パオロ・マッソブリオのイタリア20州旨いもの案内
vol.40 プーリア州サボテン生産者
2019.09.30
(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)
メキシコで出合った眩い紫色の液体、その正体は……。
植物学と旅行が何より大好きという少女が、19歳の時にメキシコを目指して旅立った。彼女の名はマルゲリータ・ディヴィッカロ(Margherita Divìccaro)、通称ティッティ。彼女が現地ユカタン半島でカクテルのマルガリータを注文すると、見慣れた白濁したものとは違う、眩い美しさの紫色の液体が運ばれて来て、その色に一目惚れしてしまったという。僕の今回の話はここからスタートしよう。彼女は早速、興味に押されてその紫色の出所をきいてみた。するとこんな答えが返ってきた。
「ティッティちゃんよ、ここはサボテン・パラダイスってぇ土地柄だぜ」
バールマンの答えが、彼女のその後の人生を暗示することになろうとは未だ知る由もないのだが、1月のメキシコを車で走る彼女に道路脇に生えていたサボテン(その種類は100種類にも及ぶそうだ)は話しかけてきた。その後も旅先のインドやそのお隣のパキスタンで、マルゲリータとサボテンの対話は続いた。この両方の国で、サボテンは薬としても食料としてもとても大切な存在だった。
そして2度目の旅行の目的地、太陽と海が溶け合う魔法の大地サレント(Salento)が彼女に転機をもたらす。メキシコを訪れてから数年の後、マルゲリータは列車でプーリア州に向かった。
車中泊で寝つけないまま翌朝を迎えると、列車の窓から海岸線を覆うサボテン、それもシチリアなどで見慣れた食用のフィーコ・ディンディア種(fico d'India)とは違った種類のサボテンが目に入った。地元の人にそれがどの品種なのか、そして特にその用途を尋ねると、イタリアではメキシコやインドなど海外の実情とは大きく違い、オプンツィア(ラテン語でopuntiaと書いてオプンツィアと呼ぶ)は如何なる利用もされていないと知った。それどころか繁殖力が強い邪魔な存在で、毒性のある品種もあるといわれた。
地元の人たちのオプンツィアに対する知識は乏しかった。特に海岸地域に多く生息しているが、コロンブスのキャラヴェル船が、土産として南アメリカから直接イタリア半島に持ち込んだと伝えられている。だが、もらったはいいものの、その使い道がわからなかった。
それでマルゲリータはそんなコロンブスのお土産を無駄にしないと決意した。
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見向きもされなかったサボテンの実が、引く手あまたの人気食材に
彼女はプーリアとは真反対にある彼女の故郷トリエステ(Trieste)を離れ、サレントに移り住み、土地を借り受けると少しずつ生産活動の場を築いていった。活動の拠点は2箇所、トッレ・カポ・ルーポ・マリッティマ(Torre Capo Lupo Marittima)、ここはサラセン人の侵攻を防ぐ要塞として作られた地域だった。そしてもう一箇所はトリカーゼ・ポルト(Tricase Porto)。ここで冬の時期に実をつけるオプンツィア・ディッレニウム種(学名Opuntia dillenii)を栽培している。彼女自身が栽培を手掛け、長い棘から身を守るため、厚手のゴム手袋をして収獲、一個ずつきれいにすると箱に詰めて発送する。
オプンツィアの実は、日の出の頃に収獲されると24時間以内に、オーダーした商店、料理人、洋菓子店や高級ジェラテリアに届けられる。ほど良い甘さで、青臭く、フローラルで、ビワ、キウイ、カラントを思わせ、バラのような香りがする。
数年前までは食用に適さないとされていた実は、今やイタリア中の有名ジェラテリアから引く手あまたになった。カナリア諸島でのようにパンや蒸溜酒にも利用できる。オイルも抽出できてチーズの表面をコーティングする(オランダのエダムチーズのようなもの)のに用いられる。オプンツィアは、このように多様な用途があるだけでなく、抗酸化物質、ビタミンC、カルシウム、カリウム、リン、マグネシウムを豊富に含んでいる。
「でもね、見つめているだけでも、一つのセラピーになるのよ」
冗談めかしてマルゲリータがそういった。
パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio
イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
http://www.ilgolosario.it
[Shop Data]
Le Opuntia di Margherita Divìccaro
Borgo Pescatori, 1 - zona Farasuli porto
Tricase, Lecce
Tel +39-3287811424
opuntiae@libero.it
『イル・ゴロザリオ』とは?
photograph by Masahiro Goda
イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。
The Cuisine Pressの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べる」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。
この10年間、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、月1回の記事交換をそれぞれのWEBメディア、ilgolosario.itと、TheCuisinePressでスタートすることになりました。
南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。