パタゴニア プロビジョンズの自然酒「やまもり」が指し示す、これからの米作り・酒造り
2025.12.11
text by Sawako Kimijima / photographs by Taro Terasawa
パタゴニア プロビジョンズがオリジナルの日本酒、「仁井田本家」醸造の「やまもり」と「寺田本家」醸造の「繁土(ハンド)」の販売を開始したのは2022年。以来、自然派を代表する2蔵とのタッグが注目を集めてきました。
「やまもり」がこの度、日本初のリジェネラティブ・オーガニック認証(文末注参照)を取得。ナチュラルワインの浸透と共に、日本酒も自然な造りへと向かう今、「やまもり」の認証取得は、日本ひいては世界の米作り・酒造りへの大きな示唆となりそうです。
目次
- ■なぜ、パタゴニアは田んぼと向き合うのか?
- ■里山の風景に潜む水田の多様な機能と生物多様性
- ■ネイチャーポジティブの視点で水田を捉えよう
- ■働く人も、サプライチェーンも。関わるすべての権利を守る
- ■ナチュラルワイン好きの心も捉える味わい
なぜ、パタゴニアは田んぼと向き合うのか?
「寺田本家や仁井田本家のように、原材料の栽培から手掛けて発酵・醸造を営む人たちは、その土地の植物相、動物相、気候風土をトータルで把握しています。土地の生態系を最も理解している人たちと言えるでしょう。彼らとの協働作業が、日本におけるリジェネラティブ・オーガニック農業の目指すべき方向性を示してくれると感じています」
2024年3月、「やまもり」や「繁土」に続けて発売された「オーガニック味噌」を取り上げた料理通信の記事内で、パタゴニア プロビジョンズ・ディレクター 近藤勝宏さんはこのように語っていた。
ミッション・ステートメント「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」を実現する手段として、パタゴニアはリジェネラティブ・オーガニックを推進している。「新しいジャケットは5年か10年に一度しか買わない人も、一日三度の食事をする。我々が本気で地球を守りたいのなら、それを始めるのは食べ物だ」(パタゴニア創業者イヴォン・シュイナード)との考えから、とりわけ食に力を入れている。
リジェネラティブ・オーガニックを日本で推し進めるにあたって、農薬や化学肥料を使わずに米を育て、湧き水や木桶、蔵に棲み付く微生物の力で酒造りを行なう寺田本家や仁井田本家をパートナーに選んだことが何よりも、近藤さんたちが思い描くヴィジョンや世界観を映し出す。
すなわち、日本の食文化の根幹に働きかけよう、との意図である。
日本の耕作面積の半分以上が水田だ。約3000年前に大陸から水田稲作が伝来して以来、日本人の食と農の基盤は水田の上に築かれてきた。水田にフォーカスすることは、日本の自然や市場へのインパクトに直結する。日本においては水田に働きかけてこそ、ミッションの実践となる。
パタゴニア日本支社のメンバーが水田と向き合い始めたのは2020年。すぐに根本的な課題に直面した。
「リジェネラティブ・オーガニックは欧米の畑文化圏で立ち上がった背景から、畑地を前提に構築されています。しかし、畑地と水田では、水資源をはじめとする農地管理のあり方が根源的に異なる。畑地における考え方をそのまま水田に当てはめてよいのか、と」
そう語るのは、パタゴニア インパクト部 リジェネラティブ・オーガニック リサーチ担当 木村純平さん。リジェネラティブ・オーガニックを指針として、農地管理や農法、農業の国内における検証と推進を担う、プロジェクトの中核メンバーだ。彼は次のような点も指摘する。
「水田は、二酸化炭素よりも温室効果の高いメタンガスの発生源として語られます。でも、それだけで水田の価値を判断してよいのか? その点ばかりがクローズアップされて、水田の本質を見失ってはいまいか?」
木村さんたちは、農業者・生産者・研究者と連携して、日本の気候風土に適したリジェネラティブ・オーガニック水田稲作のあり方の探究を始めたのだった。
