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FEATURE / MOVEMENT

変わりゆく静岡茶。ノンアルコールドリンクの達人と訪ねる、新世代。

2024.12.02

変わりゆく静岡茶。ノンアルコールドリンクの達人と訪ねる、新世代。

【PROMOTION】
text by Noriko Horikoshi / photographs by Hide Urabe

長らく全国の茶業界を牽引してきた静岡県で、次世代による日本茶の価値の掘り起こしが始まっています。彼らが挑むのは、伝統を踏まえた静岡茶のイノベーション。国内のお茶離れを食い止め、世界で高まる日本茶への注目を商機とするために生みだされた、最高級茶のボトリングティーや、農家直営の和紅茶カフェ、新機軸を加えたほうじ茶。静岡茶の“今”に迫るべく、東京・調布「Maruta」のソムリエ、外山博之さんとともに訪ねます。

目次






東京・調布「Maruta」ソムリエ、外山博之さん
東京・調布「Maruta」ソムリエ、外山博之さん。代々木上原「Gris」(現「sio」)を経て、2018年「Maruta」へ。2019年より京都「LURRA°」で勤め、2021年より再び「Maruta」に。レストランのソムリエとしていち早くノンアルコールのペアリングをはじめたスペシャリスト。「今は山で自生する植物を採集してドリンクにするのが、一番の楽しみです」

“茶問屋”のプライドをかけた、すべてが規格外のボトリングティー__カネス製茶

茶栽培の歴史は古く鎌倉時代まで遡り、芭蕉の句にも「駿河路や花たちばなも茶のにほひ」と詠まれた“お茶王国”静岡県。現在、県内には複数の河川周辺に点在する8つの代表的な茶産地があり、それぞれの産地特性を生かした茶葉の栽培と製品化が行われている。

この日最初に向かったのは、銘茶どころの川根と牧之原の中間に当たる島田市で、1978年から茶葉の仕入れ・加工・販売を手がける「カネス製茶」。同社で2022年に立ち上げた最高級茶のボトリングティーブランド「IBUKI bottled tea」が今、国内外のガストロノミー界から熱い注目を集めているのだ。

(右から)「IBUKI」「KOUSHUN」、和紅茶の「NIROKU」
(右から)「IBUKI」「KOUSHUN」、和紅茶の「NIROKU」

一見ワインにも見えるボトルティーは、煎茶の「IBUKI」「KOUSHUN」、和紅茶の「NIROKU」の3タイプ。香り、味わい、デザインのみならず、“リキッドタイプ”を名乗る独特のとろりとした質感、ソーテルヌのような金色透明の水色、750ml入りで最高24,000円の価格設定まで、何もかもが規格外のインパクトを放つ。

「カネス製茶」ボトリングティー事業部マネージャー小松元気さん。
「カネス製茶」ボトリングティー事業部マネージャー小松元気さん。カネス製茶は茶農家から荒茶を仕入れ、それを製品に仕上げて販売店に卸していく製茶問屋。

大井川河畔に近い本社工場を訪ねると、ブランド開発の責任者にして、“四代目アトツギ”の肩書をもつ小松元気さんが迎えてくれた。

商品化の動機について、「茶業の本場だからこそ表現できる茶葉の味わい深さを、よりわかりやすく、可視化して伝えられるアウトプットを考えました」と話す小松さん。導き出されたのが、静岡ローカルの品種で茶葉のポテンシャルを最大限に引き出すラグジュアリーなボトルティー像だった。

「特に海外向けの需要を意識する場合、“おいしい”の驚きはもちろん、その先の『どこで?』『誰が?』『どうつくるもの?』の好奇心を喚起させ、プレゼンテーションできる商品でなければ、ブランドの価値を認めてもらえません。メーカーとして、地域として、産地と生産者のストーリーをいかに一貫して伝えることができるか。それが、産地訪問をはじめとするツーリズムの呼び水となり、人の循環を生む地域経済の活性化、ひいては持続可能な仕組みにつながる未来も見えてくる。

