生涯現役シリーズ #11
82歳。元サッカー日本代表監督のコーヒーマン
神奈川「葉山・パッパニーニョ」二宮寛(にのみや・ひろし)
2021.12.02
text by Kasumi Matsuoka / photographs by Masashi Mitsui
連載:生涯現役シリーズ
世間では定年と言われる年齢をゆうに過ぎても元気に仕事を続けている食のプロたちを、全国に追うシリーズ「生涯現役」。超高齢化社会を豊かに生きるためのヒントを探ります。
二宮寛(にのみや・ひろし)
御歳82歳 1937年(昭和12年)2月13日生まれ
「葉山・パッパニーニョ」
東京都生まれ。元サッカー選手、元日本代表監督。1959年から新三菱重工(64年から三菱重工・浦和レッズの前身)でプレーし、FWとして活躍。57年日本代表デビュー。1968年から9シーズン三菱の監督を務め、三菱の黄金時代を築く。同年、単身でドイツに渡り、ドイツサッカーとのパイプを築く。76年、日本代表監督に就任。2015年、第12回日本サッカー殿堂入り。サッカー指導者を退いた後は、三菱自動車に移籍し、欧州三菱社長に就任。2000年に同社を退社後、帰国し、「パッパニーニョ」を経営。
(写真)コーヒーを淹れる二宮寛さん。コーヒーを淹れる時はここが定位置で、スタッフいわく通称「寛のコーナー」。抽出したコーヒーは、マドラーで混ぜ、空気を含ませる。「これで味にまとまりが出るんです」(二宮さん)。店内に置かれた銅製のパエリア皿やポットはスペインで手に入れたもの。
コーヒー屋としては、まだまだ鼻垂れ小僧
60歳を過ぎてから始めた店ということもあって、よく“趣味が高じて始めた店”なんて言われるんですけど、とんでもない。お客様からお代をいただく以上は、れっきとした事業であり、商売です。当然、儲けや人気も考えてやってますよ。だけどね、この年齢になって一番大切だな、と思うのは、自分がやっていることが、少しは世のため、人のためになっているかということ。そしてそれを次の世代にバトンタッチしていきたいと思うんです。
私は人生の大半をヨーロッパで過ごし、その影響を少なからず受けてきました。そんな中、愛する母国である日本を思う時、今の日本人は人を敬う心が足りないんじゃないかと感じるんです。国会なんかを見ていても、自己主張ばかりで人の話を聞かない政治家ばかり。これは今の日本全体に、ゆとりがないことの表れじゃないかと思う。だから、そうしたゆとりや余裕を取り戻すための場所を作りたいと考えたのが、この店を始めたきっかけです。
たとえばヨーロッパでは、一息つく時に、紙コップに入れたコーヒーを小走りに飲むなんてことはまずしない。せわしない日常の中でも、コーヒーを飲む時ぐらいは、きちんとした陶磁器のカップで、しっかりと味を楽しむ。そうした時間の中で、ゆとりが生まれ、いい会話も生まれるというものです。
おかげさまで、店を始めて来年で20年。ゆとりを取り戻す場所が作れたかどうかはわかりませんが、振り返ると、宣伝費を一銭も払わずに、全国からお客様が来てくれる店になりました。ありがたいことにスタッフに恵まれたからこそ、ただの頑固親父にならずに済んでいます。今は女性スタッフ5人と一緒に店を切り盛り。これまで日本人女性と一緒に働いたことがなかったから、最初のうちはどうなることか心配でしたが、杞憂に終わりました。毎日、叱咤激励されながら(笑)、本当に気持ちよく働いています。
朝は夜明けとともにきて、小一時間、海辺の公園を早歩き。いつも8千~1万歩は歩きますよ。その後、軽く風呂かサウナに入って汗を流して朝食。朝は卵3つに牛乳500ml、パン、ソーセージ、ハム、果物、青汁、そしてコーヒーが定番。卵の食べ過ぎは良くないと言われるけど、僕は小さい頃からたくさん食べてきたおかげで元気でいられると思ってます。
それから準備をして、10時に開店。朝一番の仕事は、スタッフにコーヒーを飲んでもらうこと。味に狂いがないか、配合が間違ってないか必ず確認します。その後、閉店の18時まで店でコーヒーを淹れます。昼食は合間に、スタッフが作ってくれることもあれば、自分で作ることも。肉か魚にサラダ、パンが定番で、しっかり食べますよ。夜も肉か魚をメインに、もりもり食べます。晩酌も必ず。特に好きなのはワインだけど、ブランデーやビールなど、日本酒以外は何でも飲みます。それからテレビを見て、11時前には寝ます。
私のこれまでの人生経験を振り返ると、どんな仕事でも、一人前になるには最低20年はかかる。だからコーヒー屋としての僕は、まだまだ鼻垂れ小僧。これからが勝負です。
毎日続けているもの「コーヒー」
◎葉山・パッパニーニョ
神奈川県三浦郡葉山町一色1940
☎0468-75-9924
10:00 ~ 18:00
水曜休
JR逗子駅よりバスで20分
※新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため要請に合わせて営業時間が変わることがあります。
(雑誌『料理通信』2020年2月号掲載)
※年齢等は取材時・掲載時点のものです