DINING OUT UCHIKO with LEXUS
美は日常に宿る。
2017.12.06
photographs by Hide Urabe
10月28~29日、愛媛県の内子で開催された「DINING OUT UCHIKO」。役場関係者から飲食店スタッフまで約80人による「DINING OUT UCHIKO実行委員会」がたちあげられて、町の力を結集した取り組みとなりました。地元和菓子店主やパティシエによる「スイーツ部会」も発足。料理を手掛けた「ラ・シーム」高田裕介シェフと共に新しい内子銘菓を誕生させています。
町の財産を守った人々。
DINING OUT UCHIKOのホスト役を務めたアレックス・カーさんは、以前から何度も内子に足を運んできたと言います。
「昭和40~50年代の高度経済成長期、日本各地で歴史的な建物が次々と壊されていった頃、内子では町並保存運動が起きていました。そして、1982年、漆喰塗籠の建物が多く残る八日市・護国地区が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されたのです。当時としては先駆的でした」
時流に流されることなく自分たちの財産を守ろうとする内子の人々の生き方に、アレックスさんは興味を惹かれたのでした。
町の人々によって守られてきた町並を高く評価しつつ、アレックスさんが併せてほめたたえるのが内子の田園風景です。
「おとぎ話に出てくるような景色が広がっています。日本の理想郷と言えるでしょうね」
桃源郷と呼びたくなる景色と暮らし。
標高280mの山の上でブドウ、柿などを栽培する「おおほど農園」を訪れた時、アレックスさんが言わんとしたことがよくわかりました。
片側は山の斜面、片側は川が流れる谷沿いに車を走らせ、木が生い茂る林を上がっていくと、一気に見晴らしが開けます。辺り一帯の山の連なりを目の当たりにする所に、柿がたわわに実っている……。桃源郷のような光景でした。
「これからひと月ほどかけて収穫していくんですよ」と、5代前からこの場所で暮らしてきたという大程久寿男さんが案内してくれました。
富有、愛宕、大秋をメインとする10品種ほどの柿と、リザマート、ロザリオ・ビアンコ、瀬戸ジャイアンツ、シャインマスカット、ピオーネなどのブドウを栽培しているそうです。
「一気には採らないんです。熟れたらもいで出荷する」
標高が高い分、ゆっくり熟します。だから、収穫にも時間をかける。熟れた房だけ採って、熟れた分ずつ出荷する。人間の都合ではなく、果物の都合に人間が合わせています。
「優れた生産者さんはそうなんですよね」とうなずくのは、DINING OUTの食材調達人であるフードキュレーター宮内隼人さん。DINING OUTの開催に先立ち、内子町から推薦を受けた生産者をさらに吟味して35軒を回ったそうです。わけても大程さんの畑には感銘を受けたと言います。
畑と畑を結ぶ道端に、まるで杖を地面に突き刺したかのような植物が生えていました。「ウバユリです」と大程さん。あぁ、これが……。
ディナーの3皿目、「もち麦、茸、いりこ」。もち麦の手打ちパスタや天然キノコの上に、とろみのついたスープをかけた料理です。とろみはウバユリによるものと説明されていましたが、聞き慣れない名前に、みな「ウバユリって、どんな食材?」。その答えがここにありました。
「根から葛粉のような粉を採るんですよ」と加工法を説明してくれたのは、奥様の大程幸子さんです。
「ウバユリには、オスの木とメスの木があって、オスの木の球根を使います。5月のゴールデンウィーク頃、ホトトギスが『トッテカケタカ』と鳴いたら、土から掘り起こすんです。皮を一枚一枚むいて、水と一緒にミキサーで粉砕。たらいに入れて、粉を沈殿させては水を替えてを何度も繰り返し、白くなったら、天日に干して粉末にします」
昔は、家族が風邪をひいて熱を出すと、ウバユリに砂糖と塩を少量加えて熱湯でかき混ぜ、葛湯ならぬウバユリ湯を作ったそうです。
幸子さんは山の恵みを様々な形で暮らしに生かしています。大豆やシイタケは干してだしに。コンニャクも作れば、豆腐も作る。蕎麦も打つ。蕎麦は食べるだけでなく、殻は枕に、茎は燃やして灰にしてコンニャク作りの凝固剤として使います。
「山から採ってきた枝や葉、根で草木染めもします。すべて上の世代から教えてもらったことです。こういった昔の人が蓄えた知恵や技を途絶えさせることなく、次の世代に伝えていかなければと思いますね」
「とりわけ印象的だったのが、大豆のだしでしたね」と「ラ・シーム」の高田裕介シェフ。内子の食材とそれらが地元ではどんな食べ方をされているのかを訪ね歩いた中での感想をそう語ります。
「祝いの席の〆に必ず食べるという“たらいうどん”を食べて、だしの旨味に驚いた。大豆と干しシイタケとイリコで取っていると聞いて、内子の景色が見えるようだと思いました」
幸子さん、「朝起きて、窓からの景色を見る度に、なんていい眺めなんだろうって思うんですよ」と言います。