この地で60年以上、生産者とコミュニケーションを取りながら茶商を続けてきて、産地のリアルを知っている会社だからこそ、このボトル事業に説得力をもたせることができるのではないか。そう信じて設計しています」

「IBUKI」の茶葉は、自社茶園にて20年以上の歳月をかけ開発された品種「金谷いぶき」を使用。1本1本が針金のようにピンと伸びた形状に注目。この見た目の美しさも高品質の茶葉の証となる。
「IBUKI」の茶葉は、自社茶園にて20年以上の歳月をかけ開発された品種「金谷いぶき」を使用。1本1本が針金のようにピンと伸びた形状に注目。この見た目の美しさも高品質の茶葉の証となる。

ボトリングティーの製造は、昨年新設された専用工場で行われる。原料の茶葉は3タイプそれぞれに使われる「金谷いぶき」(IBUKI)、「香駿」(KOUSHUN)、「いずみ」(NIROKU)の、いずれも静岡育成の3品種がメイン。仕入れ前の荒茶の加工段階から契約茶農家と細かい調整を重ね、自社の製茶師の采配により、機械による仕分け、火入れ、ブレンドを経て美しい茶葉に仕上げる。ボトリングティーという液体型の商品ならではの特徴といえるのが、「フィルタード・コールドブリュー製法」と呼ぶ仕上げ後の抽出方法だ。

「ミクロレベルのフィルターを使って、加熱殺菌ではない濾過による“除菌”を行い、低温で丁寧に抽出する独自の製法です。鮮度のいいお茶の好ましい生のような口当たり、鼻に抜けていく余韻は、非加熱でなければ出せない味わいです。お茶は淹れ手や温度や時間によっても味が変わってしまう変数の多い飲み物なので、繊細な嗜好性をボトリングに落とし込むためのベストな抽出方法を考える必要がありました」

ここで、お待ちかねのテイスティングタイムへ。
ワインのようにスワリングした「IBUKI」のグラスを鼻に近づけ、口に含んだ外山さんは「これは・・・。ワインを合わせてる場合じゃないですね」と破顔一笑。
「フレッシュな桃やバラ科植物の華やかな香り。けれど、日本酒にも負けない旨味の存在感がくっきりとあって。生ハム、牛脂、燻製、チーズ、動物性のものは何でもいける。本当にお茶なのか!?」と驚きを隠さない。

「ワインのように空気と接触させて味や香りを引き出すとまた味わいが異なってくるのも面白い」と外山さん。
「ワインのように空気と接触させて味や香りを引き出すとまた味わいが異なってくるのも面白い」と外山さん。
外山さんには「旨味が強いお茶といえば台湾茶」のイメージがあったというが、「IBUKIの旨味の濃さは想像を超えてきた。しかも、渋味が控えめで上品!」と舌を巻く。
外山さんには「旨味が強いお茶といえば台湾茶」のイメージがあったというが、「IBUKIの旨味の濃さは想像を超えてきた。しかも、渋味が控えめで上品!」と舌を巻く。

続いて「KOUSHUN」。「こちらは熟した桃の香り。ローリエや紫蘇に似た香り、アフターに残る心地よい苦味もあるので、料理だけではなく、クラフトジンのカクテルに使っても面白そう」と、元バーテンダーらしい提案も。
和紅茶「NIROKU」の印象は、「柑橘、ラベンダーがいる!(笑)。これはもう青魚。ポルチーニもいいですね」と明快だ。

「KOUSHUN」は島田市の伊久美地区で栽培された「香駿」という茶葉を、「NIROKU」は原料の茶葉「いずみ」をメインに使用。
「KOUSHUN」は島田市の伊久美地区で栽培された「香駿」という茶葉を、「NIROKU」は原料の茶葉「いずみ」をメインに使用。

特に、「IBUKI」のインパクトは、外山さんに鮮烈な印象をもたらしたようだ。
「旨味をここまでお茶に落とせるものなのか、と。パンチはあるけれど強すぎず、一切のえぐみなしで表現している」と、そのクオリティに舌を巻く。

