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RECIPE

人生100年時代!「未病」を改善する食べ方とは?【生涯現役レシピ】

2022.09.08

text by Kyoko Kita / photographs by Tsunenori Yamashita

連載:生涯現役レシピ

人生100年時代に大切なのは、健康であり続けること。そして、そのための食事です。このシリーズでは、生涯現役を実現するためのヒントやレシピを紹介していきます。第1回は、国家戦略にも盛り込まれたテーマ「未病」について、慶應義塾大学環境情報学部教授 渡辺賢治先生(漢方専門医、医学博士)にレクチャーしていただきます。

目次







渡辺賢治 先生
慶應義塾大学医学部卒業。東海大学、米国スタンフォード大学、北里研究所などを経て、2001年より慶應義塾大学で漢方医学の研究および診療に携わる。

2017年の日本人の平均寿命は、女性が87.26歳、男性が81.09歳。いずれも過去最高を記録しています。

しかし、健康のまま寿命をまっとうできる人はそう多くありません。健康寿命となると、女性が74・79歳、男性は72・14歳。女性は亡くなる前の12~13年間、男性も10年弱を健康とは言えない状態で暮らしている様子が浮かび上がります。いかに健康寿命を延ばすか。それが超高齢化時代に突入した日本の課題と言えるでしょう。


【手引き1】身体の声に耳を傾ける

私は教育・研究の傍ら、慶應義塾大学病院の漢方医学センターで一般診療もしています。どうも現代人には「自分の健康は自分で守る」という意識が欠けているように感じます。

薬局が身近にあって、都市部では病院も充実していて、昔と比べて医療機関へのアクセスが格段に良くなった。その弊害かもしれません。「病院で診てもらえばいい」、自分の身体なのに医者任せ、薬頼みな印象を受けるのです。

私が専門とする漢方には「未病(みびょう)」という考え方があります。「未だ病まざる」、病気になる前の状態を指します。

たとえば、都心のオフィスで働いている女性には、冷え症、肩こり、腰痛など、常に漠然とした不調を抱えている人が多いですね。でも、健康診断では引っかからない。「寝不足だから」「飲みすぎたから」、いろんな理由をつけて放っておきがちです。しかし、その不調は身体の悲鳴であり、もしかしたら、病気の前兆かもしれません。

未病を知るとは、病気にならないように異変をキャッチすること、「自分の身体の声に耳を傾ける」ということです。

「未病改善」を健康・福祉のモットーに掲げる神奈川県では、未病を“病気と健康の間のグラデーション”と捉えて、ホームページに「未病チェックシート」(※文末の関連リンク参照)を設けています。設問に答えていく中で、未病のサインに気付き、自分の健康状態を知ることができます。みなさんもぜひやってみてください。

※神奈川県ホームページから

未病をもっと広い概念で捉えることもできます。人は生まれた瞬間から死に向かっているのだから、未病状態は赤ちゃんから始まっているという考え方です。この考えには私も賛成です。

生まれた時からと捉えると、大切になるのが食育。小学校で食育の授業をする機会があったのですが、「よく噛みましょう」と繰り返し伝えました。よく噛まないと食材本来の味がわからず、どんどん味付けが濃くなってしまう。それが生活習慣病や動脈硬化につながるからです。未病は大人、まして高齢者だけでなく、幼少期の味覚形成なども含めて考えられるものなんですね。


【手引き2】原因も解決法も生活の中にある

未病において一番大切なのは「養生」―― 生活を正して治すことです。

たとえば、腰痛や関節痛で苦しむ人には、筋力をつけるよう指導します。漢方薬も処方しますが、それはあくまで補足的なもの。漢方イコール漢方薬を飲む、と思われがちですが、主眼は身体の機能を高めることで、薬だけで解決しようとはせず、食事や運動、生活習慣などの指導を念入りにします。薬に頼らずとも、生活を見直せば済んでしまうことも多いんですよ。

