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PEOPLE / 生産者・伴走者

オルタナティブな農業の情報をnoteで発信。

兵庫「Monkey Gardener」宇佐美慶一郎

2022.04.25

text by Sawako Kimijima / photographs by Jun Kozai , Keiichiro Usami

連載:新・大地からの声

【若き生産者の声から食を考える】

宇佐美慶一郎さんはnoteで世界のオルタナティブな農家や農法を紹介している。日本語での情報が乏しくて、洋書を取り寄せたり、ネットで調べては自分の勉強のために訳していたが、「魅力的な内容なので、みんなと共有しようと思い立った」。海外の有機農業の現場で働いた経験から、オルタナティブな農業にこそ未来があると彼の目には映る。「伝統や慣習にとらわれない彼らの考え方や生き方の中に、農業を持続可能にするヒントがあり、何より農業を身近にするヒントがある」


宇佐美慶一郎(うさみ・けいいちろう)
1991年、高知県生まれ。伊野町在住の和太鼓奏者で林業家の大久保日和(ひより)氏に音楽の手ほどきを受けるが、氏の自給自足的な暮らしにインスパイアされて、東京農業大学農学部へ。卒業後、海外の有機農場やエコ・ヴィレッジで経験を積み、帰国。農業関連企業数社に勤務後、兵庫県丹波篠山市のたけし農園を経て、環境に配慮した地域の農業ビジネスを行う「やがて」で農業に携わる。今年2月、土壌医検定2級の資格を取得。5月からは、オーガニックがもっと暮らしに浸透する方法を探るべく新しい環境に飛び込んでいく。2020年2月にnoteで「Monkey Gardener/世界の農家と農法」を立ち上げて情報発信している。


問1.どんな農業を営んでいますか?

マーケットガーデナーを目指しています。

オーストラリア、アイルランド、デンマーク、ドイツ、イタリア、スペイン、フランスの有機農場やエコ・ヴィレッジを巡って働いた経験から、日本の農業は閉じていると感じます。慣行農法や師匠の教えに盲目的に従う、あるいは特定の農法に浸かってしまう傾向がある。足元の気候風土と食文化を無視できないとはいえ、他所の土地でどんな農業が行われているのか、世界でどんな動きが起きているのかを知れば、今抱えている課題解決のヒントだったり、明日の選択肢が増えるのではないか。そう考えて、「Monkey Gardener/世界の農家と農法」を立ち上げました。

最初の投稿は、2020年2月4日の「世界の農家から何を学べるのか?」。そこで触れたのが、近年欧米で増えている「マーケットガーデン」という農業のスタイル、いわゆる小さな農業です。
特徴として「小規模(1,000㎡から10,000㎡)」「オーガニック」「表層耕起もしくは不耕起」「効率的な農場デザイン」「多品種栽培で輪作システム」など、環境保全と生産性の両立が挙げられます。自分らしい生き方を求めて農業を始めたという新規就農者が多いのもマーケットガーデナーの特徴のひとつ。ローコストで始められる点でも、若い就農希望者の参考になるスタイルであることは間違いありません。

2020年2月23日には「5 Great Farmer YOUTUBER」と題して、You Tubeで人気の農家を取り上げました。自分の畑と農法を動画で紹介するマーケットガーデナーは少なくない。体験を共有し合うことで持続可能な小さな農業を世界中に広めようとする意志が強いんです。

※“No-Till不耕起”と同様に、“Low-Till 表面耕起(低耕起)”の考え方がある。トラクターの場合、地表から20~30㎝の深さを耕すのに対して、表面耕起は、ティルサーという農機具などで畑の表面5cmほどのみ耕し、土壌の構造を変化させずに種蒔きや植え付けを行なう。それだけでは土に空気が多く入らないため、ブロードフォークという農器具で土壌に空気を入れていく。

「Monkey Gardener/世界の農家と農法」より。お手本になる世界のファーマーの投稿を紹介した上で、適宜、翻訳を付けている。

大学で農業を学んだ僕は「日本の農業には世界で教えられることがたくさんある」くらいの気持ちで豪州や欧州の農場を回り始めました。しかし、海外へ出て、世界の凄さを痛感した。文化の違いかもしれませんが、マルシェの様子、オーガニックの浸透度合い、人々の環境意識や生活スタイルなど学ぶことばかりでした。

