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PEOPLE / 生産者・伴走者

大地からの声――16信用という付加価値で卵を売る。「春夏秋冬」 檀上貴史さん

2020.07.15

text by Kyoko Kita

連載:大地からの声

小田原で農業と組み合わせた循環型の自然養鶏を行っている「春夏秋冬」の檀上貴史さん。地域の未利用資源を飼料や鶏舎の敷料に活用し、鶏糞から堆肥を作って農地に還元させる。地域、鶏、檀上さん、三方良しの関係性は危機にも強いことがわかりました。



問1 現在の状況

社会情勢に左右されない自立した養鶏でリスク回避。

生産している卵や野菜は通常7割が個人、3割が卸しに回っています。新型コロナウイルスの感染拡大による自粛期間中は、卸先である保育園や病院が食事の提供を止め、レストランは休業、週1回開催のマルシェも中止になるなど、一部で売り上げが減少しましたが、代わりに通信販売や、スーパーやパン屋での店頭販売が伸び、大幅な落ち込みはないまま今に至ります。
3~5月は端境期だったため、販売できる野菜の量が元々少なかったことは幸いでした。これが収穫の最盛期だったら、影響はもっと大きかったかもしれません。

小田原という都市部に近い場所で養鶏を行っていることが、平時以上に強みになったと感じています。移動距離が短いため破損のリスクが少なく、関東圏内への発送であれば朝採れた卵を当日中にお届けすることができます。朝採れの卵を自宅で楽しんでいただけるという点も、通信販売が伸びた理由の一つではないでしょうか。

自立した養鶏を成り立たせるために、外部環境に頼らない仕組みを作ってきたことも、コロナ禍の影響を最小限に留めた要因かと思います。
一般的な養鶏場では、エサの多くがメーカー製の配合飼料や輸入飼料で賄われています。電話一本で届けてもらえるので調達の手間は省けますし、生産効率も良いのですが、それらの価格は為替や天候、原油相場などにより予測不能に変動します。
一方、私たちは、広島県産の牡蠣殻以外99%の飼料原料を車で1時間圏内から調達しています。農業残渣や事業所から出る食品副産物を回収し、発酵させるなどして飼料化しているのです。
限られた所から集中的に集めるのではなく、地域内の多くの事業者や農家と提携することで、安定的に飼料原料を確保することができていますが、季節や社会状況で調達できる量や内容に変動があるので、独自にブレンドしたり発酵させることで鶏たちの食性に合わせたり、水分を飛ばしてカサを抑えたり、長期保存が可能な状態に加工しています。

近い距離、関係性の中で飼料を調達することは、今回のような感染症が懸念される状況下でもリスクを抑えるメリットがあると思います。


問2 気付かされたこと、考えたこと

低価格化のしわ寄せは弱い者にいく。

コロナ禍によって飲食業界でも多くの方が大変な思いをされ、彼らを支えようとする新しい動きもたくさん見られた中で、一つ違和感を覚えたことがありました。

それは、苦境に立たされている生産者をあたかも“買い支える・支援する”ような文脈で、実態としては「お買い得価格」という名の買い叩きが行われていたことです。確かに、飲食店の休業などで卸し先を失い、売上が大幅に減ってしまった生産者にとって、多少値下げをしても一般消費者に多く買ってもらえるのはありがたい面もあると思います。
しかし、本当に彼らを支援しようという気持ちがあるならば、通常価格のまま、月1回の購入を週1回に増やしたり、友人に紹介したり、いつもより多く買うといったことが正しいやり方ではないでしょうか。商品の質が下がったわけでもないのに行われている値下げに多くの人が群がっている状況を複雑な思いで見ていました。

価格を下げることで、必ず誰かに、どこかにしわ寄せが行きます。飼料原料を栽培している畑の自然環境や労働環境であったり、家畜の飼育環境であったり。そのしわ寄せは、消費者よりも弱い立場の人間や生き物に向けられるのです。そして関わっている人が皆、疲弊していく。


薬剤や添加物を使わず育てた鶏の有精卵は生命力が強く、殻が丈夫で卵黄も卵白もしっかりしている。味はあっさり。


私たちの卵は1個150円。卵単体で考えれば売るのが難しい価格です。それでも買ってくださる方たちは、私たちの取り組みや社会的な意義を評価してくださっているからだと思います。
地域の未利用資源を活用することで食品廃棄を減らし、事業者のCSRの推進や従業員のモチベーション向上に繋げている。敷料と鶏糞を発酵させた堆肥は自家田畑に使うだけでなく近隣の農家にも販売しているため、農家は肥料代を抑えつつ付加価値の高い栽培ができている。また、単なる労働力としてタダ働きさせられることの多い研修生にも適正な賃金を支払い、惜しみなく考え方やノウハウを伝授し、付き合いのある事業者から紹介される耕作放棄地や後継者のいない果樹園に彼らを送り込むことで、地域経済を支える担い手を育てている……。

情報感度の高い現在の消費者に対しては、誇張やまやかしではなく、信用が何より大切だと感じています。地域社会の課題を解決する養鶏であること。広い敷地で、薬に頼らず、添加物などを含まない餌を与えて健康的に鶏を育てていること。
1個150円というのは、信用の価格と言えるかもしれません。関わっている事業者や農家、買ってくださる人、そして鶏たちは皆パートナー。一緒に未来を作っているという実感があります。