里山の風景に潜む水田の多様な機能と生物多様性
2021年、パタゴニアと仁井田本家は、リジェネラティブ・オーガニック認証取得に向けた協同をスタートした。
仁井田本家は1711年創業、300年以上続く酒蔵だ。現当主の仁井田穏彦(やすひこ)さん・真樹さん夫妻は18代目。福島県郡山市の中山間地域に6haの自社田と50haの山を持ち、森林と田んぼの連なるランドスケープが蔵の周囲に広がる。
契約農家と共に農薬や化学肥料を使わない米の栽培に取り組み始めたのが1965年。「日本の田んぼを守る酒蔵になる」をモットーに、2009年には農業法人「仁井田本家あぐり」を設立して、自分たちでも農薬・化学肥料不使用の米作りを実践している。
小高い山や森に囲まれて田んぼが広がり、水路が巡り、雑木林や屋敷が点在する里山の風景にこそ、日本の伝統的な水田稲作の特質があると木村さんは指摘する。
「日本の水田は、山の水が集まる谷合いや川が氾濫してできた湿地など、地形や自然環境を巧みに利用して形作られてきました。山や川、林や森を水源として、さらに土水路やため池といった多様な水域ネットワークの上に成立している。畑地が比較的独立して機能し得るのに対して、周辺環境と一体的な水田システムがあるんですね。しかも、豪雨や台風があれば一時的に水を抱え込む田んぼダムになる。自然災害に対してレジリエントな機能を発揮するなど、国土保全の役割も担っています」
加えて、木村さんが強調するのが、田んぼをめぐる生物多様性だ。
「稲藁、籾殻、酒粕などで堆肥を作って戻す循環型の土づくりに挑む仁井田本家の田んぼには、カルガモ、コサギ、アオサギなどの水鳥、彼らが餌とするドジョウやカエル、そしてトンボ、ハチ、アブなどの昆虫など、多種多様な生き物が集まってきます。水田とその周りの水路やため池といった水域、畦畔や森林などの陸域、両方が複雑に入り組んでいるためですね。場の多様性が、種の多様性を育んでいるのです」
ネイチャーポジティブの視点で水田を捉えよう
水田生態系とも呼びたくなるような田んぼをめぐる様相は、最近よく目にする「ネイチャーポジティブ」という言葉を思い起こさせる。ネイチャーポジティブとは、生物多様性の損失を止め、自然生態系を回復させることを目指す国際的な目標。気候変動対策として先行するカーボンニュートラルの弊害――メガソーラーによる自然破壊など――も指摘される中、気候変動と生物多様性の両方を統合的に対処する考え方として注目を集めている。ネイチャーポジティブを満たしていけば自ずとカーボンニュートラルも回復に向かうというのが、最近の国際社会のコンセンサスだ。
「水田が育む生物多様性は、他の産業で代替することはむずかしい。温室効果ガスの削減は重要ですが、絶滅すれば二度と戻ってくることのない生き物が生きられる環境を守ることが先決」と木村さん。ネイチャーポジティブの視点で水田を捉える大切さを訴える。
働く人も、サプライチェーンも。関わるすべての権利を守る
仁井田夫妻は、リジェネラティブ・オーガニック認証について、「その取得のために大きく変えたところはないけれど」と前置きした上で次のように語ってくれた。
「田んぼが基準をクリアしていればいいわけではないのがリジェネラティブ・オーガニック認証。3つの柱『土壌の健康』『動物福祉』『社会的公平性』に従って総合的に持続可能性に取り組まなければなりません。チェックポイントは多岐に渡る。取得を目指したことは、会社のあり方を見直す契機となりました」。
特に意識するようになったのが、森の管理と蔵人たちの労務環境や待遇だそうだ。
森の管理に関して言えば、かつて森の木は暮らしや酒づくりに組み込まれていたが、現代に入ると、エネルギーは薪でなくなり、木桶はタンクに取って代わられて、木の活用が失われていった。それを今また森の木で木桶を作り、植林もして、伝統的なやり方に戻している。「森の管理は田んぼの水源を守ることだから」。ちなみに「やまもり」という名前の由来は「山を守って、水を守る」。加えて「生きものが山盛り」「楽しみも山盛り」といった意味も込めたという。
