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PEOPLE / 寄稿者連載

アペロはLess is moreで

長尾智子さんの「今日も台所」第4回

2026.03.06

連載:長尾智子さんの「今日も台所」

怪しい世界情勢に円安、物価高、おかしな気候の真っ只中で暮らす私たち。誰でも疲労感のある毎日だから、その中でキラッと輝く「何か」を見つけるのは難しいものとは言え、一日の単位を短く刻んで見てみれば、脱力して息を吐けるような時間の隙間は近くにあるものだ。

春も来たことだし、そんな落し物や探し物のような気分の良いものを見つけ出せないかと、長くお休みしていた「今日の台所」を1字だけ「今日も台所」と改めて始めようと思います。そう、相変わらず今日も台所にいるのです。

すっかり出不精になったのは、誰もが思い当たるようにコロナ禍以降であることは確かで、後で思い返せば、2020年以降の行動範囲がどれだけ狭くなったかに驚くが、内向きに暮らすのは未だ尾を引いていて、今となっては2019年までの取り散らかしたように出かけていた生活など到底出来ないし、したくもなくなった。

東京にいても、びっくりするほどの朝の清々しさや、どこか山の近くにいるのではないかと思うような鳥の声、ひっそりとしているのはマイナスばかりではないから、少し人混みを離れて一人静かに過ごしたい人も随分増えたように見える。一人でいる心穏やかな時間をやっと発見した、大切さに気づいたということか。

私もその一人で、ぼんやりすることが増えてそれも悪いことではないとつくづく思う。


かけがえのない句読点

意外にも海外の人たちにとって、日本は一人で飲んだり食べたりがしやすいと聞いたことがある。カップルが基本の国ではそうはいかないのかしら。もはやすっかりご無沙汰のフランスの街を思い出すと、一人で過ごしている人が多くてさすが大人の国だと憧れを感じていたものだが、視点が変わると日本の気楽さは別物らしい。

年々増えるコーヒーショップなども営業の工夫をするから、お酒があったり軽食を出したり、短時間立ち寄れる場所を見つけるのは、さらに選択肢が増えたかもしれない。

以前、仕事先の中堅になろうとしている男性(営業職)がとても真面目なものだから、会社を出て家に帰るまでに切り替えたいがなかなかできないと聞いて、そんなことは世の中のお父さんたち、昔からうまくやっていたのではない?と不思議に思ったことがある。

赤提灯というのはちょっと、と思うなら、少し敷居の高いバーにでも思い切って行ってみればいい。そんな自分になりたいと思っても、初心者であるという自意識が働くと、一歩が踏み込めないのだろう。入ってしまえばこっちのものだから、一度思い切って訪ねてみればいいのに。受け入れる方だって、言わないだけで本当は歓迎するはずだ。

水割り1杯、20分くらいあれば、どこにも属さない状態が作れるのだ。最小単位のアペロは、かけがえのない句読点になる。
そんな話をしてから随分経つが、彼は途中下車が身についただろうか。仕事帰りの隙間が糧になっていることを祈るばかり。


アペロ=気分の良い時間

年々、季節の訪れがおかしなことになっているから、スカッと晴れた初夏の気持ちのよい午後とか、夏を惜しむような美しい夕暮れ時とか、本来の季節の移ろいを感じると、貴重で愛おしく大事な宝物に思えてくる。
そうなったら、ほんの一時だけでも無駄にしないで、アペロを楽しむしかないのではないか。

特別な場所に行かなくても、特別に美味なものでなくてもよく、極端に言えばアペロの良し悪しは環境が大事で、気分のいい空気感さえあればよい。アペロ=気分の良い時間なのだから。

ひとりアペロを自分だけの秘密を抱えるように過ごすのもいいが、負担のない人数で過ごすアペロも気楽でいい。
もし、親しい人たちを呼んでもてなそうという場合も、自分でも、アペロにどうぞと声をかけることが増えてきた。

つい最近のこと、打ち合わせが夕方になりそうな日、アペロに誘ってみた。ほんの少ししかお酒を飲まないのにワインが好きだから十分あるし、去年、りんごの季節が始まって間もない頃から気に入っている食べ方があるから、飽きもせずそれを出す予定。あとは時間があれば先にコンフィ(この時はレバーと小さなじゃがいも)を作っておく程度だ。
ついやる気が起きて、煮込みだ焼き物だと増やしてしまうと元も子もなく、少々我慢。

