コーヒー豆のかすを利用したきのこ栽培。「フンギ・エスプレッソ」が目指す循環型農業
2022.10.31
text by Manami Ikeda / photographs by Masakatsu Ikeda
コーヒーを抽出した後のかすを使ったきのこ栽培を起点に、循環型農業を実践する「フンギ・エスプレッソ」。イタリア農業食料林業政策省とトスカーナ州よりスタートアップ企業として賞を取り、イタリア・フィレンツェの農業学校のバックアップを受けながら運営する農業企業だ。その目指すところは環境への負荷を限りなくゼロに近づけながら、再生・再利用を続けるサーキュラー・エコノミー。走り始めたばかりのプロジェクトだが、少しずつ軌道に乗り始めているという現場を訪れた。
(2019年5月に掲出した記事の再掲載です)
廃棄物を資源にすることから「自然に倣う農業」が始まる
「イタリア人はコンサバだから、きのこといえば野生のポルチーニやオーヴォリ(タマゴ茸)が至上で、栽培物を敬遠する人はまだまだ多い」と話す、農学者のアントニオ・ディ・ジョヴァンニ氏。実際、スーパーなどで販売されているマッシュルームはあまり味がなく、旨味の強いポルチーニの方が美味しいと思うのは当然でもある。しかし、ポルチーニやオーヴォリは高価である上、食べ過ぎると肝臓に負担がかかる、とアントニオ氏。コーヒー豆のかすを利用した栽培きのこを有機栽培や手作り食品の青空市に出店しては、その栄養価や手頃な価格、何よりも美味しいことを人々に説明しているのだという。半信半疑の人も一度味を占めると「また買いたい」と連絡してくるのだそうだ。
「きのこ好きが高じた訳でも、きのこの専門家でもない」というアントニオ氏が、きのこ栽培に着目したのは、学生の頃からのテーマであった「自然に倣う農業」のスタートにできるのではないかと考えたからだ。自然、特に森の中ではすべてのものが自力再生する。そのエネルギー循環を農業の中で成立させるにはまず、廃棄されるものを資源に変える必要がある。そこで注目したのが、コーヒー豆のかすをベースにしたきのこ栽培だ。
「イタリアは言わずと知れたエスプレッソコーヒーの国。朝の一杯がなければ一日は始まらないし、人間関係の潤滑油としても不可欠。というわけで、どんな小さな村にも必ずバールがある。そして、全国にある11万軒のバールからは、抽出済みコーヒーのかすが毎年30万トンも出るが、これらは単なる廃棄物として処理されているんだ。日々捨てられるだけの大量のコーヒー豆のかすが、実はきのこが好むミネラルや栄養素をたっぷり含んでいることはイタリアではまだまだ認知されていない。だから、まずはバールを回って、このゴミを再利用する仕組みを説明することから始まった。現在は、賛同してくれた6軒を毎日夕方5時ごろに行って回収している。環境負荷ゼロを目指すわけだから移動手段はもちろん自転車。遠いところでは20キロ離れたところまで行って、合わせて60キロのかすを回収してくるんだ」。
環境負荷をいかに減らしながら美味しいきのこを育てるか
回収したコーヒー豆のかすは、フィレンツェ旧市街のすぐ近く、カッシーネと呼ばれる公園に隣接する農業学校に運び込む。カッシーネは1500年代初頭にトスカーナ大公のメディチ家が整備した農園で、メディチ家の食卓に上る野菜の栽培や家畜を飼育していた。19世紀の終わりにはイタリア統一王であったサヴォイア家の命でその一隅に王立果樹栽培学校が設立され、それが後に、現在の農業学校となった。イタリアで最も古い農業学校の一つであり、校舎は18世紀末に建てられたトスカーナ大公の屋敷を利用している。アントニオ氏がきのこ栽培を行っているのは、この屋敷のかつての厩舎である。
さて、コーヒー豆のかすは、まずふるいにかけてゴミなどを取り除いてから、6時間かけて90度にまで温度を上げて殺菌する。その後、コーヒー豆を焙煎するときに出るシルバースキンと呼ばれる豆の薄皮と干し草、きのこの“タネ”である菌糸体を混ぜ合わせる。これを極小の穴が無数に開いたビニール袋に詰め、暗い部屋に吊るす。およそ25日後、最初は黒に近い茶色だったのが、全体に菌糸が行き渡って白くなり、膨張してカチンカチンに固まってくる。菌糸が水分を吸収するので、重さも最初は1個12キロほどだったのが6.5キロ〜6キロになっている。
きのこの形がうっすらと見え始めていたら、蛍光灯を灯した部屋に移し、袋に切り込みを入れてきのこが生えてくるのを手助けする。この栽培室の温度は15〜20度、湿度は90%、炭酸ガス濃度は1000ppm以下を保つようにしている。
ただし、環境負荷ゼロに近づけるため、加湿器とサーキュレーターは最低限使っても、空調機械はなし。外気温をほぼシャットアウトする石造りの分厚い壁のおかげで秋から春にかけてはきのこ栽培に適した環境が保てるが、さすがに夏は20度を超えるため“休耕”となる。通年栽培をすれば販売機会は増えるが、「フンギ・エスプレッソ」が目指す農業とはずれてくるので、無理はしない。
栽培しているのは、プレウロトゥス系のタモギタケ、ヒラタケ、そしてシイタケ。シイタケは平置きの環境を好むので吊るさずにプラスチック製のカゴを逆さに置いた台の上に栽培地を載せている。プラスチックやビニールは環境への影響を考えるとなるべく避けたいが、生分解性の容器はきのこが好物とするアミノ酸を多量に含んでいるため使えない。燃焼しても環境負荷が少ない素材をなるべく使うことで妥協している状況だ。