そして、以前にもまして、蔵人の声を聞き、彼らが働きやすいように労働環境や勤務体系を整えると同時に、給与もリビングウェイジ(生活賃金)を基準にと心を砕く。
ちなみに「社会的公平性」が求められるのは、生産から販売までサプライチェーン全体。パタゴニア日本支社と仁井田本家あぐりの関係性においても適用される。ブランドオーナーと生産者の関係が搾取構造にならないように制度として組み込まれているからだ。これも、リジェネラティブ・オーガニック認証の先進性と言えるだろう。
ナチュラルワイン好きの心も捉える味わい
「『やまもり』が生み落とされた背景を知ると、日本の里山のありようが自ずと目に浮かんできます」――そう語るのは、東京・三軒茶屋「uguis(ウグイス)」と西荻窪「organ(オルガン)」を営む紺野真さんである。ナチュラルワインが「自然派ワイン」「ビオワイン」と呼ばれていた頃から、魅力を伝え、楽しみ方のすそ野を広げてきた人物。紺野さんのワイン愛の根底には造り手の生き方や取り巻く自然環境への共鳴がある。日本の自然酒に注ぐ眼差しも同様だ。「田んぼを主役に川や水路が流れ、それらに囲まれて生活を営むのが日本の伝統的な自然のあり方ですが、『やまもり』を通して、日本人が里山で自然と共存してきたことを感じられるのがいいですね」。
紺野さんは「やまもり」の味わいを「精米歩合85%とは思えないクリアさ。雑味がなくて、やわらかい。アルコール度数を感じさせない飲みやすさ」と表現する。せっかくなので、「やまもり」に合うつまみをご紹介いただいた。
「ワインのような果実のニュアンス、ジューシーさがあって、冷やすとフルーティさが際立つので、冷たくして季節のフルーツを使ったつまみを合わせるとよいと思います。酒質がやわらかく、旨味がしっかりしているから、常温やぬる燗にしてもおいしい。まろやかさが増して、米由来の味わいをより感じられる。こちらには春巻などいかがでしょうか」
300年続く酒蔵を守る仁井田夫妻は、「米と水を醸してできるのが日本酒。健全な田んぼで実る良質な米と豊かな山から湧き出る清らかな水があればいい。ということは、田んぼと山が元気であり続けたら、300年先も酒を造れるのではと思うのです」と言う。紺野さんがナチュラルワインや自然酒を愛する理由も同じ。自然環境が健全であればこそ、造り手の精魂込めた酒は飲み手の心や体を満たすと考えるからだろう。
そんなことを思いながら「やまもり」を味わうと、一滴一滴に溶け込んだ自然の営みの尊さが、いっそう身体に染み入ってくるような気がする。
「リジェネラティブ・オーガニック」とは
リジェネラティブ・オーガニック認証は「土壌の健康」「動物福祉」「社会的公平性」の3つの柱で構成され、既存の有機認証を基盤とする世界最高水準の全体論的な認証。気候危機や土壌劣化、生物多様性の喪失、工場型畜産、地域経済の分断などに対応するために2017年に制定された。この認証に基づく農業を「リジェネラティブ・オーガニック農業」と呼び、農場の立地や気候、文化的背景を踏まえたシステムアプローチで、土壌や農場全体の生態系の再生に焦点を当てた実践の集合体を指す。真に「リジェネラティブ」であるためには、農業システム内のすべての要素――土壌の微生物群から動物、労働者に至るまで――を考慮する必要があると考える。農地での具体的な取り組みは「リジェネラティブ・オーガニック農法」と呼ぶ。(以上、リジェネラティブ・オーガニック認証に基づく)
[お知らせ]
2025年12月、2026年1月・2月には、トークセッションや、「organ」紺野真シェフによるコース料理とやまもりをはじめとした自然酒を合わせたペアリングコースなど、リジェネラティブ・オーガニック自然酒を学び味わう様々なイベントが予定されています。詳細はこちら
https://info.patagonia.jp/category-events/regenerative-organic/
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