日本人の生活における日本茶は「あって当たり前の日用品」と捉えられがちな面もある。そんな中で、徹底した“味わう喜び”を極めることで需要を掘り起こそうとする「IBUKI bottled tea」のアプローチは、生産者と飲み手のどちらの目線にも立てる老舗茶商のプロデュース力がいかんなく発揮された例といえるだろう。

「プラントベースの料理に素材として使えそうな味の深みもあって。ノンアルコールの飲み物としての枠組みではなく、液体としての価値を広げてくれそう。もう、可能性しか感じません!」


カネス製茶/IBUKI bottled tea
静岡県島田市牛尾834−1
https://ibuki-tea.com/


飲み手に寄り添う。製茶工場併設カフェ「ニガクナイコウチャ」__グリーンエイト

2軒目は、静岡市清水区の興津川上流にあり、高品質の浅蒸し茶の産地として知られる両河内エリア。市内とは思えないほど緑深い山間をぐんぐん登っていくと、やがて寓話の中に出てきそうなトタン張りのカフェが登場。当地でお茶の栽培から加工、製造販売までを手がける「グリーンエイト」直営のお茶カフェ兼直売所である。

製茶工場併設カフェ「ニガクナイコウチャ」__グリーンエイト
清水駅から車で40分ほど、付近には何もない山間に位置するカフェだが、連日訪日客がある。

「いらっしゃいませ」
エプロン姿でにこやかに迎えてくれたのは、二代目社長でもある北條広樹さん。店頭の目立つ位置に、黄色、赤、ピンク、紫など、カラフルに色分けされたパッケージがずらりと並ぶ。箱の正面には「ニガクナイコウチャ」のロゴが。

「主力商品の和紅茶です。『つゆひかり』や『やぶきた』などの緑茶用茶葉を原料に使い、加工を工夫して渋味の少ないよりマイルドな飲み口に仕上げています」と北條さん。

グリーンエイト代表・北條広樹さん。
グリーンエイト代表・北條広樹さん。

「2015年に脱サラして30歳で実家の茶業を継いだ当時、お茶から離れてしまった若い人、若くないけど飲まなくなった人が、1周回って静岡茶のおいしさに気づいてもらうには、どんなアプローチがいいのかをずっと考えていて。行き着いたのが、外国産紅茶の苦渋やえぐみが苦手な人や、小さな子供でも飲みやすい、“苦くない”一点にフォーカスした和紅茶の商品化でした」

「茶農家の息子として、業界の中で疑問に思ってきたことを一つ一つ問い直し、ここまで辿り着きました」
「茶農家の息子として、業界の中で疑問に思ってきたことを一つ一つ問い直し、ここまで辿り着きました」

まずは飲んで体験してもらうのが一番、と工場の一角にオープンしたカフェは、休日になると国内外のお茶好きや観光客が訪れる大人気スポットだ。21年には静岡県の駅ビル内に直営の紅茶専門店がオープン。24年にも清水区内の商業施設に新店を出すなど、“苦くない和紅茶”のブランド展開は順調に進んでいる。

9種類が揃う定番の和紅茶は、すべて単品種の茶葉が原料。ブレンドが主流の日本茶にあって、あえてシングルオリジン基準の商品展開。紅茶の製造では、荒茶の加工プロセスに発酵の工程が入るが、「ニガクナイコウチャ」のシリーズでは、同じ品種でも発酵時間を変えて味わいにバリエーションをもたせたり、農薬を使用せず栽培した茶葉とそうでない茶葉の特徴を比較できたり、品種の違いとともに、製造法による味わいの変化も楽しめる仕様になっている。

「もともと地元の小さな個人農家8軒が集まり、工場を買い取って起業した会社ですので、茶葉の栽培から製茶、製品化、販売まで、一貫して自社で行います。自由度の高いアレンジで遊べるのも、“自園自製自販”型の茶農家の強みかもしれません」