漢方は全人医療なんです。病気ではなく人を見る。細胞ではなく全体を見る。どんなきっかけで症状が起きているのか、ストーリーを探ります。私はよく「漢方は推理小説」と言うのですが、時系列で辿っていくと不調の原因を突き止めることができるのです。

たとえば、頭痛を訴える患者さんがいて、神経内科でいろいろな薬を出されても治らなかった。話を聞いていくと、少し前に開腹手術をして体重がガクッと落ちたという。頭痛は、首の筋力の衰えにより頭が傾いてしまうことから生じていたんです。食欲が増す漢方薬を処方したら、体重が増え、首の筋力もついて、頭痛はなくなりました。

西洋医学的には問題がなくても、漢方的に診断がつくことはあります。雨が降ると頭が重くなる、仕事ができないほどつらいという方が、特に女性にいます。MRIでは判明しないけれど、漢方的に見ればそれは「水毒」―― 水分が必要以上に身体に溜って出てくる症状です。そんな方には、適度な運動で汗をかく習慣を身につけるようお勧めします。お酒はむくみを助長するので、控えるようアドバイスします。

高齢者では「腎虚」といって、生命エネルギーの衰退による様々な症状が出ます。足腰の弱りなど下半身の衰えが目立ちます。夜間頻尿もそのひとつで、寝不足になる人もいる。私は早めの時間にお風呂に浸かることを勧めます。湯船に浸かると静水圧がかかって、静脈やリンパの還流が良くなる。すると寝る前に水分が排泄される。そんな生活の工夫で改善される症状は少なくありません。


【手引き3】食べ物の機能に着目する

「医食同源」(本来は「薬食同源」)という言葉があります。日々食べているものに機能があるという東洋の思想です。タンパク質、炭水化物、脂肪、ビタミン、ミネラルといった栄養素で捉える西洋の考え方とは少し異なります。

漢方的な食事として「薬膳」はよく知られていますが、薬膳にも2つある。「食療」と「食養」です。食療は文字通り、治療としての食事。アトピー性皮膚炎の人は甘いものや油ものを控えましょう、といった改善を目的とした内容になります。一方、食養は万人に当てはまる食事のすすめです。

薬膳は食べ物の機能に着目した食事です。特に重視するのは、身体を温めるのか、冷やすのかという機能。羊の肉は身体を温める食べ物のひとつで、モンゴルや北海道でよく食べられるのは理に適っている。身体を冷やすのは、マンゴーやスイカなど南方の果物です。

1800年代に中国で書かれた『金匱要略(きんきようりゃく)』という医学書にすでに、そういった食べ物の働きが記載されています。身近な食材で言うと、小豆は余計な水分を身体に溜め込まない、ニラは身体を温め、解毒作用があるなど。また紫芋のように色素が強い食べ物は抗酸化作用が強い。熱帯魚がカラフルなのは、太陽の強い光を浴びても酸化が進まないよう、抗酸化作用のある色素で身体を守っているからなんですね。未病を意識して食べ物を選ぶというのが東洋の発想です。

食材の機能を覚えるのは大変ですが、特別な知識がなくても食養を実践することはできます。手がかりになるのが、二十四節気。季節に応じた暮らしをするのが古来の中国や日本の考え方で、端午の節句に粽、ひな祭りに貝など、行事食にも意味があります。旬の食材を取り入れる、そういった思想の背景となる土地の食材を生かす。たとえば海藻、野菜、魚、穀物を多く摂る日本の伝統的な食事は少なくとも日本人の身体に合っていると言えるでしょう。

とはいえ、これだけ冷暖房によって季節感が失われてしまうと、「夏にはスイカ」と一概には言えなくなってきたのも事実です。だからこそ、身体の声に耳を傾けて、身体の機能を高める食の工夫が必要なのかもしれません。

(『料理通信』2018年11月号掲載)

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