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FEATURE / MOVEMENT

“ゼロ・ウェイスト”を追求したら、ヴィーガンベーカリーに辿り着いた。ベルリン「フレア・べーカリー」

2024.04.25

text by Hideko Kawachi / photographs by Gianni Plescia

連載:本気のヴィーガンベーカリー

10年ほど前から“草食化”が進むドイツ。背景にはベジタリアン志向の高まりや、留学生や移民の増加、ムスリム人口が増えていることがあります。
ゴミを出さないゼロ・ウェイストレストラン「FREA(フレア)」とベ―カリー「FREA Bakery(フレア・べーカリー)」はオール・ヴィーガンです。「“ゼロ・ウェイスト”を追求したら、自然とヴィーガンにたどり着いた」とオーナー。植物性原料なら保管の冷蔵、包装コストも抑えられ、再利用の幅も増える、コンポストでもよい堆肥ができるというわけです。

目次







10人に1人は肉を食べない、ドイツ

2023年秋、ドイツ人の10人に1人が動物性の食品を食べないというアンケート結果が出て、話題を呼んだ。
完全菜食主義(ヴィーガン)は人口の約1%だが、前述のアンケートでは41%がフレキシタリアン(肉や魚はたまにしか食べない)だと回答。その理由は環境保護、次いで動物福祉、健康と様々だが、特に首都ベルリンではヴィーガンの飲食店も増えており、その数は50軒近いとも言われている。なかでも、ゼロ・ウェイストレストラン「FREA(フレア)」と「FREA Bakery(フレア・べーカリー)」は先駆者的存在。平日から行列ができる人気店だ。

2019年3月にオープンしたヴィーガン & ゼロウェイストのレストラン「フレア」。オーナーのダヴィドとヤスミン・ズヒーさんは「ゼロ・ウェイストを追求したら、自然とヴィーガンにたどり着いた」と言う。植物性の食材の方が、動物性のものに比べて冷蔵保存の必要性が低く、傷みにくい傾向にあるのだ。

「だからプラスチック包装も減らせますし、冷蔵庫も小さく、エネルギー使用量も抑えられる。食材の購入量や時間も柔軟に計画できます。そして植物性の食材だと、余ってしまっても発酵などのアレンジもしやすいんですよ」とヤスミンさん。

リベイクやアレンジをしても残ってしまった食材は、最後はコンポスト機械に入れるのだが、ドイツでは飲食店がコンポストを作る際には、植物性の食材廃棄物のみが許可されているのだそうだ。できた肥料は契約している農家や、大学のプロジェクトに生かされている。

オーナーのダヴィド(右)とヤスミン・ズヒー(左)さん

どうしても余ってしまった場合は、コンポストマシンへ。


残ったパンは、発酵させてソースやビネガーに。レストランと連携して、ロスパンを撲滅

営業は夜のみ、予約もなかなか取れない人気レストランの代わりに、日常的に立ち寄ってもらえる店をと近所にオープンしたのが「フレア・ベーカリー」だ。もともとレストランで提供するハウスブレッドは店で焼いていた。焼き菓子やクロワッサンも自家製。朝8時から、レストラン開店直前の午後5時まで営業する。

レストランのディナーのために焼いたハウスブレッドの残りは、翌日カフェでフレンチトーストやトースト・オープンサンドイッチに。レストランで出しているフレッシュジュースのニンジンやリンゴなどの絞りかすを焼き菓子に入れることもある。逆にベーカリーで売れ残ってしまったパンを発酵させて味噌やビネガーにして、レストランのソースにしたりもしている。量を作りすぎて余らせるよりは売り切れの方が良いと、ベーカリーで作る数はそもそも少なめに抑えているが、それでも残ってしまったパンのアレンジは多彩だ。

レストランのディナーで提供されるハウスブレッド。

フレンチトースト。表面をこんがりトーストしたブリオッシュに、洋梨のソースをかけてフレンチトーストならではの柔らかさを表現。胡桃とヘーゼルナッツのクロカント、ライス&アーモンドミルクのソルベを添えて。

