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PEOPLE / 生産者・伴走者

大地からの声――33

自分の感覚を信じて深掘りする。

三重「保田商店」「素材舎」保田与志彦さん

2021.08.30

text by Sawako Kimijima / photographs by Yoshihiko Yasuda

連載:大地からの声

三重県桑名市で食材卸問屋を営み、地元の農家と共に「桑名もち小麦」のブランド化に取り組む保田与志彦さん。もっちりとした独特な食感のもち小麦と出会い、将来性を見出したのは2008年のことでした。以来、独自に市場を開拓。最近は「もち麦(大麦)人気のおかげで理解されやすくなった」と言います。コロナ禍を経て、「混沌とした世の中だからこそ自分の感覚を信じることが大切」「多様性の時代だからこそ深掘りが必要」との保田さんの信念はいっそう強くなっています。



問1 現在の状況

飲食店の休業&時短に比例する。

飲食店の営業自粛の影響は大きく、うどん屋さん、ラーメン屋さんからの注文が減って、外食卸の売り上げは例年の6~7割に留まっています。休業と時短による営業時間の減少と比例していると感じます。

コロナ第一波の時、巣ごもり需要で小麦粉やパンケーキミックスがスーパーの棚から消えたと話題になりました。うちでも一般向け商品はネット販売が3倍に増えたり、こだわりの品揃えで知られるスーパー「北野エース」でパンケーキミックスやパスタが採用されたり、その恩恵はありがたい。巣ごもりを機に桑名もち小麦のファンが増えたことは素直にうれしいですね。


もち小麦のミックス粉を使うとパンケーキもワッフルも現代人好みのもっちり食感に。


桑名もち小麦を使ったパンケーキミックスとパスタ。海外へも出荷されている。

収穫のほうは順調です。売り上げが伸びない分、ストックを積み増ししている実態もあります。というのも、台風などの自然災害が従来の感覚では計れない規模で発生する可能性が高くなっているため、リスクヘッジとして在庫を多めに抱える必要があるのです。



問2 コロナで気付かされたこと、考えたこと

儲からない仕事もやることの大切さ。

コロナ禍で実感したのは、「儲からない仕事もやることの大切さ」でした。そう思わせてくれたのは、6年前から商品化している「麦ストロー」、麦わらで作るストローです。

脱プラの一環として、麦ストロー作りが各地で増えていますが、私の場合は「麦を身近に感じてほしい」との思いから始まりました。「都会の子は魚が切り身で泳いでいると思っている」なんて言われますが、それと同じで、多くの人が粉には触れても麦には触れない。麦そのものを見たことがない。もっと麦に親しんでほしくて、断片でもいいから麦に触れてもらう手段として、大麦の茎をストローに仕立てることにしたのです。ストローの語源を具現化する意味でも面白いと考えた。畑での刈り取りから、穴の確認や長さを切り揃えるといった細かい作業は、「くわな特別支援学校」のみなさんの力を借りています。
細々と続けてきたこのローテクな取り組みが、先日、CBCラジオの番組のSDGsコーナーで紹介される事態が起きたんです。亀のようにのそのそ歩いていたら、いつしか時代の先頭に立ってしまっていたかのようで、私は正直、驚きました。いつの間に価値の大転換が起きたんだろうか、と。


麦ストローはアレルギーの心配が要らないように大麦の茎で作る。くわな特別支援学校のみなさんの丁寧な仕事が光る。


穂の部分は家で麦茶が作れるキットに。麦茶作りを夏休みの自由研究にする子供もいるそうだ。


桑名もち小麦収穫祭には一般の人々も参加。収穫、脱穀、唐箕(とうみ)、製粉まで体験。

昨日までの常識が一夜明けたら非常識になっている。予想のつかないスピードで世界の基準が変わっていく。あれほどインバウンドが語られていたのに、コロナと共に日本各地から外国人客が消え、オリンピックの試合が無観客で行われている様子は、まるでSF映画を観ているかのようです。コロナに関わらず様々な要因からパラダイムシフトが起きていて、自分の仕事が社会のどのポジションに位置付けられるのか、どんな価値付けされるのか、読めない時代になっていると感じます。
麦ストローはその現実をポジティブに実感させてくれた。目先の利益に囚われていたら、麦ストローを続けていないし、ラジオに取り上げられる事態もなかったでしょう。経済に偏らず、社会と広く関わり、見逃されがちな事象にも価値を見出し、些細なことに地道に取り組む大切さを再認識しました。



問3 これからの食のあり方について望むこと

第2走者だから見えてくるもの。


「食を通じて地域と共に発展し、喜びと感動を共有する」をモットーとしてきました。
私で10代目となる保田家の家系をさかのぼると、元は材木商で、古文書に先祖が桑名藩に扇子を献上したという記録もあります。桑名は、木曽ヒノキが山から川で運ばれて辿り着く地点で、ここから大坂へ、江戸へと出荷されていったんですね。材木商の他にも、両替商や飛脚もやっていたらしい。5代前に糖粉商に転向して今に至るのですが、この変遷が私には「時代に合わせて何をやってもいいんだよ」と言ってくれているようで、勇気づけられます。昨日までの常識が一夜明けたら非常識というこの時代にいかに対応できるか、私たちは試されているわけで、理念や目的は変えちゃいけないけれど、対応や手段は変えなきゃいけないこともあるでしょう。

