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PEOPLE / 生産者・伴走者

都市農業の可能性。東京の農家だからできること。

東京・国立「西野農園」西野耕太

2022.07.21

text by Sawako kimijima / photographs by Masamitsu Yamane

連載:新・大地からの声

【若き生産者の声から食を考える】

西野耕太さんは、東京都国立市谷保(やほ)で300年以上続く農家の13代目(!)。年間30~40種類の野菜を栽培する一方、東京の農家としては希少な米作りも手掛けています。2022年春、西野さんの田んぼを舞台とする「東京お米サロン」が立ち上がりました。田起こしや田植えなどの体験を通して、みんなにもっと農と食について考えてもらおうというプロジェクトです。都心から1時間という立地だからできることがある――西野さんは都市農業の可能性に挑み続けています。


西野耕太(にしの・こうた)
1988年、東京都生まれ。国立市谷保で300年続く農家に生まれ、中高校生の頃から田植えや稲刈りを手伝いながら育つ。農家を継ぐことを前提としながらも、大学は少し寄り道して東海大学海洋学部へ。卒業後、5年ほどJAに勤務。立川市にある東京都農林総合研究センターで1年間学んだ後、2016年に就農。12代目の祖父と共に野菜と米の栽培に勤しむ。


問1 どんな農林漁業を営んでいますか?

300年続く農家の13代目として農地を守っています。

国立と聞くと、一橋大学のあるJR国立駅周辺、市の北側を思い浮かべがちですが、歴史的に古いのはJR南武線を挟んだ南側、甲州街道が通る谷保と呼ばれるエリアです。谷保天満宮は、東日本最古の天満宮とも言われ、関東三大天神(谷保天満宮、湯島天満宮、亀戸天満宮)のひとつ。豪農が多く、甲州街道を使って江戸へ米や野菜を運び、都市生活者の胃袋を支えてきました。西野家もそんな一軒です。

この辺りは良質な黒ボク土で保水性や保肥性が良い土壌が広がり、水にも恵まれています。大昔、多摩川によって形作られた河岸段丘で、「ママ下湧水(したゆうすい)」(ママとは古語で小さな崖の意味)と呼ばれる湧き水が小川となってあちこちを流れている。かつては湧き水を利用してワサビの栽培も行われていたそうです。ちなみに、田んぼに引く水は、ママ下湧水と多摩川の水を混合した府中用水です。

祖父は、稲作、野菜作り、養鶏、養豚、梨の栽培と様々に取り組んできましたが、次第に縮小し、現在、西野家では畑6反と水田4反(うち2反は休耕)を耕しています。
昨年まで米作りを一緒にやっていた祖父から「今年はもうやらない」と言われ、今年からは一人で米作りに取り組むことに。そんな折、フードビジネスプロデューサーの石川史子さんからのお声がかりがあって、調布市のお米屋さん「山田屋本店」の秋沢毬衣(まりえ)さんや「くらしとデザイン舎」の山根正充さんと共に、「東京お米サロン」を立ち上げることになったというわけです。

「東京お米サロン」の舞台となる西野さんの田んぼ。約600㎡ほどの広さ。住宅や駐車場に囲まれ、近くにヤクルト中央研究所がある。

「東京お米サロン」は、調布で100年以上続くお米屋さん「山田屋本店」の秋沢毬衣さん(写真)と「くらしとデザイン舎」山根正充さん(この記事の写真を撮影しているため、本人が写っていません!)が中心となって運営。

「東京で米作りをする30代は西野さんを含めてたった3人なんですよ」と「東京お米サロン」を企画した石川史子さん。

5月22日に入水と田起こし、6月4日に田植えが行われた。


アーバンファーミングという言葉が登場するなど都市農業が注目を集めていますが、東京に関して言えば、お米の栽培は全農地面積に対してわずか3.8%です。東京都の食料自給率は1%以下ですから、東京都民はいかに食料を外部に頼り切っているか、主食の米ほど他所任せにしているかってことなんですね。米を作っても自家用で販売しない農家さんも多いので、データに計上されていない分もあるのですが・・・。

