食パン人気はイタリアでも。徳吉洋二シェフが手掛けるベーカリーの快進撃
Italy [Milano]
2025.07.03

text by Sayaka Miyamoto
住宅街の一角にある「ピッコロ・パン」。販売担当スタッフが2人入ったらいっぱいの小さな店で、日本風のパン、パリ顔負けのクロワッサンなど、いろいろな文化が入り混ざる。
2025年4月末、ミラノの住宅街の一角に小さなベーカリーがオープンした。その名も、イタリア語で“小さいパン”を意味する「ピッコロ・パン(piccolo PAN)」。間口が大きめの窓一つ分ほどの店には、バゲットやクロワッサンと一緒に、日本風の食パンやカレーパン、あんぱんなどが並ぶ。イタリアにはない風景だ。だが「特に宣伝をしたわけではない」のに、ひっきりなしに人が訪れ、時に並んでパンを買って行く。食パンがいくつも売れていくのが印象的だ。
ミラノで長年活躍を続ける徳吉洋二シェフと、若手女性起業家としてイタリア経済界から注目を浴びる山田アリスさん、2人の出会いから物語は始まった。

徳吉シェフは「オステリア・フランチェスカーナ」で長年スーシェフを務めた後、2015年、ミラノに「リストランテ・トクヨシ」を開店、2年でミシュラン二ツ星まで上り詰めた。その後コロナ禍で休業を余儀なくされる中、デリバリーに特化した「ベントテカ」として再生させ、大成功を収めている(現在ベントテカはリストランテとしても機能し、イタリアと日本の食文化が融合したメニューを提供)。
一方の山田アリスさんは、日本人の父とフランス人の母を持ち、両親の仕事の関係でアメリカ、フランス、日本、そしてイタリアという複数の文化圏で育った。経営学や金融、データサイエンスの分野でヨーロッパ有数の大学として知られるミラノのボッコーニ大学で経済学を学び、ファイナンスの世界に足を踏み入れてみたが違和感を抱き、フードの世界へ。
「ステレオタイプの日本じゃない、ハイブリッドでいろいろなものが混ざり合った日本の現代の食文化を伝えたい。ポップで、リアルで、簡単な料理に見えるけど、その裏に様々な文化が隠れているような」という同じ思いを抱いていた2人は共同経営者となり、2022年に「カツサンデリア」をオープン。ベントテカの人気メニューの一つであるカツサンドを、カジュアルに楽しめる店はあっという間に成功を収め、イタリア中で“カツサンド”という言葉が聞こえるようになっていった。

「でも、まず食パンありきなんです。日本の本当においしい食パンをミラノの人に食べてもらいたいと思って。子供の頃、分厚くてふわふわの食パンにバターと砂糖をふりかけて、母が食べさせてくれたような味を」と徳吉シェフ。
食パンをミラノの人に、ミラノの食材でおいしく食べてもらうには、と考えたらカツサンドに行き着いた。パンの製造はイタリア人のパン職人に「僕が日本で食べてきたものを伝えて、一緒に研究して」現在のクオリティに到達した。

2023年にはベーカリー「パン(Pan)」をオープン。食パンがメインだが、本場パリにも負けないバゲットやクロワッサンの隣にあんぱんやカレーパンも並んでいる。パンと一緒に、軽い食事とワインも楽しめるカフェテリアだ。色々な国の味が混ざり合った、多種多様なパンが売られている日本のパン屋さん、そんな日本のリアルを表現したかったという。
パンのオープンから2年が経った頃、レストランへの卸が増えたため、大きなラボラトリーを開設。その物件に「ちょうどいい窓があったから」、ピッコロ・パンが生まれたというわけだ。コーヒーや抹茶ミルクと一緒に、オフィスや公園のベンチでも楽しんでもらえるよう、バール機能も持たせた。ベーカリーはパンだけ、惣菜店なら惣菜だけ、コーヒーが買いたければバールへ、という専門店が多いイタリアで、このスタイルも好評だ。

「俺がこの料理をこんなふうにやりたいんだ!と押し付けるよりも、その場所に合う形はなんなのかを考えると、面白いものがたくさん生まれてきますよ」と徳吉シェフ。こうして生まれたアイデアを、アリスさんが綿密に計算し、ビジネスとして形にする。2025年5月には徳吉シェフの料理と音楽を楽しむリスニング・バー「MOGO」もオープンした。
最高峰の料理人と若手起業家という、ミラノで生まれた最強のタッグは、“日本”をキーワードにこれからも快進撃を続ける。「日本に逆輸入も面白そうですね」と2人は楽しそうに笑った。

◎piccolo PAN
Via Ausonio 23, Milano
8:00~15:00(土曜、日曜、祝日9:00~16:00)
月曜休
https://panmilano.com/
*1ユーロ=169円(2025年6月時点)
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