つゆひかり、やぶきた、べにふうきやおくみどり、かなやみどりなどの茶葉が使われ、同じ品種でも発酵時間などの製茶工程で味に変化が生まれる。「一般的には発酵時間が長いほうが、より甘味が出て茶葉の渋味が消え、クリアな味わいになります」
つゆひかり、やぶきた、べにふうきやおくみどり、かなやみどりなどの茶葉が使われ、同じ品種でも発酵時間などの製茶工程で味に変化が生まれる。「一般的には発酵時間が長いほうが、より甘味が出て茶葉の渋味が消え、クリアな味わいになります」

カフェや売場には、白の「スイート」、赤の「マイルド」、深緑の「ビター」といったように、水色と風味の濃度が一目でわかるチャートが用意され、味わいの特徴を表す一口コメントが書き込まれている。

「和紅茶は普段あまり飲む機会がなくて」と話す外山さんは、一番人気という“白=スイート”を飲みながら、「コメント通りの甘さ、えぐみのなさ、飲みやすさです。これほど細分化された情報を提示しつつ、買い手の好みや探す楽しみに寄り添っているところが本当にいい」と頷く。「お茶は嗜好品なのに、質の高いお茶となると、所作や知識から入るイメージがあって、一般の人には入りにくいと思われてしまうのがもったいないところ。これだけハードルが低いと、『ゴールは楽しんでもらうこと』という意向が、飲み手に真っ直ぐ伝わります」

「テイステイングを続けると、”お茶酔い”することがあるのですが、ここの紅茶ではそれがないですね」
「テイステイングを続けると、”お茶酔い”することがあるのですが、ここの紅茶ではそれがないですね」
つゆひかりのスイート、静7132のマイルド、やぶきたのビター、基本となる3種類
つゆひかりのスイート、静7132のマイルド、やぶきたのビター、基本となる3種類をテイステイング。「発酵時間の増減では、えぐみ、ピリピリ、香りが弱い、胃もたれ(紅茶負け)するなどの欠点が出やすい。常に微調整が必要です」

一方、店の裏に回ると、おしゃれなカフェとは対照的な製造業の世界が広がっていた。隣接する工場には1トンサイズの巨大な生葉コンテナや大型の蒸機、揉捻機、乾燥機、選別機などの機械がラインに沿って並び、壮観。4月から7月にかけてのシーズン本番中でも、北條さん自身を含め、たった2人で製造にあたっていると聞いて驚く。「紅茶は緑茶に比べて国内の製造方法がマニュアル化されていません。その分、経験値と製茶機械設備、工程いかんでクオリティが全く違います」と北條さん。

「この製造規模だから可能な再現性、オーソドックス製法を体現できるよさがある。最終的には“もっとお茶を飲んで”という提案なので、製茶の部分で手を抜かずに茶葉の実力のクオリティに仕上げること。それが、“苦くない和紅茶”の基本線だとも考えています」

看板の和紅茶の収穫・製茶のハイライトは入梅の頃。高温多湿の環境が安定して続く2〜3週間で年間生産量分を製造する。
「その時期になると工場の外に紅茶の香りが流れてきて、カフェの中もいい香りでいっぱいになります。芳香に包まれてゆっくり和紅茶を味わう時間が、また格別。作り手としても一番幸せを感じる季節ですね」

アイスティーに使用する氷は同じ茶を凍らせて、冷やしても味が薄まらないよう配慮。農家直営ならではの細やかな気配り。オリジナルスイーツも展開。
アイスティーに使用する氷は同じ茶を凍らせて、冷やしても味が薄まらないよう配慮。農家直営ならではの細やかな気配り。オリジナルスイーツも展開。

グリーンエイト カフェ
静岡県静岡市清水区和田島349−4
☎054-395-2203
Instagram:@green8cafe_official


普段着の「ほうじ茶」を、一級品に進化させる。__富士のほうじ茶

日本の食卓で愛され、どちらかというと普段着のお茶のイメージが強い「ほうじ茶」が、近年人気上昇中という。そんな上昇気流をチャンスと見定め、静岡県でもワンランク上のほうじ茶を世界ブランドに育てるべく、新しい事業活動に打ち込む生産者グループが現れた。富士山の裾野、富士市内で自園・自製・自販の茶業を営む「山田製茶」の山田典彦さんを代表とする、4名の茶農家のメンバーだ。

