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JOURNAL / 世界の食トレンド

America [Texas]ろう起業家による新ビジネス。“人を動かす”クレープリーとデフ・エコシステムの影響力

2023.02.24

ろう起業家による新ビジネス。“人を動かす”クレープリーとデフ・エコシステムの影響力

text by Kuniko Yasutake / photograph by Crêpe Crazy

現在米国で1000を超えると言われる、難聴者・ろう起業家によるビジネス。中でも飲食業で先駆け的存在なのが、2014年テキサス州オースティン近郊でオープンした「クレープ・クレイジー(Crêpe Crazy)」だ。今までに2軒の直営店に加え、2020年にメリーランド州の3号店でフランチャイズ展開をスタートさせ、ろう者によるテキサス内外の新レストランに対してメンター的役割も担っている。

レジ前と壁に大きく設けた指さしメニューが話題となり、豊富な品ぞろえのクレープは口コミサイトでも高評価を得ている。この店が注目を集め続けるもうひとつの理由は、従業員満足度、客足、地域/グローバル社会活性化に影響を及ぼす高い求心力だろう。

カウンター上にあるメニュー

(写真)カウンター上にある、新約聖書の一説をもじった「指せよ、さらば与えられん」のサインで注文手順を促す。手話を使えなくても、メニューを目視し指させればスタッフとコミュニケーションできることを伝える。

ロシアとウクライナから移り住んだオーナー家族の店づくりと集客をサポートするのは「デフ・エコシステム(Deaf ecosystem)」。これは、ろうコミュニティ内に存在する技術や知識を活用・雇用し合う、互助の精神と独自のネットワークのことを指す。店舗の建設、電気工事、内装、家具やアート作品の作成、キッチン/フロアのスタッフは、ほぼ全員がろう者か難聴者で、共通語はアメリカ手話言語(American Sign Language:ASL)だ。

ろう者が経営するレストランの検索サイトを頼りに、同じ文化を共有する店で食事をしたいろう旅行者が、全米各地や世界から集まる。だが、顧客の8割を占めるのが、ASLを話せない客である。

客の中にはスタッフの明るさに惹かれてリピーターとなるファン、ろう起業家をサポートしたいという意思を持って来店する人たちもいる。つまり、ろうビジネスを応援し共存する地域自体が、そこに様々な目的を見出す人々の“デスティネーション”となりうるのだ。この新しいビジネスモデルは、着実に存在感を増しつつある。

(写真トップ)家族代々受け継いだロシアン・クレープ(ブリニ)のレシピが成功の秘訣と語る、創始者のギターマン一家。2003年に制度化したビデオリレーサービス(ビデオ電話で通訳者が音声と手話を同時通訳する)等の政府によるインフラ整備、ろう起業家対象の官民による各種助成金や融資制度も、ろう者による新ビジネス増加を後押しする背景となっている。

「ターキー・アボカド」(サラダ付き、11.49ドル)

(写真)七面鳥のローストにアボカド、ホウレン草などを包み、特製アイオリソースで仕上げた「ターキー・アボカド」(サラダ付き、11.49ドル)は定番人気。月替わり、朝食、デザート、食事系など20種類以上のメニューには、アメリカ人家庭の食卓を反映するような多国籍な具とフレーバーが並ぶ。



◎Crêpe Crazy
660B W HWY 290
Dripping Springs, TX 78620
☎+1-512-524-3198 ASL通訳者を介しての通話が可能
9:00~20:00(日曜~15:00)
https://www.crepecrazy.com/

*1ドル=130円(2023年1月時点)

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