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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

生涯現役シリーズ #13

93歳のそば職人。「仕事が健康のもと」

東京・日本橋「利久庵」水谷清之

2022.02.07

生涯現役シリーズ #13 93歳。「仕事が健康のもと」 東京・日本橋「利久庵」水谷清之

text by Kasumi Matsuoka / photographs by Masashi Mitsui

連載:生涯現役シリーズ

世間では定年と言われる年齢をゆうに過ぎても元気に仕事を続けている食のプロたちを、全国に追うシリーズ「生涯現役」。超高齢化社会を豊かに生きるためのヒントを探ります。


水谷清之(みずたに・きよゆき)
御歳93歳 1926年(大正15年)2月20日生まれ
「利久庵」

三重県生まれ。男3人、女2人の5人兄弟の長男。戦火を逃れ家族で上京し、昭和27年に先代の父が「利久庵」を創業。以来、2代目として店を切り盛りする。50年前に、現在の場所に店を移す。現在、4階の自宅で一人暮らし。3代目の一人息子・水谷弘さんを中心に暖簾を守っている。
(写真)帳場に座る水谷清之さん。93歳とは思えないハキハキとした口調が印象的。4階の自宅と店までは、毎日階段で上り下りする。


自宅でぐうたらしてるより、仕事してる方がいい。

私はね、昭和の元号と年が同じなの。終戦の昭和20年で20歳を迎え、昭和27年の27歳の時に、父がこの店を開きました。

生まれは三重。戦火を逃れて東京にやってきて、偶然、この辺りの場所と巡り合ったわけ。それ以来、仕事場も住まいもずっと日本橋。この土地と縁があったんでしょうね。50年前までは近くの2階建ての建物で営業してたんだけど、ありがたいことにお客さんが増えて、今の5階建ての建物に移ったんです。地下1階から地上3階までが店で、4階が私の住まい。今は階ごとに用途を変えていて、地下1階と地上1階は、お一人でもランチに夜にと、気軽に利用してもらえる作り。2階と3階では、和食の職人が作るメニューも出していて、宴会や接待にも使っていただいています。

うちのそばは「更科そば」。そば粉は北海道産の「北そらち」を使っています。コシが強く、心地良いのどごしと食感が持ち味なの。つゆは真昆布と、削りたての鰹節を使用しただしがベース。鰹節は削る前に3年間寝かせています。看板メニューの一つが、女性からの人気が高い「納豆そば」。大粒の納豆に、香り高い鰹節と海苔が乗った、ヘルシーでさらっと食べられるそばです。

看板メニューの「納豆そば」(¥1,050/税込)は、3代目主人の息子が小学生の時に生まれたメニュー。冷たいそばだが、季節を問わず人気。

看板メニューの「納豆そば」(¥1,050/税込)は、3代目主人の息子が小学生の時に生まれたメニュー。冷たいそばだが、季節を問わず人気。


私は創業当初から、先代である父と店を切り盛りしてきました。店を開く前に、神田神保町にあったそば店「地久庵」で1年修業して、そば作りのイロハを覚えました。店を開いてからは、65歳ぐらいまで、ずっと調理場を担当。長年、そばを打ったり料理を作ってきました。これまで本当にお客さんに恵まれて、いろんな人が来てくれましたよ。土地柄、デパートの買物客がよく寄ってくれたんです。昔はデパートと言えば、お金持ちで物に凝った人が訪れる場所で、憧れの場所でね。田舎から出てきて間もない時分は、商業で栄えたこの土地のきらびやかさに面食らったものです。近所の銀行や大企業の方にも、ずいぶんと贔屓にしてもらった。人との接し方を始め、いろいろと勉強させてもらいました。

今は14時半頃から18時ぐらいまで店の帳場に座って、会計をしたりお客さんと話したりしています(15時~17時は営業時間外)。お店に出る時間はだんだんと短くなってきたけど、何とか毎日出ています。自宅でぐうたらしてるより、仕事してる方がいい。若い頃から商売してるから、それが癖になってるんですよ。仕事が健康のもとだと思う。

朝は7時半頃に起きて、お茶を飲んで、テレビを観たりしてゆっくり過ごします。店が営業してる日の昼は、カレーやそばなんかのまかないを食べます。料理は調理場からリフトで、自宅がある4階まで上げてもらえるから助かるの。店が休みの日は、近くで弁当を買って食べたりね。この辺は、食べるものには困りませんね。昼を食べて帳場に降りて、夜になると自宅に上がります。昔は住み込みで15人ぐらいの従業員がいたけど、今は通勤するのが当たり前だから、静かなもんです。

もう店はほとんど息子に明け渡してるけど、やっぱり私も店に出たいんです。長く愛される店として、これからも続いてほしいですね。


毎日続けているもの「そば」

◎利久庵
東京都中央区日本橋室町1-12-16
☎03-3241-4006
月~金曜11:00~15:00(14:45 LO)、17:00~21:00(20:30 LO)、
土曜 11:00~15:30(15:00 LO)
日曜、祝日休
東京メトロ三越前駅より徒歩3分
http://www.rikyu-an.com/

雑誌『料理通信』2019年12月号掲載)
※年齢等は取材時・掲載時点のものです

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