富士のほうじ茶ブランド「凛茶」で使う一番茶の収穫時期は4~5月。その後、二番茶、三番茶と収穫され、最後の9月下旬から10月中旬にかけてはサプリメントやペットボトルで使用される秋冬番茶(しゅうとうばんちゃ)の収穫となる。
富士のほうじ茶ブランド「凛茶」で使う一番茶の収穫時期は4~5月。その後、二番茶、三番茶と収穫され、最後の9月下旬から10月中旬にかけてはサプリメントやペットボトルで使用される秋冬番茶(しゅうとうばんちゃ)の収穫となる。
「山田製茶」の山田典彦さん。10年前から、地域の子供たち相手に煎茶の淹れ方教室を主宰してきた。
「山田製茶」の山田典彦さん。10年前から、地域の子供たち相手に煎茶の淹れ方教室を主宰してきた。

直接的なきっかけとなったのは、富士市が令和3年に行った「富士市ほうじ茶宣言」。県内で競争力が高いとはいえない茶産業を新たな切り口から盛り上げるべく、市を上げて「ほうじ茶の香る街づくり」が進められようとしていた。山田さんらメンバーも、メーカーとしてほうじ茶の製造販売に参画。ほうじ茶の常識を覆す一番茶100%使用による「凛茶」を開発し、“富士のほうじ茶”ブランドの普及に向けてリーダーシップを発揮してきた。

高品質の緑茶の生産が主流だった静岡県では、ほうじ茶をブランド化することに反対する声も多くあったという。
高品質の緑茶の生産が主流だった静岡県では、ほうじ茶をブランド化することに反対する声も多くあったという。
「凛茶」に使われるのは、静岡では「みるい」と言われるやわらかな茎の部分(写真は実際に凛茶には使われない秋冬番茶)
「凛茶」に使われるのは、静岡では「みるい」と言われるやわらかな茎の部分(写真は実際に凛茶には使われない秋冬番茶)

一番茶を使うのは、「ほうじ茶の安いイメージを払拭して、“いいものはいい”と説得性をもたせたかった」と話す山田さん。「一番茶を使うことで、香りがよく、甘味のあるリッチな味わいを引き出すことができます」

原料処理の工程にも、一般のほうじ茶にはない特徴がある。「凛茶」の製造では、“棒”とも呼ばれる茎を厳選して使う。茶葉の茎や葉柄に当たる部分で、葉よりも香りが高く、雑味は少なめ、アミノ酸が多く含まれる健康的なメリットも。選別には、メンバーの1社「秋山製茶」の工場にある最新の選別機が使われる。

蒸して乾燥させた後、選別機にかける。
蒸して乾燥させた後、選別機にかける。
「凛茶」に使われるのは、静岡では「みるい」と言われるやわらかな茎の部分(写真は実際に凛茶には使われない秋冬番茶)
茎の部分は全体の2%しかとれない。

「葉が白く発光する色彩選別機にかけて葉と茎をふるい分けます。本来は茎をざっくりと弾くための機械ですが、凛茶用の選別では茎だけを丹念に取り出して集めていく。少量ずつ何回も何回もかけないと“棒”にならない。大変なんです」。そう言いながら、ピンと真っ直ぐに揃った茎を見せる秋山さん。

「秋山製茶」代表の秋山和成さん。山田さんと同じく、凛茶開発に携わった富士市内の若手茶農家たちの組織「茶レンジャーほうじ茶部会」のメンバー。
「秋山製茶」代表の秋山和成さん。山田さんと同じく、凛茶開発に携わった富士市内の若手茶農家たちの組織「茶レンジャーほうじ茶部会」のメンバー。

もう一つの大きな特徴が、焙煎方法だ。富士市内のメーカーが開発した遠赤外線焙煎機を使用し、火入れも冷却も短時間で終えることで、香りを逃さずに煎ることができる。さらに、温度調整によって香りが強く出る“浅煎り”と味にコクが出る“深煎り”に煎り分け、試行錯誤の末、「黄金比」という浅8:深2の配合で合わせる。

