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FEATURE / MOVEMENT

原点こそ新しい。ジョージアのクヴェヴリとワイン。

2018.07.19

text by Kaori Shibata /photographs by Kiyoshi Sakatsume, / cooperation by Nonna& Sidhi

ジョージアには、こんな建国神話があるそうだ。ある時、神は、国分けのために世界の民を招集した。ジョージアの民は、神に会えるのが嬉しくて盛大な宴会を催したばかりに謁見に遅れた。神は、最初怒ったが、ジョージアの民の信仰心を理解し、小さいけれど自分のためにとっておいた、お気に入りの土地を与えた。それが今のジョージアだと。
ユーラシア大陸の東西の結び目にあって、カスピ海と黒海の間、壮大なコーカサス山脈が北の寒気を遮る。ワイン最古の醸造方式とされる「クヴェヴリ製法」が今も息づく国として注目されるジョージアを訪ねた。


ジョージアワインの伝統を知らしめた人




ジョージアに発つ1カ月ほど前、ある訃報が届いた。ジョージアの伝統的ワイン製法を守りかつ進化させるため、西側諸国とワイン造りの情報交流を行ってきた「アワ・ワイン」のソリコ・ツァイシュヴィリが病で亡くなったという。その知らせに、「アワ・ワイン」のエチケットを思い浮かべた。数人でテーブルのワインを囲み微笑んでいる素描の様な特長ある絵の中に、ソリコの顔もあった。



「アワ・ワイン」のエチケットには、ソリコと一緒にワインを造る仲間たちの名前と顔が描かれている。真ん中にワインと日本酒の平盃のような酒器。



ジョージアワインの伝統製法は、農から始まる。畑では農薬や化学合成肥料は極力使わず、健全な土壌でブドウを栽培する。畑の中で多様な生物が息づく環境を大切にする。人力でブドウを潰し、土に埋めた粘土製の甕「クヴェヴリ」の中でワインを発酵・熟成させる。醸造においても人為的な介入を極力控え、ブドウが野生酵母で自ら発酵する力とその速度に任せる。
これは、2010年に設立された「クヴェヴリ・ワイン協会」の発起人の一人であったソリコが起案したマニフェストに語られるクヴェヴリ製法のあるべき姿だ。

1991年、ジョージアがソビエト連邦から独立した頃、同国向けの輸出を中心にしていた国営工場は、伝統とかけ離れた大量生産の質の低いワインが中心だった。独立後は西側の大手資本が参入し、ヨーロッパ製法と言われる木樽やステンレスタンクを使用したワイン造りが推進された。全体的な品質は上がったが、それらはグローバルで均質化したワインでもあった。
文芸雑誌の編集者からワイン醸造家へ転身、そして哲学者としての顔も持ち合わせていたソリコは、2001年頃から友人とワインを造り始めた。生活に根付いたワイン文化が失われることに危機感を持った彼らのワインは、2010年「アワ・ワイン」の名でリリースされる。ソリコらが立ち上げた「クヴェヴリ・ワイン協会」は、ジョージア国内で伝統製法を重んじる生産者の結束を強めた。
と同時に、ヨーロッパで一つの潮流となりつつあったナチュラルワインの生産者たちとの交流を活発にした。ジョージアの古式ワイン醸造法は、他国のナチュラルワインの生産者たちにワイン造りを原点から見直すきっかけを与えたのだ。



在りし日のソリコ・ツァイシュヴィリ。ジョージア国内だけでなく海外のナチュラルワイン業界でも彼を尊敬する人は多い。



「クヴェヴリを使ったワイン造りの伝統には、クリエイティヴな力がこもっていて、それは現代のブドウ栽培とワイン醸造が、いま直面している危機を乗り越える力を与えてくれるはずだ」

これも、マニフェストでソリコが伝えた言葉だ。
2013年、クヴェヴリ製法のワインが世界無形遺産に登録されると、ジョージアワインへの世界の注目度は格段に上がった。その陰に、ジョージアの伝統製法を海外に価値あるものとして伝えてきたソリコの密かな貢献があると思う。今回ジョージアで、彼の死を悼む人々の姿に、もう会うことの叶わない彼の存在を感じずにはいられなかった。



