【ようこそ発酵蔵へ】蔵人が仕込む九十九里「いわしのなれずし」
千葉・多古「若草農園」
2023.06.29
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text by Kyoko Kita / photographs by Hide Urabe
連載:ようこそ発酵蔵へ
写真で巡る発酵の世界。丁寧に時間をかけて微生物と向き合い、日本の伝統食を次代へつなぐ蔵、生産者を訪ねます。今回は蔵人でもある米農家が日本酒造りのテクニックを用いて作る郷土料理「いわしのなれずし」を紹介します。
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新鮮な状態で1尾ずつ急速冷凍した北海道産イワシを使用。
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粉末にしてふりかけた麹が米の分解を促す。
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花のように美しく樽に敷き詰める。
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臭みの原因となる雑菌の繁殖を抑えるべく、生酛造りを応用し、樽の中をpH4以下に。米は無農薬で自家栽培。
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「これまでの点と点の経験が形になった」と「若草農園」の大橋誠さん。
酒造りの知恵でなれずしをモダンに
古くからイワシの水揚げが豊富な千葉県九十九里にはイワシを使った郷土料理が多い。今ではほとんど作る人がいなくなった「なれずし」もその一つで、別名「くさりずし」とも。腐ったすしならばさぞかし臭いのかと思いきや、「若草農園」の大橋誠さんが作るそれは、まったく臭くない。脂ののったイワシの旨味は、乳酸発酵により凝縮され、すっきりとマイルドな酸味が上品にまとめる。
農業系出版社の営業マンとして全国の農村を巡る中で郷土料理の面白さに目覚めた。その後、日本酒居酒屋に勤めて日本酒の虜になり、野菜卸業者を経て、幼少期に憧れた祖父母の暮らしを実現すべく農業を始める。「生命の繋がりを断ち切りたくない」と無農薬で米を栽培し、冬の農閑期には自ら酒蔵の蔵人に。そこで得た発酵の技術で作るのが、このなれずしだ。
「生酛造りでは、天然の乳酸菌で、雑菌が繁殖しない“場”を整えて酒を仕込みます。同じ発想で、樽の中をpH4以下の状態に下げて作ります」。イワシを塩漬け、脱塩、乾燥後、生酛造りを活かしたご飯、麹、せん切りショウガと交互に樽に重ねていく。15℃以下の冷蔵庫で1カ月発酵させると完成だ。
失われつつある日本の伝統的な食を、調味料や添加物でアレンジするのではなく、先人の知恵を応用することでモダンな味わいに更新させる。なんてクリエイティブななれずしだろう。
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「いわしのなれずし」1袋半身入り550円(税込)。発酵によって旨味が増し、そのまま酒のつまみに最高だが、クセのないクリアな味わいのため、ジャンルを問わず料理にも活用しやすい。
◎若草農園
千葉県香取郡多古町西古内349
☎ 0479-75-8056
https://wakakusafarm.wixsite.com/tako-rice
(雑誌『料理通信』2019年12月号掲載)
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