅針盤」では、定番の珈琲を固めるゼリーを出している。黒蜜とラム酒を数滴垂らして食べるとおいしい。クラッシュゼリーの底にはバニラアイスを沈めて、食べ進めていると下から甘いバニラが顔を出し、淡苦さから、甘く濃厚なものへと変化していく。苦く甘く、不均一。私が考える珈琲ゼリーのまた異なる理想の形。

ところで、珈琲ゼリーを提供しようとすると、いつも大きな問題に直面する。このクラシックな珈琲ゼリーには何の飲み物を合わせるのか? 店で注文する際も、単品で頼むべきか、何かと一緒に頼むか、少し悩むのではなかろうか。珈琲ゼリーに珈琲? なんだか野暮ったい気がする。実際飲み合わせてみても、もちろん元が珈琲なので、合わないことはないのだが、引き立ち合うというほど、ポジティブなものではない。カフェオレ、炭酸水、エスプレッソトニック、梅ソーダ、相性が良いのではないかと考えられるもの、涼やかさを引き立てるものをひたすら作って試してみる。悪くはないのだが、なかなかガシッとははまらない。

その中でもああ、これはおいしい、と思う組み合わせは、ウイスキー。珈琲ゼリーなぞには少々贅沢かもしれないが、熟成が進んだウイスキーは特に、バニラ香やナッティな香りが、珈琲の苦味や香ばしさ、クリーム、バニラの甘い香りと重なり、最高だ。あとはミントシロップを作って炭酸で割ったものも意外とあり。ほのかに甘い清涼感を感じながらゼリーを食べ進めることで、少し単調気味な珈琲ゼリーの味わいも、より豊かに感じられる。液体じみた珈琲ゼリー、飲み物と合わせず、それだけで楽しむのももちろん正解だろう。


バニラと合わせた「羅針盤」の珈琲ゼリー


甘さも食感もお好みで。自宅で珈琲ゼリー

頂きものの珈琲が飲みきれなかったら、もしくは少しだけ珈琲が古くなってきてしまったら、珈琲ゼリーを家で作って食べるのはいかがだろうか。多少香りが落ちてきた珈琲でも香りが弱いゼリーならそこまで問題ないだろう。ゼリーに関していえば、香りよりも味(苦味)が大切になると考えている。家では好みで味も調整できるし、自分好みのゼリーを構築していくのも楽しい。

作り方もいたって簡単だ。いつも通り抽出した珈琲にお好みの量の砂糖と水にふやかした板ゼラチン(水気を拭ったもの)を加えて冷やし固めるだけ。砂糖を少しずつ加えて自分の好みの甘さにして、その後ゼラチンを入れて4時間以上冷蔵庫へ。カップに注ぎ固めてクリームを絞るのもよし、バットに流して、スプーンですくってクラッシュゼリーとしてバニラアイスと合わせてもよし、ラムやコニャックを垂らしてもおいしい。加えるゼラチンの量で硬さが決まるが、おすすめは珈琲に対して1.5~2%の量。多くすると硬くなるし、少なくすると柔らかくなる。柔らかいほうが苦味や香りを感じやすいという点で、私は断然ゆるゆる派だ。


ゆるゆるなゼリーは比較的香りや苦味が出やすい。
蜜をかけたり、クリームをかけて味を変えながら、食べ進めていくのも楽しい。

それにしても日本の夏は暑い。
焙煎中は熱気で部屋の温度も上がり、この季節は苦手だ。
毎年のように夏ってこんなに暑かったっけ、と感じる。
それでも日本の夏だからこそおいしく食べられる菓子がある。
褐色のゼリーの艶やかさとつるりとした喉越し。
一杯入魂の珈琲と比べると、少し力の抜けた珈琲店の珈琲ゼリーを楽しむのも良いし、家で各々の珈琲ゼリーの流儀を深めるのも味わい深い。
今年もあっという間にそんな季節が終わりに近づいていくけれど、残暑の儚い楽しみとして、この季節に現れる日本珈琲界の名脇役をぜひ楽しんでいただきたい。



蕪木祐介(かぶき・ゆうすけ)
岩手大学農学部を卒業後、菓子メーカーに入社。カカオ・チョコレートの技術者として商品開発に携わる。2016年、自家焙煎の珈琲とチョコレートの喫茶室「蕪木」をオープン(2019年12月移転、再オープン)。2018年には、盛岡で40年以上愛されてきた喫茶店「六分儀」(2017年11月に閉店)を、佇まいはそのままに「羅針盤」の名前で復活させた。著書に『チョコレートの手引』、『珈琲の表現』(共に雷鳥社刊)。
http://kabukiyusuke.com/





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