いつか、これとワインだけでいいと言った人がいるくらいの、肴にも軽く食事にもなるりんごが出始めた頃の食べ方は、パンとハムとチーズとりんご。なんだそんなことか、という程度の内容だから、組み合わせのさじ加減が重要になる。

いつか、これとワインだけでいいと言った人がいるくらいの、肴にも軽く食事にもなるりんごが出始めた頃の食べ方は、パンとハムとチーズとりんご。なんだそんなことか、という程度の内容だから、組み合わせのさじ加減が重要になる。

カッティングボードにパンとりんごのスライスと、チーズはブルー。強すぎないもの(季節によって種類を変えるといい)、りんごはあまり熟していなく、甘すぎないもの。

この時は、夕方からだったこともあって、アペロと言いつつすっかり夜が更けていってしまったけれど、たまにはそれもよし。
その点、ヨーロッパのアペロも長い。何も食べずに少しのワインや何かで延々としゃべり続けて、やっと始まる食事はけっこう遅い時間となる。日本人は和気藹々と過ごしたいから、居酒屋的に食べて終わる。どちらもいいが、いずれにせよすっきりとまとめたいものだ。だから今日はこれでお終い。と言ってもそこそこお腹はいっぱい。

昼間の来客にもアペロ式を活用する。バゲットのような細長いパンは、捻ってあったりカンパーニュ生地だったりシード類が入っていたりとバラエティに富んでいる今日この頃。

昼間の来客にもアペロ式を活用する。バゲットのような細長いパンは、捻ってあったりカンパーニュ生地だったりシード類が入っていたりとバラエティに富んでいる今日この頃。もちろん基本はプレーンなバゲットでよく(当然ながらその日に焼かれたもの)、端っこをコンフィのオイルに浸けて食べたいから、できれば長めがいい。

バターは塗らず、ハムにりんごの薄切りを見栄えよく挟むだけ。アペロにもよく、お弁当にも良いというサンドイッチ。

青りんごも色々と種類が増えた中、やや未熟な「トキ」やクッキングアップルとされる「グラニースミス」が合う。

青りんごも色々と種類が増えた中、やや未熟な「トキ」やクッキングアップルとされる「グラニースミス」が合う。
なぜなら、この時のりんごは野菜の役割も担うからだ。王林やシナノゴールドでも、完熟でないほうがいい。スーパーの入り口などで見かける、小ぶりで値段が安いものがちょうどいい。
りんごの作り手が怒るかもしれないが、甘ければいいというものでもなく、使い道で相応しい糖度や歯ごたえは変わるもの。りんごに限らず、素材に優劣はつけられない。


「盛らない」「飾らない」

以前は誰かを招くとなったら、思いつく最新の料理にアップデートしたいものだから、量も多く予算も考えずにずいぶんたくさん作ったもの。あれはなんだったのだろう。

趣味としても料理が好きだから、仕事で作らないようなものをもっともっとと欲張っていた気がする。好きなように作ったから気が済んだというわけではないけれど、食卓の上が賑やかであれば満足だったあの頃よりも、この頃はすっきりした気分になってしまい、作るものは「盛らない」「飾らない」というのを意識せずに当たり前になっている。

時にもてなしに出すものは普段も食べるし、その食べ方は「アペロ的」になってきた。フラットで日常的なものを、もてなしに少しバージョンアップするというのが楽しい。

かつて、ブラウンなどのプロダクトデザインで活躍したディーター・ラムスをご存知だろうか。削ぎ落としたり省いたりと、シンプルにしたものに本質を見出す言葉。同様の名言はいくつもあれど、ラムスの残した「Less is more」

「Less but better」は、デザインにおいてだけでなく、山盛りに食べ過ぎた(未だ食べ過ぎている)私たち(家庭でもお店でも)に、これからの食べ方を教えてくれているような気がする。今宵も良いアペロを!

Less is moreは次回に続きます。


長尾智子

長尾智子
料理家、フードコーディネーター。単行本の出版や雑誌の連載などの執筆、商品開発、メニュー提案などと並行してオリジナルの器〜SOUPsを主宰。料理とお酒について様々に実験中。 Instagram:@new__standards

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