お米を取り巻く状況には課題が多いと感じています。
まず、米価の下落。お米の買い上げ価格が下がっています。米離れに加えて、コロナ禍による外食産業の米需要が激減、米余りに追い打ちをかけた。豊作で質も良いのに米価は下がるという状況が続いているのです。
加えて、農業の担い手の高齢化と後継者不足。谷保でも農地は減る一方で、田んぼや畑が飛び地状態になっています。住まいと農地が一体化しているのはうちだけなんですよ。

もっとみんなに米作りについて知ってほしいし、東京に田んぼがある意味や良さを感じてほしい。「東京お米サロン」の立ち上げはその一心で、メンバーはみなボランティアです。地元のおしぼりメーカー「FSX」が協賛企業についてくださって、イベントの度に総出でお手伝いしてくださっています。

イベントではあえて人力で体感してもらう。田起こしは足で、田植えは手植えで。西野さんが手本を示す。

「どのようにしてお米ができるのか、子供に知ってほしくて」と家族参加も多い。

田植えの後は、田んぼ脇に流れる用水路で足を洗う。水に恵まれた環境であることを実感。


西野さんと協賛企業であるFSXのメンバーが、田植え後の稲の成長の様子をLINEにアップして共有する。参加者の間に“自分たちの田んぼ”という意識が醸成されていく。


問2.どんな暮らし方をしていますか?

パズルのように栽培計画を組み立て、実践する日々です。

朝起きるとまずは畑の水やりと田んぼの水位のチェックです。
田んぼは水管理に尽きると言って過言ではないくらい水位のチェックが肝心で、朝昼夕、1日に3~4回は見て回ります。
うちの田んぼは、水位の調節が原始的な方法なんですね。用水路から田んぼへの引き込み口に当てる板の高さを高くしたり低くしたりして、水量の増減を図る。こまめに確認しては調節しなければいけないんです。

府中用水から西野さんの田んぼへと水が流れ込む引き込み口。いたって素朴な原理。

水田は、その名の通り、水が生命線。こまめにチェックして適切な水位を保つ。

農家を継承する場合、多くは先代が敷いたレールを踏襲するのですが、僕は自力開拓の道を選びました。理由は簡単。市場出荷にあまり面白味を感じなかったから。誰に売るのか、何が売れるのか、手探りではありますが、自分で売り先を開拓して、その上で栽培計画を立てたいと考えた。直売所に納品するほかに、スーパーや飲食店への卸し、マルシェへの出店など地道に販路を広げてきました。立川市の「鉄板焼き千珠」など地元の飲食店には朝採りの野菜を自ら配達しています。今年からは都心のホテルのビュッフェで提供する野菜の話も進んでいます。地場産の野菜を使おうという気運は高く、「東京産の野菜」がクローズアップされるようになったと感じます。

農業というのは、収穫できて初めてお金が得られる仕事です。時給のような時間に対する対価ではなく、成果物に対する対価です。実りが収入を生むように、直売所の売れ行きや取引先のニーズをもとに栽培計画を立てて、“いつ、何を、どの畑で栽培するか”、パズルのように時期と品種を畑にあてはめて作付けしていく。うちの場合、露地栽培オンリーなので、野菜ごとに季節が限られます。作業や生育に遅れが出ると、そのパズルが乱れていく。今年はいろんな仕事が立て込んでいるせいでパズルが乱れ、焦っているところです(笑)

とはいえ、上の子供が2歳、下の子供はまだ生まれて半年。子守りも大切な仕事でおろそかにしたくない。17時半には帰宅するように仕事を切り上げています。

背中の「旬」のマークは西野農園のロゴ。現在はまだ西野耕太さんの一人農園だ。


問3.これからの食のあり方について思うこと。

農業について考えるきっかけになりたい。

原油価格高騰のあおりは農業にも押し寄せています。
田植え機もコンバインも乾燥機もすべて動力はガソリン。化学肥料や農薬にも影響が出ています。ちょうど肥料形態を変えていこうと考えていたところで、今年から米糠を活用した施肥にシフトしていこうと検討しています。
土壌環境と腸内環境は似ていると言われます。様々な微生物が存在して、それらが複雑な微生物生態系をつくり、互いに影響し合いながら活動することで、バランスの取れた環境が維持される。腸内環境を整えるようなイメージで、土壌環境を形作れるといいんじゃないかと思うのです。