日本の農業者はストイックで時間も生活も仕事に捧げてしまう人が多いように感じます。その点、僕が見てきた海外のファーマーたちは家族との時間を大事にする。自分と家族の時間を大切にしたいから農業をやっていると言っていいくらい。
僕がマーケットガーデンに共感するのは、人に投資する農業でもあるからです。最近話題のスマート農業は人手不足などの社会課題を解決する手段かもしれないけれど、長期的には人間の仕事を奪っていると僕には見える。自分の身体を使って、小規模だけど生産性を考えた農業を営み、環境に負荷をかけないように食料が生産できて、対価が得られて、健全な自然を次世代に残せるのであれば、それこそが持続可能なのではないか?

僕が携わってきた「やがて」は、農業による丹波篠山の活性化をミッションに掲げる社員4人の若くて小さな会社です。理想はもちろんマーケットガーデンの実践ですが、今はまだ近づく努力を重ねている段階ですね。耕作放棄地の再生が優先されるので、地形や地質を鑑みながら、noteで発信しているような事柄を実地にどう落とし込んでいくか、試行錯誤しています。微生物のことを考えて耕起を減らしたり、今年からは緑肥栽培をスタートさせて、麦や米を組み込んだ輪作体系を形作ろうとしているところです。丹波篠山という土地が生態系的に豊かになるように、共生農法やリジェネラティブ農業の考え方をベースとして、どんな生きものも邪魔者にしない、天敵を増やしてバランスを保っていく農業でありたいと思っています。

「やがて」は、丹波篠山名産の黒枝豆を有機で栽培、耕作放棄地で鯉を飼育、獣害対策やコンパニオンプランツ(共存作物)として活躍するハーブの栽培、バラの有機栽培、養蜂などに取り組んでいる。

「やがて」は、丹波篠山名産の黒枝豆を有機で栽培、耕作放棄地で鯉を飼育、獣害対策やコンパニオンプランツ(共存作物)として活躍するハーブの栽培、バラの有機栽培、養蜂などに取り組んでいる。

フレッシュのオーガニック枝豆として出荷する他に、乾燥させて有機の黒豆としても。枝や莢などの残渣は堆肥に。

フレッシュのオーガニック枝豆として出荷する他に、乾燥させて有機の黒豆としても。枝や莢などの残渣は堆肥に。

ホーリーバジルは、黒大豆のコンパニオンプランツであり、養蜂の蜜源であり、ハーブティーの素材でもある。

ホーリーバジルは、黒大豆のコンパニオンプランツであり、養蜂の蜜源であり、ハーブティーの素材でもある。


問2.どんな暮らし方をしていますか?

時間の過ごし方のヴィジョンを持つ。

東京農大の4年生の時、エコ・ヴィレッジの存在を知って興味を持ち、卒論のテーマにしました。就職活動はせずにアルバイトでお金を貯めて、パーマカルチャー発祥の地と言われるオーストラリアで一番大きなエコ・ヴィレッジ「クリスタル・ウォーターズ」へ。その後、欧州へ渡り、アイルランドを拠点として、デンマーク、ドイツ、イタリア、スペイン、フランスのオーガニックファームやエコ・ヴィレッジを回った。そこでインスパイアされたのは、農業を楽しみ、人生を楽しむ彼らの姿勢です。

オーストラリアでは若者が楽しそうに園芸ショップへやってきて、カボチャの苗とかトマトの苗を買っていくんです。日本の園芸ショップって、植木とか観葉植物とか鑑賞目的のインテリア的な植物が多いでしょう?
また、フランスで感じたのは彼らが食事や家族との時間にかけるウェイト。休日は朝から仕込んで夕方まで料理していたりする。家族と遊びながらコトコト煮込み、1日を通して料理を愉しむ。安い・早い・簡単じゃないんですね。食を尊重する気持ち、時間をどう過ごしたいのかというヴィジョンが個人の中にある。いわゆるウェルビーイングが実践されている。
土地も次の世代が使うことが前提で、この土地は借り物であり、自分で終わりじゃないと考える。そういった思想体系があるかどうかで生活の仕方は変わってくるような気がします。

自分が暮らしていく上でも、海外で見てきたファーマーたちの生き方が手本です。
添加物のない食事を心がけたり、コーヒーを自分で焙煎したり、2年前に子供が生まれていっそう家族との過ごし方を大切にするようになりました。休日はできるかぎり自然の中へ足を運ぶようにしています。