訪問したいくつかのワイナリーでは、ソリコの「アワ・ワイン」で献杯した。ワイナリー「アルタヌリ・グィーノ」にて。



「ゼロ・コンプロマイズ」というイベント




ジョージアの新酒祭りは、クヴェヴリの甕開きが行われる5月に開催される。秋に収穫したブドウは、甕の中で約半年間発酵する。白ワインも赤ワイン同様、ブドウの果皮と果汁を接触(スキンコンタクト)させるのが、ジョージアのワイン生産の7割を担う東部、カヘティ地方の伝統だ。クヴェヴリで発酵を終えたワインは、熟成段階に入る前に甕開きを行う。
5月11日に行われたワイン祭り「ゼロ・コンプロマイズ」は、今年、3回目を迎えた。クヴェヴリ伝統製法の小規模生産者が集うイベントと聞いていたが、出展者はジョージア国内の生産者だけではなく、フランス、イタリア、スペインなどのナチュラルワインの生産者を含む70社だった。



ワイナリー「ジャケリ」の夫妻。元々は兄弟でワイナリーを始めたが今は弟が運営。ジョージアではオーガニックワインの先駆け的存在。昨年よりクヴェヴリ製法をリリースした。

フランスのロワール地方の生産者で、ナチュラルワインの巨匠といわれるオリヴィエ・クザンも参加。

イタリアのピエモンテで陶製の甕でワインを醸造する鬼才、ファビオ・ジェア。甕を製造する会社も起業している。

日本酒の生産者としては初参加の寺田本家。海外輸出がこの10年間で増加中。イベント終了を待たず、早々に試飲分が終了した。



ジョージアを契機に再発見されたクヴェヴリ製法は、他国のワイン生産者たちが自国のワイン醸造の歴史を再評価する流れに繋がった。スペインではティハナ、イタリアではアンフォラという土製の甕仕込みにトライする生産者が増えている。また、自国に甕仕込みワインの文化のない国々でも、ジョージアからクヴェヴリを輸入し、甕発酵によって、ワインの新たな可能性を引き出そうとする人々がいる。日本もまた然りだ。彼らにとって、また飲み手にとっても、甕仕込みは古くて新しい。果汁だけでない果房の全体、そして背景にある土壌を映し出す、最も純粋な容器として、クヴェヴリはまだまだ未知な開拓の途上にある。



クヴェヴリで発酵中のサペラヴィ(赤品種)。「何日で発酵を終えるか?」は愚問。「ブドウに聞いてくれ」という答えが大抵返ってくる。

日本でジョージアのクヴェヴリ製法のワインを初めて飲んだ時、馬小屋のような臭気と、その奥に秘められたブドウのパワーを感じた。おいしいとは言えないのに不思議に心惹かれ、整った優等生的ワインでは気づかなかった隠し立てのないブドウの姿を知ったというのだろうか。以降、魅力的な芳香性の、生き生きとした素晴らしいクヴェヴリのワインにも出会い、謎と興味は深まった。今回の「ゼロ・コンプロマイズ」は、クヴェヴリ製法の現在地を知る機会となった。



「ゼロ・コンプロマイズ」の会場となった「ファブリカ」。11時の会場から終始熱気に溢れていた。



クヴェヴリの行方

クヴェヴリが土に埋められているマラニという貯蔵庫の風景は、シュールな感じもあるし、黒酢や焼酎の壺造りを知っている日本人には、親近感ある風景でもある。
その規模や様相は様々だ。マラニを新設したワイナリーでは、気温がより安定する地下にマラニを造り、地表も土が剥き出しにならないような配慮がなされていた。クヴェヴリの開口部は、通常、可食できる専用の粘着材を塗り、ガラスの蓋で密閉される。蓋の中央部の小さな穴だけを必要に応じて開閉して試飲できる構造だ。クヴェヴリの環境をより衛生的、健全に保つ改善が、近年進んでいる。







いろいろなワイナリーのマラニ。納屋のような半屋外の環境から、より閉鎖性を整備したところも。


ワインを造る原風景を感じたのは、家庭的規模のマラニでだ。大抵は、祖父の時代からの畑やクヴェヴリを引き継ぎ、小さなマラニに数カ所、クヴェヴリが埋まる。生産本数は年間で1,000本、2,000本。こうした人々は本業を別に持ち、販売は第一義ではない。
ハンドメイド・ワインは、自分や家族、知人たちとの食卓や宴の場に欠かせない存在だ。ジョージアでは、商標登録してラベルを貼らなければ、自家醸造のワインを知人レベルに販売もできる。こうしたワインの中から、ユニークで付加価値の高いものが、海外のインポーターに見出されて海を渡る場合もある。販売目的でなく造ったものだからこそ持ちうる価値、家庭料理のような優しさと個性あるワインは、ジョージアの宝だ。





