齋藤 壽 - 食の現場から
自然に寄り添うことの意味
1999.01.01
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山菜にしろ、キノコにしろ、自然界にあるものを使おうとする場合、どんな環境でその山菜やキノコが生息しているのかを熟知していなければ、時間をどれだけ費やしても、見つけることはもちろん、採ることもできない。自然という環境に恵まれたレストランで料理を作るには、まず、近くの森林や草原の植生を知り、そこで何を探し、どのように料理するかを考えるところから始めなくてはいけないと言える。秋になり、松茸採りの名人に頼んで料理に松茸を使おう、ということになった。名人の頭の中には、アカエゾマツの林の映像と、これまでに蓄積してきた松茸のシロの地図データが鮮明に映し出されているはずだ。何日かは、すばらしい松茸が届けられた。それがある日、パタッと途絶えた。「よそ者が荒らして根こそぎ採っていった」と憮然とした表情で彼は吐き捨てた。地元の人は来年のことを考えながらキノコ採りをする。そうした礼儀をわきまえないヤツラの仕業だ、というわけだ。
齋藤 壽 - 食の現場から
自然に寄り添うことの意味
自然に寄り添って料理をする。その考えを実際のものにするには、多くの人の知恵と、そしてもちろん料理する側の研鑽の積み重ねが大切なのだと、改めて思い知らされる。
野菜とて同様だ。畑に囲まれた環境にレストランがあっても、畑にある野菜のどれが料理の食材として求める品質なのか、それを知るには、土づくりから種まき、そして収穫に至るまで、農家の作業を手伝う中で会得することが一番の近道である。そういう考えのもと、わが料理塾の塾生たちは、春から畑に通って野菜の成長を見てきた。日が経つにつれて畑への思いが身体のリズムになってきたようで、その日使う野菜を早朝から契約農家に収穫に行くのが日課になっている。
ここからが料理の出番だ。野菜をどんな温度で置いておくのか。いつ下処理にとりかかるのか。どのくらいの大きさに切るのか。加熱方法はどうするのか。この野菜は主役なのか、付け合わせなのか。
最後の仕上げは、どのタイミングで行うのがベストなのか。ベストが無理なら、どのくらい前から準備すべきなのか。
主役にせよ、脇役にせよ、お客さんの口に入った瞬間に、その野菜のポテンシャルが最高に発揮されるようにしなければならない。畑で育っている姿を知っていればこそ、その生命をおいしい料理として昇華させ得る。それこそが、プロの料理人が常に目指さなければならない着地点だ。
山菜、キノコ、畑の野菜、どれをとっても料理人の前のハードルは、高い。
(『料理通信』2015年12月号 食の現場から より)
『料理通信』編集顧問 齋藤 壽 (さいとう・ひさし)
柴田書店「専門料理」編集長等を経て「料理王国」創刊編集長を務める。30年余に渡るジャーナリスト活動の中で現代の日本を代表する著名料理人を多数世に送りだし、フランスの「ミシュラン」ガイドの存在と、名だたる三ツ星シェフをいち早く日本に紹介した。2011年10月、農林水産省より「地産地消の仕事人」として選定される。2014年4月、北海道上川郡美瑛町の町おこしプロジェクトとして開業したオーベルジュ、パン小屋から成る施設「bi ble 北瑛小麦の丘」のプロデュースを手がけ、料理人育成機関「美瑛料理塾」を主宰し、生徒兼オーベルジュスタッフの育成に情熱を注ぐ。「美瑛料理塾」に関する問い合わせはsaito@cooking.jpまで。