ライ麦や全粒粉のパンは乾燥させて粉砕し、パン粉としてレストランで使うほか、パン生地に混ぜ込んで使う。保湿性が上がり、よりしっとりと長持ちするパンになる。売れ残ってしまったクロワッサンは、翌朝ヘーゼルナッツのクリームを挟んでリベイク。クロワッサンを成形する際に半端に残ってしまう端生地にカルダモンシュガーをまぶして型に入れて焼くカルダモンクロワッサンは、いまや店の一番人気だ。クリームなどが入っていてリベイクが難しいものは、民間シェルターや生活支援団体などにシェアもしている。

「私たちが使っている植物性油脂は酸化しにくく、時間が経っても風味が保たれるからこそできることでもありますね」とヤスミンさん。

残ったライ麦や全粒粉のパンは乾燥させて粉砕し、パン粉やパン生地に混ぜ込んで使う。しっとりと長持ちするパンになる。

売れ残ったクロワッサンはヘーゼルナッツクリームを詰めてリベイク。

 

クロワッサンの焼成前の端生地にカルダモンシュガーをまぶして型に入れて焼く、カルダモンクロワッサン。ちぎりパンタイプのいわゆるモンキーブレッド。


マイスター制度が下支えする、ヴィーガンベーカリーの技術力

ヤスミンさんは、大学で戦略マネジメントを学んだ。ビジネスの効率化を考えても、ゼロ・ウェイストとヴィーガンを組み合わせるのは利点が多いという。

「そして、効率化の上でも二酸化炭素排出量を抑える上でも、インスタントのミックスなどを使わない昔ながらの手仕事は、高く評価できる」というヤスミンさんは、パン職人のマイスターと同等の資格も取得した。

ドイツではパン屋を開業する場合、国家資格である「マイスター」を持つ人間が必ず1人いる必要がある。本来は約3年間ほどの職業訓練を経て、「ゲゼレ(職人)」の資格を取得。その後さらにパン屋で職人として働き、数年間の経験を積んだ上でマイスターの試験の準備をしなければならない。しかし、最近では特例として、パン屋の経営者としてマイスターと同等の知識と技術を持っていると証明できる場合は、3カ月ほどの短期間でマイスター試験が受けられるのだという。

「3カ月、毎日工房に入って、ヘッド・ベイカーやパティシェたちに教わってベーカリーで出しているパンや焼き菓子を焼く練習をしました。試験の際にはそれを焼いてみせる実技と、うちの店で使っているサワードウの発酵過程の説明など、理論のテストもありました」ベルリンの製パン学校でも、まだヴィーガンのパン作りを学べる授業はないそうだが、興味を持っている人は多そうだ。

ヤスミンさんをサポートするのが、ヘッド・ベイカーの川亦あやさん。そして、自らもヴィーガンで、パティシェとして働いているトマ・オブロンさんだ。

ヘッド・ベイカーの川亦あやさん


パティシェのトマ・オブロンさん

川亦さんはドイツでパン作りを学び、フレア・ベーカリーで初めてヴィーガンのパン作りに関わった。しかしドイツのパンの大半が乳製品や動物性の油脂分を加えないレシピなので、大きな違いは感じなかったという。ドイツのパンは小麦粉と水、サワードウだけで作り、粉の味をシンプルに味わうものが多いからだ。

ドイツ、特にベルリンではヴィーガン製品も多種多様で入手しやすい。オーガニックのヴィーガンブロックと呼ばれる、シアバターやココナッツオイルをベースに、菜種やアーモンドの油脂で作られた植物性油脂をよく使っているという。

(左)クロワッサン専用の植物性バター、融点が高く作業性が高い「クロワッサンプラッテ ゼロ パーム」。(中央)シアバターやココナッツオイル、菜種油やアーモンドバターなど、保形性のある植物性油がブレンドされた「オーガニックヴィーガンブロック」。(右)E.V.オリーブオイル