ワイナリー「ダサバミ」のブドウ畑とマラニ。ブドウの樹齢は40〜50年の古樹もあり、祖父の時代から受け継いだ。



家庭でのおもてなしもジョージアの文化。シンプルな家庭料理、野菜やハーブたっぷりの味わいが、ハービィでベジタブル香もあるジョージアのワインとよく合う。



ワインの自家醸造文化こそ、ワインの歴史8000年の力を感じさせるリアルだ。ジョージアは、4世紀にはキリスト教が国教となるが、常に他民族の侵攻や支配に苦しめられてきた。イスラム圏の大国や現在のロシアの支配を受けながら、信仰のおそらく一部として、ワイン醸造は粛々と家庭で守られてきた。ワインと食卓、そして歌は密接に結びつき、ジョージア人の誇りを支えてきたのだろう。




「ドレミ」の食卓で聴いたジョージアの伝統的複声合唱「ポリフォニー」。一人が真ん中のパートを唄い、それに合わせて上下のパートを他の人々が唄う。この曲はジョージアの良き日、悪い日、そして永遠を歌ったもの。
食卓の宴の仕切り役が何度も「ガウマルジョス(乾杯)」を促すのもジョージアのおもてなし。「遠くから来てくれた友のために」「我々の祖先のために」など、乾杯の理由が都度添えられる。



クヴェヴリ製法のワインは、対外的にジョージアを象徴する枕詞になりつつありが、実際のところ、クヴェヴリの伝統製法は、国内生産量の1割に過ぎない。国が力を入れるワインの産業化と大量生産に向かない伝統的なクヴェヴリ製法は、二律背反に見える。しかし今後、クヴェヴリが生き残る道は、伝統の象徴としてだけではなく、新しい技術と組み合わせてクヴェヴリの利点を生かすやり方、ヨーロッパ方式と言われる樽やタンク醸造との折衷の中にも見出されていきそうだ。
そして「ゼロ・コンプロマイズ」は、クヴェヴリが様々な知恵で磨かれる、未来のプラットフォームとなるのではないか。国を超えたネットワークが、ある国の文化を守る。そんな文化継承の先進例となるかもしれない。


【訪れたワイナリー】
◎ Pheasant’s Tears(フェザンツ・ティアーズ)

https://www.nonnaandsidhishop.com/pheasants-tears
代表者 JOHN WURDEMAN(ジョン・ワーデマン)
地方KAKHETI(カヘティ)
代表者のジョン・ワーデマンは米国人。ジョージアワインの伝統製法を海外に伝える広告塔的存在。最新のプロジェクトでは、ジョージアの土着品種417種を栽培し、ブドウごとに醸造する実験を行う。

             





◎ ARTANULI GVINO(アルタヌリ・グィーノ)
https://www.facebook.com/artanuligvino/
代表者 KETEVAN BERISHVILI(ケテヴァン ベリシュヴィリ)
地方KAKHETI(カヘティ)
「ブドウにとっては、太陽よりも月の方が大切」と父親ザザからワイン醸造を受け継いだ娘のケテヴァン。月からブドウが零れ落ちるファンタジックなエチケットで、彼女らしいチャーミングな味わい。





◎ LAGAZI(ラガジ)
https://www.nonnaandsidhishop.com/lagazi
代表者 SHOTA LAGAZIDZE(ショータ・ラガジゼ)
地方  KAKHETI(カヘティ)
若手のホープとして注目される造り手。エチケットは、近くで発掘された遺跡に描かれていた絵がモチーフ。エレガントなサぺラヴィ(赤ワイン)が印象的だ。





◎ DASABAMI (ダサバミ)
代表者 Zaza Darsavelidze (ザザ・ダルサベリゼ)
地方 KAKHETI(カヘティ)
ブドウは接木をせず、原木の枝を土に埋めて新たに発根、発芽させる。品種はルカツティリ、ムツヴァネ、ヒフヴィ、タヴクヴェリなど。ブドウ栽培からワイン醸造まで、全て生産者一人で行う。愛息も仕事を手伝う。





◎ Do Re Mi (ド レ ミ)
https://www.nonnaandsidhishop.com/doremi
代表者 Giorgi Tsirgvava(ギョルギ・ツィルヴァヴァ)
地方 KVEMO KARTLI(クヴェモ・カルトリ)
教会で出会った3人が2014年にワイナリー設立。メンバーの1人で修道士、ホマツリゼさんの自宅のマラニを活用。小規模ラボ的でチャレンジ精神旺盛なワイナリー。この地方の土着品種、ゴルリ・ムツヴァネ(白)やチヌリ(白)のワインなど。





◎ Golden Group (ゴールデン・グループ)
代表者 John Okro(ジョン・オクロ)
地方 KAKHETI(カヘティ)
英国で物理学の博士課程を履修したジョン・オクロは、自ら開発したオゾン・ジェネレーターでクヴェヴリ内ワインの極度な酸化を抑える科学者の側面も。今、ジョージアでトレンドのペットナット(ペティアン)の評判もいい。



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