ブルックリンに協同組合で起業。飲食店経営の新モデルを提案する“近所の店”
America [New York]
2024.05.20
text by Akiko Katayama
（写真）ミシュラン一ツ星を持つワインバー「フォー・ホースマン」出身のフリーリング氏が手掛ける計17品の簡潔なアラカルトメニューには、個性的な料理が並ぶ。チチャロンは中南米などで人気の豚の皮のフライだが、同店ではポルチーニパウダーとタピオカ粉を混ぜ、空気のように軽やかに揚げてチップスに。燻製パプリカと卵、シェリービネガーを合わせて泡立て、オーブンで焼いたディップを添える。「ポルチーニ茸のチチャロン」12ドル。
「コロナを経て疲弊し尽くした後に強く感じたのは、飲食店のスタッフが自分の店への“共有感”を持つべきだということでした」
そう語るのは、ブルックリンにある「セシリー（Cecily）」の共同オーナー兼サービス担当のタラ・ノーブル氏だ。
パンデミック期間中、「エッセンシャル・ワーカー」（社会に不可欠な労働者）として従事しながらも、給与もステータスも低い飲食業界に勤務する人々への注目が高まった。しかし、彼らの実際の境遇に、画期的な変化はほとんど見られないのが現状だ。そこに小さな波を起こそうと、業界での経験の長いノーブル氏が、同じ価値観を持つベバレッジ担当クリスティン・マ氏とシェフのザック・フリーリング氏と共に、2023年11月、“近所の店”をコンセプトにセシリーをオープンした。
（写真）セシリーの３人のオーナー。左からシェフのザック・フリーリング氏、サービス担当タラ・ノーブル氏、ベバレッジ担当クリスティン・マ氏。photo by David Malosh
幼いころ両親に連れられ、自宅近くの夫婦が切り盛りする小さなレストランを頻繁に訪れたノーブル氏はこう語る。
「15席を埋める客一人ひとりへの心からのもてなしには、家庭さながらの特別な温かさがありました。存在してくれて嬉しい。飲食店の価値は、そこにあると思うのです」
とはいえそんな家族経営のマインドを、今どきの飲食ビジネスで実践するのはほぼ不可能だ。大きな理由は、時給ベースで安定性の低い業界の報酬構造である。同店は、店を共有する人材を確保することを経営の大前提に、協同組合として起業。スタッフは、コミュニティへの経済貢献や地元への帰属感を考慮し、近隣の在住者を採用する。その結果、開店半年を経て辞めるケースはほぼ皆無という。また100回シフトをこなすと収益分配の権利を得られる「プロフィットシェア」を導入。週４回のシフトだと、半年で権利を得られる。配分方法は極めてシンプルで、毎月の利益を計算し、スタッフは一定の比率をボーナスとして受け取る仕組みだ。
長期的には共同経営者としての道も用意している。オーナー３人はメンターとして、飲食業界でキャリアを築くための知識を積極的に提供。プロフィットシェアの収益分配を理解するための財務諸表の読み方からワインテイスティングまで、業界のプロの養成を目指す。
「今後は現在準備中の中２階のスペースを開いて席数を増やし、地元アーティストの作品を展示して支援していきます。また毎月のワイン・スピリッツのクラスほか各種イベントを通じてコミュニティの一部としての活動も広げていきたい」とノーブル氏は話す。
同店が飲食業界の構造転換のモデルとなるか、期待したい。
（写真）オレンジとオリーブにブラッターチーズをのせ、ピンクペッパーを散らしたサラダ「ゴールド・ナゲット・オレンジのサラダ」17ドル。オレンジの甘さと酸味、オリーブの旨味と塩気、チーズの濃厚な脂肪が絶妙なバランス。ヘルシーで飽きさせないおいしさは、頻繁に通いたくなる「近所の店」の条件をしっかり満たす。
（写真）話題の店が次々開くブルックリンのグリーンポイント地区にある、元アートギャラリーだった37席の店内。
◎Cecily
80 Franklin Street, Brooklyn, NY 11222
☎+1-716-932-2581
17:30〜22:00（金曜、土曜〜23:00）
https://www.cecilybk.com/
＊１ドル＝155円（2024年５月時点）
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