植物性油脂を使うヴィーガンパンでは難しいとされるヴィエノワズリーも、パリッと軽く、美しい層に。

「ヴィーガンのレシピを考える際には、卵や牛乳の代用品を考えるのではなく、最終的にどういう食感、味にしたいのか?そのためには何が必要か?と考えるのがいいですよ」とトマさんは言う。例えば今回レシピを教えてもらったブリオッシュならば「ふわふわと柔らかく、のびのいい生地を作るには、何が必要か?」という具合だ。

卵の黄色と柔らかさがブリオッシュの特徴なので、色と柔らかさを与えてくれるジャガイモをマッシュして使用。フレア・ベーカリーではイーストではなくサワードウを使っているが、ほんのりと甘い後味がブリオッシュの特徴でもあるので、砂糖を多めに入れたスイート・リキッド・ルヴァン(サワードウ)にしている。

甘くないパンにはサワー種を、菓子パン類には砂糖を加えたスイート・リキッド・サワー種を使う。

フィリングにはナッツ、柑橘、スパイスを効かせる

植物性のミルクもドイツは選択肢が幅広い。豆乳にはレシチンが多く含まれ乳化を助けるので、パティスリーのクリームには最適だというが、フレアでは環境問題も考慮して、近隣で栽培されているオーツ麦を使ったオーツミルク一択だという。ドイツでの栽培はほとんどない大豆や豆腐は、レストランでも使用しておらず、味噌も近隣で作られるレンズ豆がベースだ。

「オーツミルクは、ヘーゼルナッツやアーモンドなどのナッツ系のミルクよりも味にクセがなく使いやすい。ブリオッシュではオリーブオイルを油脂分として使います。オリーブオイルの緑っぽい味がアクセントになりますね」とトマさん。

デニッシュ生地の中にクリームを入れたペストリー「スパンダワー」に使うクリームは、オーガニック・ヴィーガン・ブロックがベース。オーツミルクと砂糖を合わせてコーンスターチでとろみをつけると、滑らかな口溶けとコクのある卵色のクリームが出来上がる。レモンの皮で、香りをつければ完成だ。

「バターや卵に比べて植物性のものは味が淡白なので、ナッツを加えたり、柑橘系の皮やスパイス、塩で、香りや味にパンチを効かせます。ヴィーガンのクリームはだれやすいのですが、イヌリンシュガーを使うことで形をしっかり保てますよ」

ペストリー「スパンダワー」。卵色のクリームは、オーガニック・ヴィーガン・ブロックをベースに、オーツミルクと砂糖を合わせ、コーンスターチでとろみをつけている。


ヴィーガンは、パンの可能性を広げる

7年前からヴィーガンになったというトマさん。料理人、パティシェとして、幅が広がり、よりクリエイティブになれたという。

「ヴィーガンというと、何かを制限されると考えがちですが、ヴィーガンは選択肢や可能性を広げてくれるもの。色々な理由で植物性のものしか食べたくない日もあれば、食べられない人もいます。すべての人に楽しんでもらいたいからヴィーガンなんですよ!」

ヤスミンさんも「より多くの人たちに届けたいからこそ、ヴィーガン」と声を合わせる。
「だから、肉や魚に味や食感を似せた代替食品はフレアでは使いません。あくまでも、オリジナルの味を作りたい。ヴィーガンやゼロウェイストだと知らなくても、お客さんはおいしいから足を運んでくれるのです。ヴィーガンの人も、おいしいからこそヴィーガンではない人を誘って連れ立って来てくれる。みんなが一緒に楽しめる、それこそがヴィーガンの良さなのです」



◎FREA BAKERY
Gartenstrasse 9, 10115 Berlin, Germany
☎+49 301 3897068
8:00~17:00(キッチンの営業は9:00~15:30)
https://www.frea.de/

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