大地からの声――7信念を持って進む者が生き残る。塩谷魚店 塩谷孝さん
2020.05.14
text by Kyoko Kita
連載:大地からの声
市場の停滞で魚の価格が下がっている今も、「価値のある魚を適正な価格で買い付ける」という青森市内で魚店を営む塩谷孝さん。「漁師あっての魚屋だから」。第一走者の漁師、第二走者の塩谷さん、第三走者の料理人。信念を持って、共に考え、学び続けることが、これからの厳しい世界を生き残るカギになるだろうと言います。
問1 現在の仕事の状況
良い魚を適正な価格で買い続ける。
2月頃から、札幌を皮切りに少しずつ営業を自粛する取引先が出てきたのですが、数としてはそれほど多くなく、このまま終息するのかなと思っていました。それが4月半ばから状況が一気に深刻になり、先行きが不安だという声を聞くようになりました。
料理人は皆、情熱を持って日々厨房に立っています。それができなくなった今、現場に立てることの幸せを痛感し、料理をしたいと強く願っている。私たちは、漁師からもらったバトンを料理人へと繋ぎ、一つのチームとなってお客さんにおいしい魚を届けています。だから料理人たちが今立たされている厳しい状況や、その気持ちは痛いほどよくわかり、私も辛い思いでいます。
これまで9割は料理人を相手に、残りの1割は一般の方にもおいしい魚を食べてもらいたいという思いで小売りをしてきました。ところが今、その比率は逆転して飲食店が2割、小売りが8割という状況です。料理人あっての店なので、特に宣伝などはしてこなかったのですが、新たにリピーターになってくださったり、その方がまた別のお客さんにご紹介してくださったり、ありがたいことです。
今、多くの飲食店が休業したことで行き場を失った魚が市場に溢れ、魚の価格は暴落しています。しかし私は良いものであれば市場価格に関わらず、魚の価値に見合った値段で買い取らせてもらっています。お客さんもその価値を理解して買ってくれている。浜には、スーパーなどに卸す魚を安く大量に仕入れる人も必要だし、良い魚を適正な価格で買い付ける人間も必要です。私は後者の役割だと思っています。ただ心配なのはこれからです。
今はまだ魚が少ない時期ですが、これからハイシーズンになっていくと、市場で受け入れ切れなくなってしまうのではないかと。加工に回すにしても、在庫が動かなければ作ることもできない。魚を廃棄するようなことにならないといいのですが。
この状況がいつまで続くかはわかりませんが、前向きにやっていこうとしています。4月頭には、仲間を集めて魚の締め方などについて勉強会をしていました。半ば以降は集まることも難しくなったので、各自が浜で実践してみたことをオンラインで共有し学び合っています。状況が良くなった時、今まで以上においしい魚を届けられるよう、今できることに取り組んでいます。
問2 今、思うこと、考えていること
淘汰が進む。
コロナの影響で空気がきれいになったという話もありますが、漁業の世界もこれからの方向性を考え直す時なのではないかと思います。獲れるものは全部獲ろう、ということではなく、資源をどう次の世代に繋いでいくか。
また、これからはいろんな業界で淘汰が進むのではないかとも考えています。生き残るということは、何かに長けているから。流されるままにただ目の前の仕事をこなしているだけでは生き残れない時代になっていくのではないでしょうか。その厳しい現実から目を背けてはいけない。
とはいえ、私も特別なことをしているわけではありません。どうしたらこの魚がもっとおいしくなってお客さんに喜んでもらえるか、料理人はこの魚をどうしてほしいだろうかと考えるのは、魚屋として当たり前のことです。
何が正解かはわかりませんが、信念を持って進めるかどうかが今、問われているように思います。
問3 シェフや食べ手に伝えたいこと
作る喜び、食べる喜び。
料理人にとっては辛く困難な時でしょう。しかしその気持ちはきっと料理人を強くし、状況が良くなってまた現場に立てることができた暁には、今まで以上に新しくおいしいものを作る力になると思います。食べ手も今回の自粛を受けて、改めて料理人が精魂込めて作った料理がいかに素晴らしいか、ご馳走であるか、改めて感じていると思います。料理を作る喜び、食べる喜びを見つめ直すきっかけになったかもしれません。
漁師は常に第一走者として良い魚を私たちに届けてくれています。彼らとは、良い時も悪い時も互いに尊敬の念を頂きながら、対等な立場で歩んでいきたい。そしてこれからもおいしい魚を料理人に、食べ手に、そして次の世代に繋いでいきたいと思っています。
塩谷 孝(しおや・たかし)
青森市内で鮮魚、冷凍魚、加工品を扱う「塩谷魚店」の5代目。青森の魚の価値を高めたいとの思いから独学で神経締めの技術を磨き、オーダーメイドで全国約300軒の飲食店に卸している。「北日本神経〆師会」の発起人であり会長として、志の高い漁師、漁協関係者、魚屋、料理人を束ね、技術の向上に努めている。
塩谷魚店
http://www.shioyagyoten.com/
塩谷魚店オンラインショップ
http://shioyagyoten.cart.fc2.com/
塩谷孝さんFacebook
https://www.facebook.com/shiotake
大地からの声
新型コロナウイルスが教えようとしていること。
「食はつながり」。新型コロナウイルスの感染拡大は、改めて食の循環の大切さを浮き彫りにしています。
作り手-使い手-食べ手のつながりが制限されたり、分断されると、すべての立場の営みが苦境に立たされてしまう。
食材は生きもの。使い手、食べ手へと届かなければ、その生命は生かされない。
料理とは生きる術。その技が食材を生かし、食べ手の心を潤すことを痛感する日々です。
これまで以上に、私たちは、食を「生命の循環」として捉えるようになったと言えるでしょう。
と同時に、「生命の循環の源」である生産現場と生産者という存在の重要性が増しています。
4月1日、国連食糧農業機関(FAO)、世界保健機関(WHO)、関連機関の世界貿易機関(WTO)、3機関のトップが連名で共同声明を出し、「食料品の入手可能性への懸念から輸出制限のうねりが起きて国際市場で食料品不足が起きかねない」との警告を発しました。
というのも、世界有数の穀物生産国であるインドやロシアが「国内の備蓄を増やすため」、小麦や米などの輸出量を制限すると発表したからです。
自給率の低い日本にとっては憂慮すべき事態が予測されます。
それにもまして懸念されるのが途上国。世界80か国で食料援助を行なう国連世界食糧計画(WFP)は「食料の生産国が輸出制限を行えば、輸入に頼る国々に重大な影響を及ぼす」と生産国に輸出制限を行わないよう強く求めています。
第二次世界大戦後に進行した人為的・工業的な食の生産は、食材や食品を生命として捉えにくくしていたように思います。
人間中心の生産活動に対する反省から、地球全体の様々な生命体の営みを持続可能にする生産活動へと眼差しを転じていた矢先、新型コロナウイルスが「自然界の生命活動に所詮人間は適わない」と思い知らせている、そんな気がしてなりません。
これから先、私たちはどんな「生命の輪」を、「食のつながり」を築いていくべきなのか?
一人ひとりが、自分自身の頭で考えていくために、「生命の循環の源」に立つ生産者の方々の、いま現在の思いに耳を傾けたいと思います。
<3つの質問を投げかけています>
問1 現在のお仕事の状況
問2 今、思うこと、考えていること
問3 シェフや食べ手に伝えたいこと