DINING OUT ARITA with LEXUS 数日限りの野外レストランバックストーリー
1970.01.01
FEATURE / MOVEMENT
photographs by Hide Urabe
日本各地に息づく自然や伝統文化の魅力を“期間限定の野外レストラン”として提示するプロジェクト、「DINING OUT」。
第7回目が2015年9月12~14日、佐賀県・有田町で開催されました。
会場となったのは、有田焼の窯元を囲むトンバイ塀のある裏通り。
トンバイ塀とは、登り窯を築くために用いた耐火煉瓦(トンバイ)の廃材や使用済みの窯道具、陶片などを赤土で塗り固めた塀のこと。江戸時代、人通りの少ない裏通りに拠点を置いた窯元が、製陶技術の流出を防ぐために、屋敷と仕事場をトンバイ塀で囲んだといいます。
器と料理の究極のマリアージュを目指して
そう、第7回目の「DINING OUT」のテーマは、400年の歴史ある有田焼の地で、器と料理の究極のマリアージュを目指すこと。
「窯元と料理人が感性と技術を結集して、有田の次の100年に繋げるイベントにしたいと考えました」と「DINING OUT」総合プロデューサーの大類知樹氏は語ります。そして、「この人しかいない」と白羽の矢を立てたのが、シンガポールを代表するシェフ、「レストラン・アンドレ」のアンドレ・チャン。
子供の頃から陶芸家に憧れ、自身のレストランで使う器を友人の窯を借りて自ら手掛けているというアンドレシェフ。有田焼の窯元たちと、自身の料理哲学“オクタフィロソフィ(Unique、Pure、Salt、South、Texture、Memory、Terroir、Artisanからなる8つの哲学)”を共有することで、高い次元で料理と器が共鳴し合うマリアージュを実現させました。その10皿誕生までのバックストーリーをお届けします。
アンドレ・チャン8つの哲学(オクタフィロソフィ)と有田焼のマリアージュ
オクタフィロソフィの序章として、清流に陶石や陶片が沈む有田ならではの風景を表現した一皿。有田では「ベンジャラ」と呼ばれる陶片がきらきらと光る川の流れを表現するために、「瑞峯窯」原田耕三郎さんは、土の塊にワイヤーで溝を刻む「板づくり」という技法を用いて薄く削った板に、蔵に眠っていた50年前のデッドストックの器を砕いて貼り付けました。そこに、流れるように盛り付けられた海藻や鮑。調味料は使わず海の塩気だけで構成した清らかな一皿です。
「“Unique”は、身近な食材を普段しないような調理法、組み合わせで表現する料理。窯元には『器の外側と内側の雰囲気を極端に変えてください』と頼みました」とアンドレシェフ。「木の枝にのせてサービスすると聞き、磁器でありながら外側は数種類の釉薬を吹き付けて土や苔のような雰囲気を表現しました。反対に内側は金塗で仕上げています」と「徳幸窯」の徳永弘幸さん。冷たいコーンカスタードと温かいコーンクリーム、香ばしい焼きトウモロコシにアーモンドピュレと西洋ワサビを効かせた、甘味と辛味とまろやかさが融合する一皿です。
「“Pure”は、調味料を使わず、また火もほとんど通さずに素材の味わいを引き出す料理。器は『真っ白な紙の上に墨が1点ぽつんと落ちたイメージ』とお願いしました」とアンドレシェフ。「やま平窯」の山本博文さんは、「まず、透過性の高い陶土を使おうと思いました。この陶土は粒子が細かく、白さも際立っていてPureを表現するには他にないと。光沢のある釉薬をかけ、焼成した後にサンドブラストにより光沢を抑えています」。カニ、ウニ、フロマージュブラン、カモミールティーのゼリーにキュウリが瑞々しく香る一皿。