自分が置かれた環境と時代を受け入れながら、自分の感覚を信じて深掘りすることが糸口となるのではないか。混沌とした世の中だからこそ自分の価値観を大事にすべきだし、周囲が多様化していくほどに自分は深く掘り下げてやろうと思うんですね。


素材舎が扱うのは食の基本となる食材ばかり。


2014年から古民家を活用した「MuGicafe(むぎカフェ)」を運営。毎週金曜と土曜の夜は「むぎの部活動!」と称してコミュニティ活動を実施。別名「むぎのお宿」として旅行者の宿泊も可、朝食には桑名もち小麦のワッフルが出る。


「MuGicafe(むぎカフェ)」では土日限定で桑名もち小麦食パンとコッペパンを販売。手作りパンの店「のりの」製。

今、取り組んでいるのが「伊賀筑後オレゴン」という小麦品種の復活です。三重県伊賀上野市の試験場が福岡県筑後平野で栽培されていた小麦とアメリカ北西部のオレゴン州の小麦を交配して生み出したと言われる品種で、戦前は農林61号などと並んで人気を博したそうです。80~90代の人たちは若い頃に食べた記憶から「伊賀筑後オレゴンで打ったうどんは旨い!」と言います。味が良い反面、収量が上がらず、幻の小麦になっていたこの品種を地元伊賀で復活させたい。地域と共に育つ麦として広めたくて、ジーンバンク(遺伝子銀行)から種を取り寄せて伊賀市の愛農学園と一緒に試験栽培に取り組み、農家さんには栽培を呼びかけています。

食の未来を考えれば考えるほど、生産者の重要性が語られる。卸問屋という自分の立場に意義はあるのだろうかと悩んだ時期もありました。けれど、卸問屋という第2走者だから見えてくるものはあって、間をつなぐ立場ならではの地元との連携の上に、見過ごされていた価値を提示していけたらと思っています。



保田与志彦(やすだ・よしひこ) 
*トップ画像左。右は、桑名もち小麦の栽培と普及に共に取り組む「今安ライスセンター」の伊藤宏幸さん。
1969年、三重県桑名市生まれ。東海大学工学部航空宇宙学科卒。株式会社デンソー勤務を経て、2000年、家業である食材卸問屋・保田商店に入る。地域に根差した素材に興味を持ち、2008年、桑名もち小麦プロジェクトをスタート。2014年、桑名もち小麦のアンテナショップ「MuGicafe(むぎカフェ)」を運営する株式会社素材舎を設立。2017年には、生産者や販売者と共に任意団体「桑名もち小麦協議会」を設立。2020年、地域活性化の優れた取り組みを全国に発信する農林水産省の「ディスカバー農山漁村(むら)の宝」に選ばれた。

◎株式会社保田商店
三重県桑名市和泉377-1
☎0594-22-6251

◎MuGicafe(むぎカフェ)
三重県桑名市京町42
11:00~17:00(16:30LO)、金・土11:00~22:00(21:30LO)
火曜休
☎070-5335-9871
http://mugicafe.jp/





大地からの声

新型コロナウイルスが教えようとしていること。

「食はつながり」。新型コロナウイルスの感染拡大は、改めて食の循環の大切さを浮き彫りにしています。

作り手-使い手-食べ手のつながりが制限されたり、分断されると、すべての立場の営みが苦境に立たされてしまう。
食材は生きもの。使い手、食べ手へと届かなければ、その生命は生かされない。
料理とは生きる術。その技が食材を生かし、食べ手の心を潤すことを痛感する日々です。
これまで以上に、私たちは、食を「生命の循環」として捉えるようになったと言えるでしょう。

と同時に、「生命の循環の源」である生産現場と生産者という存在の重要性が増しています。
4月1日、国連食糧農業機関(FAO)、世界保健機関(WHO)、関連機関の世界貿易機関(WTO)、3機関のトップが連名で共同声明を出し、「食料品の入手可能性への懸念から輸出制限のうねりが起きて国際市場で食料品不足が起きかねない」との警告を発しました。
というのも、世界有数の穀物生産国であるインドやロシアが「国内の備蓄を増やすため」、小麦や米などの輸出量を制限すると発表したからです。
自給率の低い日本にとっては憂慮すべき事態が予測されます。
それにもまして懸念されるのが途上国。世界80か国で食料援助を行なう国連世界食糧計画(WFP)は「食料の生産国が輸出制限を行えば、輸入に頼る国々に重大な影響を及ぼす」と生産国に輸出制限を行わないよう強く求めています。

第二次世界大戦後に進行した人為的・工業的な食の生産は、食材や食品を生命として捉えにくくしていたように思います。
人間中心の生産活動に対する反省から、地球全体の様々な生命体の営みを持続可能にする生産活動へと眼差しを転じていた矢先、新型コロナウイルスが「自然界の生命活動に所詮人間は適わない」と思い知らせている、そんな気がしてなりません。
これから先、私たちはどんな「生命の輪」を、「食のつながり」を築いていくべきなのか?
一人ひとりが、自分自身の頭で考えていくために、「生命の循環の源」に立つ生産者の方々の、いま現在の思いに耳を傾けたいと思います。

<3つの質問を投げかけています>
問1 現在のお仕事の状況
問2 新型コロナウイルスによって気付かされたこと、考えたこと
問3 これからの私たちの食生活、農林水産業、食材の生産活動に望むことや目指すこと

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