きのこの販路確保ときのこ加工食品で付加価値を増す
菌糸が成長した袋に切り込みを入れるときのこはみるみる成長し、7日ほどで収穫することができる。収穫したきのこは火曜、木曜、土曜に営業する農業学校内の直売所で販売するほか、フィレンツェ市内のレストランに卸している。また、消費者が生産者から直接購入するための市民団体GAS(Gruppi d’ Acquisto Solidale*1)との直取引や、定期的に開催される有機栽培・手作り食品の青空マーケットにも出店する。
ただ、きのこは生鮮食品であり、収穫後は1週間から十日ほどしか保存できないので、一定量を乾燥きのこや、味付けきのこチップス、軸を使ったきのこパウダーと行った保存食品に加工している。味付けきのこチップスは、フィレンツェでヴィーガンやヴェジタリアン向けの料理講習会やコンサルタント活動を行なっている料理人*2にレシピ開発をしてもらったもので、ピーナッツバターとヘーゼルナッツで風味づけたスナックだ。
2015年にミラノで開催された万博(テーマは「地球に食料を、生命にエネルギーを」)に「フンギ・エスプレッソ」として出展した折り、日本人が乾燥きのこをそのまま口に入れ味わっているのを見て、スナック食品になる可能性を見いだしたのだという。きのこパウダーは、リゾットやパスタに加えるだけで手軽にきのこの風味が味わえるというのがセールストークだ。これらの保存食品は賞味期間が1年と生のきのこより販売期間が断然長いのはもちろんのこと、コーヒー豆由来のポリフェノールを効率よく摂取できるといった付加価値もあり、売り上げ増に貢献している。
きのこを起点にミミズ、鯉、そして野菜へ。循環する都市型農業モデル
アントニオ氏が目指す持続する再生、再利用のシステム、サーキュラー・エコノミーの観点においては、「コーヒー豆のかすを利用したきのこ栽培」はスタート地点である。次は、きのこを収穫し尽くした後の栽培地を第二ステップに移さねばならない。そこで登場するのがミミズである。使用済み栽培地をコンポストに入れると2、3日後、発酵が始まり、70度くらいまで急激に温度が上がる。30日ほど経過して発酵がおさまったらミミズを投入する。繁殖力の強い小型のミミズなので数はどんどん増え、その分使用済み栽培地の堆肥化も進む。こうしてコンポストに移動させてから約6ヶ月後、キロあたり70ユーロと高額で売却できるミミズ堆肥が完成する。「フンギ・エスプレッソ」では一ヶ月に約100キロのミミズ堆肥を生産しており、これは重要な収入源となっている。
ミミズの使い道はそのほかに、釣りのエサとしても売却しているが、アントニオ氏はアクアポニック(水耕栽培と水産養殖の循環型農法)にも繋げている。水槽で飼育する鯉にミミズをエサとして与え、その鯉が排泄する有機物を含んだ水はフィルターを通ってハイドロボールを敷き詰めた菜園に撒かれる。植物(野菜、ハーブ、花)はその水から養分を吸収し、残った水(およそ9割)は再び鯉の水槽に戻る。こうすることで土と水の消費を極力抑えた農業のサイクルが出来上がる。まだ試験的な段階だが、土の利用ができない場所、特に街中でのアーバン・ファーミングの将来性は十分あると感じている。
2013年に立ち上げ、2016年からは現在の農業学校を拠点に活動する「フンギ・エスプレッソ」の当面の目標は、まずは“身近な農業”の認知を広めることであり、そのためにコーヒー豆を利用したきのこ栽培についてのワークショップを開催し、きのこ栽培キットをオンラインショップで販売している。栽培キットは、すでに菌糸体植え付け済みで後は水を与えるだけで栽培できるタイプと、自分で集めたコーヒー豆のかすにシルバースキンと菌糸体を混ぜ合わせて育てるタイプの二つ。子供にも簡単にできること、園芸の初心者でも手軽に安全なきのこが育てられることから、プレゼントにもよく利用されているという。
アントニオ氏は、きのこや栽培キット、そのほかの産物や活動を通して、食品や農業の背景には何があるのかを常に考え、発見する習慣が広まってほしいと思っている。
「農業を行うということは、自分が生きる土地の庭師になることだと、尊敬する恩師から教えられた。つまり、植物や動物にとって快適な環境を整え、その恩恵に与り、それをまた自然に返すことを繰り返し、未来につなげていくということだと私は思っている。サーキュラー・エコノミーもアーバン・ファーミングも、この考えを根本とし、構築していくべきだと思う」。“特急”と名がついていても、急ぐことなく、着実に歩みを続ける「フンギ・エスプレッソ」の活動に今後も注目していきたい。
◎ Funghi Espresso
トスカーナ州西部カパンノーリのCentro di Ricerca Rifuiti Zero (“ゴミゼロ“研究センター)が始めたコーヒー豆のかすを利用した農業研究を元とし、農学者のアントニオ・ディ・ジョヴァンニ氏が実際の運営活動を行なっている。2014年にイタリアの農業食料林業政策省より「革新的農業スタートアップ」の一つに認定され、2015年のミラノ万博に出展した。「エスプレッソという名は、シンプルにコーヒーつながりで決めた。しかし、実際に活動していると外国人にも通りが良いネーミングで覚えてもらいやすい」とアントニオ氏。
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