町を語るのに、この言葉を超えるものはないと思うのです。住む人を飽きさせない自然の造形もさることながら、そこにあるものに日々感動し続ける感性も素敵です。
ふと見ると、柿畑の横に薪が積んである……。聞けば、この薪でお風呂を沸かすのだそうです。ちなみに生活水は独自に汲み上げている天然水。暮らしのすべてが取り巻く自然で形作られている……。
アレックスさんが「おとぎ話に出てくるような」と言ったのは、景色のことだけではなかったんだな、と思うのです。
小さな存在が力を合わせて大きく花開く。
小さきものへの愛に溢れた料理でした。
カブの上にのったラッキョウの花の味わいの鮮烈さ。焼きミカンのソースの甘やかさ。ミョウガの酢漬けの爽快感……。味わいも存在感も控えめな野のもの、山のものに、丹念に手間と時間をかけることで味を積み上げ、深みを出し、洗練度を高めていった。「ラ・シーム」高田裕介シェフによるDINING OUT UCHIKOのディナーで提供されたのは、そんな料理でした。
料理人の技術は、フォワグラやキャビア以上に、こんな地味な食材でこそ発揮されるのだということを実感させる料理でした。
1品目の料理の立役者となったのが、ユズやカボスに似た香酸柑橘のじゃばらです。
実のところ、じゃばらは内子の伝統的な食材ではありません。役場の職員として新たな栽培品目の開拓を担っていた田中秀幸さんが、その存在を知って手掛け始めたのが約10年前。
「大きな産業を持たない内子にとって、農業は重要です。農業で食べていかなければならないとも言える。けれど、山がちで平地が少ない。何を栽培すべきか、絶えず探し続けていました」
時代が変わり、生活が変われば、必要とされる食材も変わる。時代を読んで作物を選ばなければならないという側面もあります。
そんな中で出会ったのがじゃばらでした。じゃばらは元々、和歌山県北山村が原産地とされています。田中さんは北山村まで出向いて行き、教えを乞うて、さらに自分で育てる中で可能性を見出していったと言います。
「自分が百姓にならないとだめだなと思って、役場を辞めて、畑に専念するようになりました」
じゃばらは花粉症に効くと聞いて、自分で毎日飲んでみた。「そしたら、なんと花粉症が治ったんですよ(笑)」
料理に良く、ドリンクに良く、健康にも良い。最近では認知症に対する効果も指摘されています。
「大玉なので使い応えがある。ユズのように棘がないから、収穫がしやすいというメリットもある。じゃばらはかなり有望ですよ」と田中さん。周囲の農家にもじゃばら栽培を勧め、今では30軒ほどが取り組んでいるそうです。
一方、デザートに使われたのが、どぶろく。内子はどぶろく特区の認定を受けています。
「内子に来て飲んでいただく、おもてなしとしてのどぶろくです。内子以外に流通させるほどの量は仕込んでいないんですよ」と、「どぶろく工房ちょびっと」でどぶろく造りを手掛ける山本忠志さん。山本さんは、うちこグリーンツーリズム協会の会長さんを務めています。
一回に140リットルずつ、在庫を切らさないように仕込み、火入れはしません。生のおいしさを味わってほしいから。流通させないと割り切ればこその生どぶろくです。
原料は、アレックスさんもその眺めを絶賛する泉谷の棚田でとれた食用米のヒノヒカリと棚田の湧き水。「酒米ではないので、あまり削れないため、精米歩合は76%です」。
甘口の「とんと」、中辛口の「いっぷり」の2種があり、高田シェフのデザートには「いっぷり」が使われました。
レセプションでアレックスさんは、「これまで以上に町の人々が一生懸命取り組んだDINING OUT」と語りました。
「スイーツ部会」が取り組んだ新しい内子銘菓の開発によって出来上がったのは「銀寄栗のエクレア」。
内子銘菓と言えば、すでに創業100年を超える和菓子の老舗「坂見輝月堂」の栗饅頭があります。小ぶりで品良く、生地の焼き加減、餡の味わいも見事。菓子には町の文化が表れると言われますが、内子の文化度の高さを示してあまりあるお菓子と言えるでしょう。その栗饅頭に負けない銘菓作りが目指されました。
素材はやはり栗で。ただし、「銀寄栗」のみを使って(内子産の栗はこれまで特に品種分けされてこなかったそうです。銀寄栗とは歴史ある品種で、果重が大きく、果実は粉質で甘味が多く風味も豊か)、洋菓子に仕立てることで、今の時代の内子スイーツにしよう……。
高度経済成長期、日本各地でスクラップアンドビルドが進み、日本固有の町並が消えていった中で、内子は町並を残すという選択をしました。その時、内子の人々は“自分たちはどう生きていくのか”を決めたのだと言えるでしょう。町の人々が自分たちの手で自分たちの財産を守り育てていく内子気質は、DINING OUT UCHIKOでも徹底して発揮されていたのでした。
提供された料理から
◎ ONESTORY公式サイト
http://www.onestory-media.jp/