ようこそ発酵蔵へ【酢 Vinegar】
千葉・鎌ケ谷「私市(きさいち)醸造」
2022.05.30
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text by Kyoko Kita / photographs by Hide Urabe
連載:ようこそ発酵蔵へ
写真で巡る発酵の世界。丁寧に時間をかけて微生物と向き合い、日本の伝統食を次代へつなぐ蔵、生産者を訪ねます。今回は熟成させた酒粕で江戸前すし用の赤酢を造る、醸造現場を案内します。
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伝統的な杉の30石(約5400リットル)の木桶。筵(むしろ)で保温する。
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発酵中、酢酸菌の働きで表面に膜ができる。この膜が厚くなると、菌が酸素不足に陥るため、時々取り除く。表面から徐々に発酵が進み、酢になった部分は自然に沈む。循環して酢が出来上がる。1/3を種酢として次の仕込みに使う。
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3年以上熟成させた酒粕。
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ドイツ生まれの製法から生まれる爽やかな風味。空気を送り込むことで1日で酢が出来る「通気発酵法」。
江戸前すし隆盛の立役者
約200年前、江戸前すしの隆盛を影で支えたと言われる「粕酢」。熟成した酒粕で仕込む酢で、「赤酢」とも呼ばれる。まろやかなコクがあり、今でも粕酢を愛用するすし屋は少なくない。
大正11年(1922年)創業の「私市醸造」では、新潟の酒蔵から仕入れた吟醸酒の酒粕を使う。「淡麗辛口の酒に仕上げるため、雑味が出ないよう、ゆるく搾られている。だから米の甘味や旨味が十分残っています」と私市一康さん。これを常温に置くこと3年。白いそぼろ状の酒粕は、褐色のペーストになる。八丁味噌に似た香りで、しかし口に含むとまるでビターチョコのよう。五味が一体となった複雑な味だ。これを熱水で溶かして酢もろみを造ったのち、種酢を加え、酢酸発酵・熟成させるのが「江戸前赤酢」。
私市醸造には、木桶を使い「表面発酵法」で仕込む酢もある。「食酢」は、酒粕をアルコールと共に木桶に仕込み、約半年かけて発酵・熟成。それを通気発酵法(速醸法)で造った米酢とブレンドする。
「木桶で仕込むと酸味はまろやかになりますが、香りがやや重くなる。個性もまた強いのです。通気法で造ったクセのない酢とブレンドすることでバランスを取り、日常的に使いやすくなると考えています」
昨今、酸味を嫌う子供が増えているのを私市さんは危惧している。木桶仕込みの素晴らしさを伝えつつ、許容しやすい酸味を模索している。
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写真左「江戸前赤酢」は酒粕のみで仕込んだ酢。酢飯にするとほのかに赤みを帯びる。写真中央「食酢」、写真右「すし酢」。
◎私市醸造株式会社
千葉県鎌ケ谷市東道野辺6-7-45
☎047-443-2511
https://www.kisa1.com/
(雑誌『料理通信』2017年12月号掲載)
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