問3.これからの食のあり方について思うこと。

農業と人々の暮らしが混ざり合っていくといい。

コーヒーの焙煎にチャレンジするようになって、そこから発想することも少なくありません。
僕は、農産物の売り方のひとつの到達点がスペシャルティコーヒーではないかと捉えています。国際的な基準があってオープンに取り引きされる。産地の地理地形、気候や土壌、農園のディテールを大事にする。流通においても「国/地域/標高/協同組合/ファクトリー/品種/精製方法/香りや味」を必ず明記するから消費者の理解が深まる。ワインもそうですが、バックグラウンドや栽培のデータの公開がなされるから、その違いの面白さが市場を活性化させるし、生産者の層が厚く多様になっていくのだと思います。野菜も有機のマークだけじゃなくて、地形や地質、水源や水質、耕起か不耕起か、肥料は何を使っているか、改良種か固定種かなどのラベリングがあると、購入時の判断材料になり、信頼にも結び付き、おいしいおいしくないだけじゃない評価もなされていくんじゃないかと思うのです。

実は僕たち農家がロースターになるという選択もありかなって考えています、ロースターにはオーガニック志向の人が多いので、店で出るコーヒー滓だけじゃなく、豆を購入したお客さんからも抽出済の滓を回収してコンポストにしたらいいんじゃないかと常々思っていました。ならば、僕たち農家がロースターになって、コーヒー滓を回収してコンポストにして農作に活かすというのはどうだろう? 農家って、農閑期があったり、売り物が通年でない悩みがあるから、その意味でも農家がロースターになるってアイデアは悪くない。コーヒー栽培者たちも自分たちの豆が最終的に農業に活かされると知ったら、きっとうれしいでしょう。

僕たちの農場ではプロに教わりながら養蜂に取り組んできました。スズメバチ被害などの困難もありますが、自然界におけるミツバチの役割を知るほどに、もっと養蜂を取り入れるべきだなって思います。自分たちのミツバチが周辺の植物の媒介者だと思えば、薬を使わなくなるし、そもそもどんな農法で栽培するかを考えるようになる。農業の質が変わってくるのです。
アメリカには子供のためのミツバチキャンプがあって、防護服を着て巣箱やミツバチに触れながらその役割を知る体験ができるんですよ。僕たちの農場でもいつかやってみたい。
そんなふうに農業と人々の暮らしがもっと混ざり合っていくといいなと思っています。

丹波篠山は広葉樹が多く、蜜源に事欠かないが、養蜂の効能は蜜が採れるだけではない。

丹波篠山は広葉樹が多く、蜜源に事欠かないが、養蜂の効能は蜜が採れるだけではない。

生ハチミツの検査機関で131種類の農薬残留検査の結果、全ての農薬成分の検出なしという結果が得られた。

生ハチミツの検査機関で131種類の農薬残留検査の結果、全ての農薬成分の検出なしという結果が得られた。


◎「Monkey Gardener/世界の農家と農法」 
https://note.com/monkeygarden

「Alternative Farmer」「農業のきほん」「経営と幸せの本質」「コーヒー焙煎日記」「Treatment-Free Beekeeping 養蜂」「ハーブとハーブティー」「子育てについて」など7つのマガジンが展開されている。



シリーズ「新・大地からの声」

新型コロナウイルスの感染拡大は、「食のつながり」の大切さを浮き彫りにし、「食とは生命の循環である」ことを強く訴えました。
では、私たちはどんな「生命の輪」を、「食のつながり」を築いていくべきなのか?
一人ひとりが自分自身の頭で考えていくために、「生命の循環の源」に立つ生産者の声に耳を傾けよう。そんな思いで、2020年5月、スタートさせたのが「大地からの声 新型コロナウイルスが教えようとしていること。」です。
自然と対峙する人々の語りは示唆に富み、哲学者の言葉にも通ずる深遠さがありました。

コロナ禍が新たな局面へ転じようとしている今、もう少し幅広く「私たちの食はどうあるべきか?」を共に考えていくシリーズにしたい。そこで「新・大地からの声」としてリニューアルを図り、若き生産者たちの生き方・考え方をフィーチャーしていきます。

<3つの質問を投げかけています>
問1 どんな農林漁業を営んでいますか?
問2 どんな暮らし方をしていますか?
問3 これからの食のあり方について思うこと。

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