パオロ・マッソブリオのイタリア20州旨いもの案内
vol.25 カラブリア州の土着品種黒豚ネーロ・ディ・カラブリア
2018.03.26
写真提供:Associazione Nero di Calabria
剛毛の黒毛に垂れ下がった大きな耳、半放牧で育つ土着品種
カラブリアの諺にこういうのがある。
『結婚する者は、せめてその日一日の喜びは得られる。豚を畜殺すれば、その人は一年間の喜びを得られる。(Cu si marita è cuntentu nu jornu, cu ammazza u porceju è cuntentu n'annu ク スィ マリータ エ クンテントゥ ヌ ジョルヌ ク アマッツァ ウ ポルチェーユ エ クンテントゥ ヌアンヌゥ)』
カラブリア人が彼らの方言で伝承してきたこの一風変わった諺は、庶民の食生活における豚肉の重要性を余すところなく表現している。1月も下旬を迎えると、どこの農家でも年に一回、豚を儀式さながらにと畜し、サラミを中心とした保存食にする。太古に宗教儀式として生贄を捧げていた名残がそこにはある。
作業は一日がかり。締めくくりとして手伝いに来てくれた友人らも総出で、脂身、骨、皮など捨てるしかないような部分を集めて「フリットラータ(frittolata)」をする。
まず脂身を6、7時間大鍋で煮て不純物のない脂をとり、軟膏や塗り薬のベースとする。このきれいな脂を掬い取った後に骨と皮を加えてさらに煮込むとチッチョリ(ciccioli)と呼ばれる豚のくず肉がなべ底に残る。これをカラブリアでは「クルクーチ(curcuci)」と呼ぶ。このカロリー満点の味わい豊かな料理を家族も友人も一緒に食べるのが、豚をと畜する日の祝い方。
今回、冒頭にカラブリアのこの伝統に触れたのは、「The Cuisine Press/Web料理通信」の読者のみなさんにカラブリア黒豚協会(l’Associazione Nero di Calabria)による種の保護と有効利用の重要性を理解してもらうためだ。この地方に古くから息づく文化とは切っても切り離せない土着品種のこの豚、ネーロ・ディ・カラブリア(Nero di Calabria)は肉の成分組成から味でも栄養面でも優れた食材だ。
土着品種といったが、剛毛の黒毛に、大きな耳は目の位置近くまで垂れ下がり、ほぼイノシシの直系。より野生に近い環境で、半放牧(与える飼料は全体の30%で、他の餌は豚自体が放牧中に得る)をした方が従来型の肥育方法よりも成長が早いが、飼育者には黒豚500頭当たり100ヘクタールという、広大な飼育面積が要求される。
このため商業的には大量の食肉加工生産に適する北ヨーロッパ産の白豚品種(ラージホワイトやランドレースなど)に押され、これまでこの品種は伝統的な零細農家で飼育され、家庭消費用としてほそぼそと飼われるに留まっていた。ところがその肉の旨さと栄養面では比較にならないくらい美点を持つ豚なのだ。
カラブリア黒豚の肉は、一価不飽和脂肪酸や多価不飽和脂肪酸(ω-3脂肪酸)を多く含む。さらに、脂身にオレイン酸を多く含んでいれば、体に良いだけでなく熟成に適し、肉の長期保存には持ってこいだが、従来型の飼育方法による豚肉ではこれが40%前後であるのに対し、半放放で飼育されるこの黒豚では68%にまで達する。
環境に対する適応性も高く、イオニア海に面した海抜の低い地域でも、アスプロモンテ(Aspromonte)の山々でも肥育できるが、特に後者で飼育されたものは質が高く、生ハムへの加工に適している。言うまでもないが、山岳地域では18カ月~2歳の豚を9月~翌年5月までと畜、加工できるが、気温の高い海岸沿いの地域では冬場だけの加工作業となる。
「カラブリア黒豚協会」は、この土着品種の黒豚を守り、その価値をさらに高めようと規則を作成、それをクリアした優れた肥育農家だけが加盟を許される。一方で、素材のすばらしさを普及すべく、優れた腕をもつサラミ生産者3社を選び共同で商品開発から流通までを行っている。
この協会だが、2011年、カラブリア黒豚の飼育農家がたったの30軒になってしまった時、うち9軒が呼びかけを行い設立、24軒が加盟した。現在、加盟肥育農家数は当時の3倍に増えた。その成果は協会長を務めるフランコ・シモーネ(Franco Simone)の努力と情熱の賜物でもある。彼こそが生産者を集めて協会を設立した張本人で、今日も商品を自らトラックに載せ、イタリア中を販売に奔走する。
以前、彼はオリヴェッティ社の管理職だった。スペイン勤務を終えて退職。故郷に戻ってスペイン産の黒豚にも引けをとらない地元の黒豚を見て一目惚れした。ゴロザリア・ミラノでも常連の出展者で、パンチェッタ、ソップレッサ、カポコッロ、ラルドにサルシッチャそして忘れてはならないカラブリア特産「ンドゥイヤ(nduja)」などのすばらしい豚肉加工品を試食にと、惜しげもなく来場者に振る舞う。
唐辛子の上品なアロマと辛味。カラブリアを代表するサラミ「ンドゥイヤ」
ここで、イタリアの伝統的な食材の中で特に僕が好きなものの一つ「ンドゥイヤ」について少し触れてみたい。カラブリアの代表的なサラミで辛い(そう、カラブリア産のサラミといえば、どんな種類にも唐辛子バージョンがつきもの)。熟成が進んでも軟らかなスプレッドタイプで、そのまま食べて良し、料理の味付けに使っても良しの優れものだ。
腸詰の中身を作るのに70キロの脂身に30キロの赤身肉を混ぜ、そこに30キロもの唐辛子を練りこむ。うち20キロが甘めの唐辛子、10キロが辛味のものと配合も決まっている。
恐れるなかれ! 混ぜ込む脂肪も赤身も選りすぐりの素材なら、唐辛子もその量の割に、口から火を噴くような乱暴な辛さはない。むしろ元気が出るピリっと感に、唐辛子そのものの上品なアロマを感じさせてくれるはずだ。フランコも言う。
「個人的には『ンドゥイヤ』はスクランブル・エッグと合わせるのが好き。でもパスタに使っても悪くない。どちらの料理にも『一人当たり大匙一杯のンドゥイヤにフライパンのための一杯も忘れずに』というのが伝統的な分量だよ」
そして地中海生まれの紳士特有のエレガントで落ち着いた口調でこう付け加えた
「まさにゴロザリア・ミラノの会場でこんなことがあった。カラブリア出身でミラノに住むご婦人が、僕たちのソップレッサを口にして泣き出した。ああ、しまった! 唐辛子を効かせすぎたなと思いながら、「辛すぎましたか?」と恐るおそる訊ねた。すると彼女のおばあちゃんが作っていたのと全く同じ味がするからだと言って感謝までされてね。僕は仕事で賞もらったことが何回かある。けど、あれは自分がもらった最高の賞だったよ」
パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio
イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
http://www.ilgolosario.it
shop data
Associazione Nero di Calabria (カラブリア黒豚協会)
https://www.nerodicalabria.com/index.asp
Contrada Taverna, 87040 Paterno Calabro CS
Tel +39 348 327 8422
『イル・ゴロザリオ』とは?
photograph by Masahiro Goda
イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。
The Cuisine Pressの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べる」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。
この10年間、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、月1回の記事交換をそれぞれのWEBメディア、ilgolosario.itと、TheCuisinePressでスタートすることになりました。
南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。