田植え機やコンバインなど、年に一時期しか使わない農機具を抱えるのが負担で米作りをしない農家も多い。

一人で作付けから販売まで、種蒔き、栽培管理、収穫、梱包、出荷、事務処理と追われる中で、思いのほか手間と時間を取られるのが袋詰めの作業です。洗浄、選別、乾燥、袋詰めという手順を踏むのですが、飲食店への納品はコンテナでの配送ですし、ホテルはゴミ袋サイズの大きな袋に一括で入れて納品すればいいのに対し、直売所やスーパーなどの小売りは小分けの袋詰めにしなければならない。プラごみという点でも気になります。脱プラを推し進めるには、欧州のマルシェやスーパーのように山に積み上げて計り売りにするなどの方策を取ったほうがいいのかもしれないと考えたりもします。

人間、生きていくのに食べることが基本。その土台に農業があることは間違いのない事実でしょう。一次産業の重要性をもっと認識してほしいと思いますし、農産物を安売りしたくない。豊作で質も良いのに米価は下がるといったことへの問題意識を社会全体で持ってほしい。

「東京お米サロン」には、うちの畑や田んぼがみんなで農業について考えるきっかけになったらとの思いがあります。
ほかにも、立川青年会議所の企画で、立川市・国立市・武蔵村山市在住の小学4・5・6年生がうちの畑で野菜を収穫してメニューを考え、それらを地元の飲食店で提供するという取り組みもあるんですよ。
農地を体験の場として活用することは、都市生活者の近くで農業を営む東京の農家の役割のひとつと思うのです。

「東京お米サロン」の田起こしのイベントに参加した家族連れ。都心から1時間以内の距離でお米の栽培を体験できる意義は大きい。

田起こしのイベントで。「耕運機に乗ってみたい人?」の呼びかけに子供たちから次々と手が挙がった。子供たちの目に西野さんがヒーローに映っているのがわかる。


◎東京お米サロン
2022年5月入水と田起こし、6月田植え、10月に稲刈りなど田んぼでの農作業体験に加えて、7月糠床教室、8月佃煮講座、9月だし文化講座、11月には収穫した米を味わいながらの利き米講座、12月稲穂を使ったしめ縄作りと、稲作文化・米食文化をめぐる講座が予定されている。2023年1月には1年の集大成として東京産の食材で味わう「究極の朝食会」を開催。

2022年8月7日(日)21:00〜「米と佃煮~江戸の食を巡る、味なひと時~」(オンライン開催)
江戸時代から続く佃煮の老舗「鮒佐」の若き6代目・大野真徳さんから、江戸時代と変わらず薪窯で作る「佃煮」について学び、「山田屋本店」から届く2種類のお米と佃煮の相性を体験するイベント。詳細は東京お米サロンのサイトにて。



シリーズ「新・大地からの声」

新型コロナウイルスの感染拡大は、「食のつながり」の大切さを浮き彫りにし、「食とは生命の循環である」ことを強く訴えました。
では、私たちはどんな「生命の輪」を、「食のつながり」を築いていくべきなのか?
一人ひとりが自分自身の頭で考えていくために、「生命の循環の源」に立つ生産者の声に耳を傾けよう。そんな思いで、2020年5月、スタートさせたのが「大地からの声 新型コロナウイルスが教えようとしていること。」です。
自然と対峙する人々の語りは示唆に富み、哲学者の言葉にも通ずる深遠さがありました。

コロナ禍が新たな局面へ転じようとしている今、もう少し幅広く「私たちの食はどうあるべきか?」を共に考えていくシリーズにしたい。そこで「新・大地からの声」としてリニューアルを図り、若き生産者たちの生き方・考え方をフィーチャーしていきます。

<3つの質問を投げかけています>
問1 どんな農林漁業を営んでいますか?
問2 どんな暮らし方をしていますか?
問3 これからの食のあり方について思うこと。

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