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JOURNAL / JAPAN

素朴に育てた小麦で作る、食事に合う食パン「国産小麦の食パン」

[兵庫]未来に届けたい日本の食材 #50

2025.03.06

text by Michiko Watanabe / photographs by Jun Kozai

変わりゆく時代の中で、変わることなく次世代へ伝えたい日本の食材があります。手間を惜しまず、実直に向き合う生産者の手から生まれた個性豊かな食材を、学校法人 服部学園 服部栄養専門学校理事長・校長、服部幸應さんが案内します。

連載:未来に届けたい日本の食材

「山のパン屋 ダディーズベーカリー」は、アメリカ中西部でよく見る昔風のバーン( 納屋)のような造り。建物は店主・村井文仁(ぶんじ)さんが手がけたものです。この店の自慢は「一尺二寸」という細長い食パン。農薬・化学肥料不使用で自家栽培し、天日干しまでした小麦の風味は、食事パンに最適です。


「 “素”の要素を持った食品には、意味があると思います」と村井さん。今日も、自然のままに麦を育てパンを焼く。

私はもともと店舗設計の仕事をしていたのですが、17年前、自分の店を作りたいと、人里離れた山の中に「山のパン屋ダディーズベーカリー」を建てました。パン職人は募集をかけたのですが応募者ゼロ。仕方なく、バイトの子たちに教わりながら、独学でパン作りを始めました。

パンの世界に身をおいたことがなかったので、業界で当たり前に使われている油脂や薬品のことは何も知らず、ただ小麦粉と水と塩でパンを作っていたら、おいしいと評判に。そこで、もっとこだわりを持ちたいと、上質の小麦粉を探し始めました。

ところが、当時小麦は90%がアメリカやカナダなど海外からの輸入。国産はほんの10%程度で、大半が麺用。パン用はそのうちの1割だとわかりました。国産小麦で作るパンは香ばしさも少なく、パンを膨らませるタンパク質も少ない。その上、小麦の価格は米の3分の1以下。だから、作る農家が少ないということもわかりました。これではこだわれないじゃないかと思っている時に、栽培性と製パン性に優れた、パン専用小麦「せときらら」の存在を知ったのです。

雑草のようにたくましく育て、天日干しで、風味を高める。奥の均一に黄金色に染まった畑は麦茶用の大麦畑。その手前にある緑と黄色のまだらな畑がダディーズベーカリーの小麦畑。収穫を2週間後に控え、ここから一気に色づく。収穫後は、1週間天日干しに。ここで、小麦の風味がさらに高まる。
元倉庫をリノベーションした店。外も中もきれいに作り込みすぎず、倉庫のラフな空気感をそのまま生かしている。

その小麦の種を分けていただき、自分で植えてみることにしました。以前、住んでいた加古川で休耕田を借り、栽培を始めたのが2016年のこと。動物性の堆肥で土づくりをして、無農薬で育てています。現在は稲美町の畑で1トン、南あわじにも畑を作り、そこで2トン栽培しています。小麦の香りが出るよう、収穫した小麦は1週間天日干しに。その後、脱穀して、御影石の石臼でゆっくり碾いていきます。1時間に4キロぐらいがせいぜい。時間をかけて碾くことで、熱を持たないので、小麦本来の風味と香りが楽しめるんです。

小麦の粒を潰してみてください。中はすでに粉状になってるでしょう。だから小麦は米のように粒食ができないんです。小麦の外側の殻(小麦ブラン)にはミネラルが多いので、殻と胚芽部分は別に碾き、粉と合わせて全粒粉にします。

この全粒粉と六甲の水、赤穂の塩だけで作った食パンが、うちの代表作ともいうべき「一尺二寸」です。大工用語の一尺二寸は365ミリ。毎日毎日食事パンとして食べてほしいという願いが込められています。型に入れて四角くすることで、水分が閉じ込められ、外はカリッ、中はもちっ、の四角いフランスパンのような食感になります。素朴ですが、安心安全。食事パンとしては最適と自負しています。ぜひ召し上がってみてください。

店の窓の向こうには畑が広がる。村井さんの小麦畑もすぐそばに。

麦の刈り取りは6月末。1トン収穫しても製粉すると500kgほどに。
小麦はパウダー状のものがギュッと固められた状態で外皮に包まれている。手で割るとすぐに粉々になった。

自家栽培の小麦粉は量が限られるため、食パンのみに使われている。
毎日食事パンとして食べてほしいという思いから、食パンは「一尺二寸」と名付けられた。

◎山のパン屋 ダディーズベーカリー
兵庫県加古郡稲美町加古228-1
☎0794-90-4233
daddysbakery.jp

(雑誌『料理通信』2019 年9月号掲載)

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