富士市内のメーカーが開発した遠赤外線焙煎機を使用する。
富士市内のメーカーが開発した遠赤外線焙煎機を使用する。
水出し用の凛茶では湯に比べて味が出にくいため、葉の部分を増やして中煎りに変えている。
水出し用の凛茶では湯に比べて味が出にくいため、葉の部分を増やして中煎りに変えている。
ブレンドされた後の凛茶の茶葉
ブレンドされた後の凛茶の茶葉

「細やかですね。そして、シンプルにとてもおいしい。手をかけてつくられた茶葉のおいしさが、すっきりと上品で雑味がない味わいに出ています」と、テイスティングの印象を口にする外山さん。その言葉に、山田さんも「生産者がこんなに必死でほうじ茶をつくること自体が珍しいですから」と楽しそうに答える。

「誰もが素直においしい、と思えるきれいな味わいです」
「誰もが素直においしい、と思えるきれいな味わいです」

今年2月にグループ4名で会社を立ち上げ、夏にはフランスのパリで初の海外プロモーションにも挑戦した。テイスティング焙烙体験にもたっぷり時間を取り、現地のシェフやパティシエなど、多くの食のプロから期待以上の手ごたえが得られたという。

レストランでは庭の茶の木から摘んだ葉を手で撚り、自家製の茶葉を薪で焙じたウエルカムティーを出すという外山さんは、「海外ゲストの温かいお茶への関心の高さにいつも驚かされます」と話す。

「即興で柑橘の皮や種を入れたりすると、ざわめきが起こるほど(笑)。ほうじ茶の海外プロモーションも、焙じ方や道具をゲストの目の前でプレゼンテーションする形を取り入れたら、レストラン関係者により関心を持ってもらえるのでは。抹茶は海外でお茶の主流になりすぎているから、きっと新鮮に感じてもらえると思います」。欧米では煎茶以上にファンが多いといわれる「ほうじ茶」だけに、海外進出でもあっと驚くブレイクへの期待が高まる。

プレミアムなボトリングティーと、苦くない和紅茶、洗練のほうじ茶。保守的な商材といわれる日本茶において、いずれも“攻め”の視点から新たな市場開拓に挑む三者は、表現こそ違えど、同じモチベーションを共有している。それは「リーフティー(茶葉で淹れるお茶)をもっと飲んでほしい」というストレートな希求である。ペットボトルに慣れた日本人にとって、お茶を“淹れるひと手間”は心理的なバリアが高い。訪問した作り手たちは「身近な飲み物としてのモデリング」が課題だと口を揃える。

しかし、三軒のお茶を飲み、製造現場を目の当たりにした外山さんは「答えは意外とシンプルなところにあるのでは」と感想を口にする。
「何よりも驚いたのは、現地で飲むお茶の圧倒的なおいしさです。静岡茶のクオリティは知っているつもりで、全然わかっていなかった。たぶん、知っている人のほうが少ないでしょう。皆さん揃って『(地元では)これが普通です』なんておっしゃるけど(笑)」

「凛茶」では出がらしを米とともに炊いて茶飯に仕立てたり、茶葉を乾燥させて消臭剤に使ったり、「二次利用、三次利用の提案を当たり前にされていることにも感銘を受けました」と話す。「可能性のあるものが正しく周知されないと、本当に日本茶というものがなくなってしまう危機感も感じました。口内調味のペアリングのような提案にとどまらず、茶どころで受け継がれてきた暮らしに根付く茶の文化、価値の本質を伝えていくために、自分の立場で何ができるのか。レストランの人間の一人として真剣に考えていきたいです」


日本茶茶茶 / 茶舗焙焙焙(ちゃほ ばいばいばい)
静岡県富士市吉原4-18-16
☎0545-32-7817
Instaram:@rincha_hojicha

茶香房 山田製茶
静岡県富士市中里129
☎0545-34-1612

秋山製茶
静岡県富士市船津505
☎0545-34-0612

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