問3 これからの食のあり方について望むこと

使い切れる量から作る量を決める。



私たちが実践しているような農業と組み合わせた養鶏は、戦前まではごく当たり前のものでした。どの家庭でも畑を耕す傍ら、牛や豚や鶏の世話をしていた。乳を搾り、卵を採り、人間の残飯や食べられない野菜屑などをエサとして与え、運搬を担わせ、糞は堆肥として利用する。資源を無駄なく“使い切る”暮らしがありました。
現代人は、使い切れる量を超えて作りすぎているし、買いすぎている、そんな気がします。

現在、400~600羽を3つのグループに分けて飼育しています。産卵期間を終えた鶏を定期的に150羽ほど屠畜するのですが、食肉の販売免許を持たない私たちは、一部イベントで試食してもらう他は、ほぼ全て冷凍するなどして自分たちで食べ切っています。 使い切れる量から作る量を決める。その過程で適正価格も見えてくると考えています。たくさん稼げるやり方ではありませんが、暮らしていくには十分なのです。


週1回行われる直売会を楽しみにしている常連客も多い。檀上さんの養鶏理念や取り組みに共感し、購入を続けてくれる。



また現代社会では、暮らしから生産が切り離されてしまったことで、自分たちが口にするものについて知らないことが増えてしまったように思います。本来、卵も野菜も自分で育てなければ食べられなかったものが、お金を払って買えるようになりました。種を植える時期も、収穫のタイミングも、育ち過ぎた野菜の食べ方も、鶏の捌き方も知らないまま、手元に届くまでの工程を全て他人任せにしている。そのツケとして食品偽装のような問題も起きてしまったのではないでしょうか。

都市近郊の小規模生産者である私たちにできることは、その抜け落ちた部分をエンターテインメントとして消費者に提供することではないかと考えています。体験し、発見があれば、もっと知りたくなる。その繰り返しと広がりが、食との向き合い方を変えていくのだと思います。

檀上貴史(だんじょう・たかし)
銀行員、自動車輸出関連会社の経営者を経て2013年に新規就農、小田原で循環型の自然養鶏を行う。抗生物質や農薬、ワクチンや飼料添加物を使わず、鶏たちの生命力を育むことを大切にしている。近隣の事業所や農家で発生する廃棄資源を活用することで地域と結びつき、次世代の地域経済の担い手育成や耕作放棄地の解消にも貢献している。

春夏秋冬
http://niwatori88.com/index.html
春夏秋冬facebook
https://www.facebook.com/syunkasyuutou
檀上貴史さんtwitter
https://twitter.com/dandadanjoh






大地からの声

新型コロナウイルスが教えようとしていること。




「食はつながり」。新型コロナウイルスの感染拡大は、改めて食の循環の大切さを浮き彫りにしています。

作り手-使い手-食べ手のつながりが制限されたり、分断されると、すべての立場の営みが苦境に立たされてしまう。
食材は生きもの。使い手、食べ手へと届かなければ、その生命は生かされない。
料理とは生きる術。その技が食材を生かし、食べ手の心を潤すことを痛感する日々です。
これまで以上に、私たちは、食を「生命の循環」として捉えるようになったと言えるでしょう。

と同時に、「生命の循環の源」である生産現場と生産者という存在の重要性が増しています。
4月1日、国連食糧農業機関(FAO)、世界保健機関(WHO)、関連機関の世界貿易機関(WTO)、3機関のトップが連名で共同声明を出し、「食料品の入手可能性への懸念から輸出制限のうねりが起きて国際市場で食料品不足が起きかねない」との警告を発しました。
というのも、世界有数の穀物生産国であるインドやロシアが「国内の備蓄を増やすため」、小麦や米などの輸出量を制限すると発表したからです。
自給率の低い日本にとっては憂慮すべき事態が予測されます。
それにもまして懸念されるのが途上国。世界80か国で食料援助を行なう国連世界食糧計画(WFP)は「食料の生産国が輸出制限を行えば、輸入に頼る国々に重大な影響を及ぼす」と生産国に輸出制限を行わないよう強く求めています。

第二次世界大戦後に進行した人為的・工業的な食の生産は、食材や食品を生命として捉えにくくしていたように思います。
人間中心の生産活動に対する反省から、地球全体の様々な生命体の営みを持続可能にする生産活動へと眼差しを転じていた矢先、新型コロナウイルスが「自然界の生命活動に所詮人間は適わない」と思い知らせている、そんな気がしてなりません。
これから先、私たちはどんな「生命の輪」を、「食のつながり」を築いていくべきなのか?
一人ひとりが、自分自身の頭で考えていくために、「生命の循環の源」に立つ生産者の方々の、いま現在の思いに耳を傾けたいと思います。

<3つの質問を投げかけています>
問1 現在のお仕事の状況
問2 新型コロナウイルスによって気付かされたこと、考えたこと
問3 これからの私たちの食生活、農林水産業、食材の生産活動に望むことや目指すこと
























































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