「“Salt”は、塩を使わずに、塩味を感じさせる料理。普段は海の幸だけで構成しますが、海と山の幸に恵まれた有田の地から、ジャガイモと穀類を組み合わせようと思いました」とアンドレシェフ。器は「アンドレシェフから『有田のランドスケープを表現したい』と言われ、棚田の風景や起伏に富んだ岩山など、有田らしい自然の地形をベースとなる皿の上に磁器土を盛り上げて表現しています」と「福珠窯」の福田雅夫さん。柔らかく火入れしたイカの身とジャガイモが見事に融和し、昆布の塩気がそれを引き締めます。
「“South”は、南仏の新鮮な食材、酸味、おおらかさを表現した料理。17年間のフランス滞在中、多くの時を過ごした南仏は私の料理の原点であり、常に創作の根っこにあるもの。同じく器も『有田の400年の伝統を顧みながら、次の400年を考えるものを』とオーダーしました」とアンドレシェフ。これを受けて「吉右エ門窯」の原田吉泰さんは、有田の伝統的な色鍋島の模様を、同じ白の釉薬でマットと艶のある白を描き分けて表現しました。マッシュルームと昆布と干した魚の旨味を抽出したヴィネグレットが全体を繋ぎます。
「“Texture”は、異なる風味や食感のコントラストの重なりから生まれる美味を表現。器も『有田のテクスチャーを』と考えた時、有田焼の原料となる泉山の採石場の風景が思い浮かびました」とアンドレシェフ。蓋をすると、まるで石のように見える器は、「李荘窯」寺内信二さんが排泥の二重鋳込で中空の器を制作。表面に雲母銀と銅雲母の赤絵を付けて、鉄錆のような質感を表現しました。料理は一見、白トリュフのリゾット。しかしクリームも米も白トリュフも使わずに、クリーミーさと芳醇な香りを堪能させます。
「“Memory”は、私にとって思い出深く、初心に帰る料理。南仏時代、修業先のグランドメニューに初めてのった私のレシピで、唯一変わらず作り続けているものです。器は有田焼の原点である『花瓶の形で』とお願いしました」とアンドレシェフ。それを受けて「李荘窯」の寺内信二さんは、機械ロクロと圧力鋳込で花入れの形をした蓋物を制作。表面には有田の伝統的な鍋島の更紗模様を描きました。蓋を開けると、フレッシュなフォワグラをホイップしながら火を入れることで軽さを出し、蒸して茶碗蒸しのように仕上げた一品が現れます。
「“Terroir”は、素朴で男性的、地に根ざした料理。力強い味わいの中に繊細さが隠された佐賀牛のトモサンカクを、脂を落として穀類とポテトを合わせ、脂と甘味のバランスをとります」とアンドレシェフ。そして盛りつけた器に耐火性の蓋をのせ、その上に火をつけた炭とタイムをのせて客席に運ぶという演出がされました。器の蓋を手掛けたのは、有田焼業界で唯一耐火製品を作っている「安楽窯」末村安孝さん。土も釉薬もオリジナルで調合した、有田焼の新たな可能性を感じる作品です。
「メインからデザートへ移る橋渡しとして、仄かな甘さ、酸味を旬の赤い果物で楽しんでいただきます。器も“淡いニュアンス”で」とアンドレシェフ。それを受けて「やま平窯」の山本博文さんは、「蓮の葉を象った生地に光沢のある薄いピンクの釉薬をかけて焼成後、サンドブラストにより光沢を抑えました。蓮の花を模した小さな白い花模様は、屋外の照明に映えるよう、雲母という絵具を使用しています」と語ります。口に入れると消えてなくなるような淡い味わいと、器の佇まいが見事にマッチしています。
「“Artisan”は、生産者や職人への敬意を込めた料理。冷たいアイスクリームに熱い抹茶のフォームを注ぐデザートを、抹茶を飲むように器を両手で包み込んで楽しんでもらいたいと思いました」とアンドレシェフ。今回、唯一の土ものの器を手掛けたのは「徳幸窯」徳永榮二郎さん。「アンドレシェフの希望のダークグリーンを表現するために、石灰石と酸化鉄をベースにした釉薬を用いています。そして耐火度の強い箱に、炭と器を一緒に詰めて焼くことで、箱の中に煙が充満して炭化状態となり、通常のガス焼成に比べ味わい深い風合いの色が生まれます」。有田焼の窯元とアンドレシェフの互いに刺激し合うコラボレーションは、一服の茶で締め括られました。