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FEATURE / MOVEMENT

昭和の製麺機と人の手が生む変わらない味。鎌倉「邦栄堂製麺所」を訪ねて

神奈川・鎌倉「邦栄堂製麺所」

2024.07.29

photographs by Daisuke Nakajima
(写真右)財布に優しい値段がまたうれしい。「昔は茹で麺や蒸し麺もやっていたんですよ」と店主の関 康さん。(写真左)2本の麺帯を重ね合わせてローラーにかけて、1本の麺帯にする工程。専門用語で「圧延(あつえん)」と呼ばれる。いわゆる「伸し」。これによってコシが生まれる。※メニュー表の価格は2017年取材当時のものです。

思えば、昔は街中に製麺屋さんがあって、打ちたての麺を買えたものでした。最近、めっきり姿を消してしまったけれど、ところがどっこい、頑張っている製麺所があります。そんなひとつ、鎌倉の「邦栄堂製麺所」を訪ねました。

ラーメン店は増えたのに、製麺所は減ったわけ

ほんの数年前まで、下北沢の「ベアポンド・エスプレッソ」の向かいに、昔ながらの製麺屋さんがあった。奥で作って、手前で販売していた。ベアポンドに行く時はいつも「帰りに麺を買って帰ろう」と心に決めて足を運んだものだ。ところが、気付いたら店がなくなっていた。ベアポンドに行く理由を半分失ったような気分に陥った。NY仕込みの最先端のエスプレッソと昔ながらの製麺屋さんの麺、両方あるからいいのに。

料理家の野村友里さんに「お気に入りの麺は?」と聞いたら、「邦栄堂製麺所かな」という答えが返ってきた。虚を衝かれた気分になった。あの時、無意識のうちに期待していたのはラーメン屋さんとかうどん屋さんの名前だったように思う。でも、野村さんは料理家で自分で作るから、製麺所の名前を挙げた。それがすごく新鮮だった。製麺所かぁ、いいなぁ。
邦栄堂製麺所が気になって気になって、行ってみることにした。

出迎えてくれたのは関 康さん、邦栄堂製麺所の三代目だ。1953年創業だから、もう64年の歴史を刻んでいることになる。「以前は、この界隈だけで4、5軒の製麺所があったんですよ」。それくらい製麺所は身近な存在だったのだろう。今も残るのは、邦栄堂を含めて2軒から3軒だという。

減った理由は「街の中華屋さんが減って、ラーメン専門店が増えたこと」と関さん。専門店は麺を自家製して、製麺所に頼まないケースが多い。「小型の製麺機が普及して自家製しやすくなったのと、国産小麦を使えば、こだわりの麺として打ち出せるから」

街の中華屋さんが再び増えることはないと関さんは見ている。「子供さんが跡を継がないでしょう?」。あまり明るい見通しが持てない一方、邦栄堂では、東京・表参道「シティ ショップ ヌードル」の麺を手掛けるなど新しい取り組みにも挑戦中だ。


日本人の胃袋を支えてきた

仕事を見せていただいた。最新鋭の機器は何ひとつない。1976年に導入された機械をそのまま使い続けている。機織り機を思わせるような、骨組みが露出した、仕組みがひと目でわかるシンプルな構造。ローラーを回転させる歯車の堅牢さから、生地にかかる圧の強さが感じ取れる。「最小限の単純な構造だから壊れることも少ない」と関さん。そもそも「機械の力も借りるけど、人の手によるところが大きい仕事だと思う」。

(写真左)粉は昔から変えていない。日東富士製粉の「富士力士」と「貴公子」を使う。後者は多加水麺用。「特別な粉じゃないですよ」。 (写真右)生地の加水を尋ねたら、「粉25kgに対して、バケツ1杯」との答え。「すみません、計量したことなくて(笑)」。受け継がれる配合なのだ。
(写真左)ローラーの堅牢な歯車。あぁ、これでは人間は敵わない。大きな圧力がかかって、さぞ、強いコシが生まれるんだろうなぁ。 (写真右)醤油ラーメンには中太麺、塩には細麺、冷やし中華には中太麺、味噌は太麺、豚骨は細 麺、つけめんは平太麺。スープに合わせて麺も様々。
(写真左)2つの麺帯を並べてローラーにかけ、幅広の麺帯に。これは餃子の皮。中華麺と皮類のおおまかな違いは「かん水が入るか入らないか」。 (写真右)薄く伸ばした餃子の生地を何枚も重ね合わせて丸く抜く。円筒形の金属製の型抜きでガシッガシッと抜いていく。
(写真左)抜いた後の生地は、細かく切断してから、再びミキシング⇒圧延の工程を経て、水餃子の 皮になる。二番生地ですね。ロスはないです。 (写真右)水餃子用の生地を制作中。水餃子の皮は関さんの代になって登場した新商品だ。「厚く仕上げて、噛み応えがあるようにしています。

最新鋭の機械の場合、ミキシングから麺切まで一体化していて、ひとつのラインで流れていくらしい。でも、邦栄堂では工程ごとに機械が分かれている。関さんいわく「マルチオーディオコンポか、アンプやスピーカーを別々に選んで組み合わせるかの違いって勝手に思ってる(笑)」。別々に機械を動かしていくところに、機械任せにはしないぞという、ささやかな自負があるのだ。

朝6時半に打ち始めて、9時には配達に回る。「ラーメン屋さんは昼がピークだから、それに合わせるんです」。数年前まで年中無休だった。人が休む時、飲食店はかきいれ時になる。関さんたちも休むわけにいかない。

粉も配合も昔から変えていないそうだ。「納める先あっての麺だから、こちらから変えようとは思わない」。相手が今の麺に満足してくれているかぎり、今のままでいい。常時8~9種の麺を作るが、各々の麺の名称がお得意様の店名そのままというあたり、使い手あっての麺という性格を表している。邦栄堂のような製麺所が街のラーメンを支えて、日本人の胃袋を満たして、いつしかラーメンはグローバルフードになった。そんな気がした。

取材中、何人もの人が麺を買いに来ていた。よく利用するという女性は、「お昼に食べるの」。朝打ちたての麺がお昼の食卓にのぼる、なんて幸せなんだろう。製麺所という存在が日々の暮らしに与えてくれるものは少なくない。頑張れ、邦栄堂!



◎邦栄堂製麺所
神奈川県鎌倉市大町5-6-15
☎ 0467-22-0719
11:00 ~ 16:00 月曜・火曜休
JR鎌倉駅より車で10 分
https://houeidou.jp/

2024年7月追記:テイクアウトの焼きそばを販売する邦栄堂製麺のフードトラックがオープン!営業日は土曜日、日曜日。詳しくはInstagram:@houeidou.yakisoba.hantenにて。

(雑誌『料理通信』2017年10月号掲載)

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