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SDGs

自然エネルギーを使い、石臼で挽き、薪で焼く。「このパンは、農家の誇りに満ちている」

フランスの“農家パン”を訪ねて

2023.09.25

自然エネルギーを使い、石臼で挽き、薪で焼く。フランスの “農家パン”を訪ねて

text by Chiyo Sagae / photographs by Yolliko Saito

麦の栽培からパン作りまでを手掛けるフランス・ノルマンディー地方のエコ・ファームを訪ねました。街のブーランジェとは異なる「農民のパン作り」を代々受け継ぐ生き方には、大地に根付いた営みと、これから進むべき道への示唆がありました。


口にするもの、ほとんどを農園内で賄う

霧雨が牧草の茂る丘を覆うかと思えば、雲間に現れた一条の光が焦げ茶色の大地と新緑を眩しく映し出す。パリの北西300km、ノルマンディーの春はむせ返るような命の息吹に溢れていた。

「バルバリー農園」はエネ一家によるエコ・ファームだ。長男セルジュ・エネがパン焼き工房〈シャント・ラ・ヴィ〉を、弟のフィリップがオーガニックレストランを、マミー(おばあちゃん)と皆が呼ぶ彼らの母が民宿を営む。彼らの基本は四季の自然の恵みと共に働き、暮らすことにある。

元はパリの貴族が小作人に任せていたという大農家の一部を、セルジュの両親が買い取った。彼らの父がリンゴを植え、ジュース、シードル、カルヴァドスをつくってきた。それらをフィリップが継承。彼は野菜を育て、豚も飼う。すべてビオだ。

これらの食材は、家族と共に働く仲間はもとよりレストランで供される。四季折々の野草や花、果物で作るシロップやジャム。木の実もパティスリー作りに欠かせない。果樹園を剪定した枝、伐採した木は、自分たちで建てる家や小屋作り、薪ストーブに使う。

セルジュの麦畑から出る藁は飼い葉に、日々の生鮮ゴミやレストランの残りも家畜の飼料に利用する。完全な「自給自足」を目指すわけではないが、口にするもののほとんどを農園内で賄う。それは、ノルマンディーの農家が代々営んできた、普通の「農家の暮らし」だ。

自然が与えてくれるものを利用し、循環させる無駄のない暮らしを実践するからこそ、彼らが選び取ったエネルギーは、太陽光発電と風力発電だ。「昔ながら」の固執でなく、「今だから」こその選択。それは、セルジュのパン作りの基本でもある。

マンディーの農家

石臼で挽く、薪で焼く

「私のパン作りの要は3つ。ひとつは薪(柴)、つまり、木を窯にくべること。自分たちの麦を石臼で挽くこと。そして、私たちの工房が風力と太陽の自家発電で賄われること」

セルジュのパン作りの大半は、窯の火(熱)を作ることに費やされる。ゆっくり炭化するまで自然木を炊き、窯の上方に木の香を移し、それがパンに宿る。セルジュの窯の内部はドーム状で、頂点の高さ90cm。父から受け継いだパン焼き窯と同じものをさらに2つ増設するため、自ら設計・施工した際には、薪の熱放射を最大限に保持する煉瓦を根気よく探した。

農園で育てる麦だけでは、年間必要とする小麦すべてを賄えない。が、彼は自ら石臼で挽くことにこだわる。「麦は生き物だから」とセルジュ。なぜなら、石臼は、挽く際に発する熱を最小限に抑えてくれるし、味の損傷も極めて少ない。加えて、パン焼きの直前まで玄麦の状態で保管できるから、香りはもちろん栄養や風味を宿す「生きた小麦」の生地になる。「小麦粉は、挽いてから8日以内にパンに焼かねば」とセルジュは、オーストリア製の石臼を2機備えた粉挽き小屋も丹精込めて手づくりした。その動力を自然エネルギーで賄うことに、彼は誇りを隠さない。

薪でなく、小枝を集めた柴を燃料に使うのがセルジュの流儀。週に4度、300個以上のパンを焼くための柴は、特定の農夫に集めてもらう。

薪でなく、小枝を集めた柴を燃料に使うのがセルジュの流儀。週に4度、300個以上のパンを焼くための柴は、特定の農夫に集めてもらう。

炭を掃き出す作業。鎌形をした長い棒や大スコップなど、代々使い続ける道具は考え抜かれた無駄のない美。

炭を掃き出す作業。鎌形をした長い棒や大スコップなど、代々使い続ける道具は考え抜かれた無駄のない美。

池に浸した麻布で窯の温度を下げる。

池に浸した麻布で窯の温度を下げる。


生き方をパンに託して

「私は農民」とセルジュは言う。「人々に、社会に、安心して食べてもらえる食べ物を作る。それが、今も昔も変わってはならない農家の仕事なんだよ」と。焼き上がりを「賞味したい」と申し出ると「焼きたてはダメだよ。これだから都会の人は!」と皆が笑う。翌朝、スライスしたコンプレ(全粒粉パン)を口に含んでようやくその理由を知る。ざらりと固いクルート(表皮)の内部はまだポソポソ、焼きたてを切れば崩れてしまうだろう。時の経過と共に水分や風味が次第に馴染んでいく、その過程を少しずつスライスしながら味わう、それが農家の日々の糧、田舎パンだ。目を見張るような焼きたての風味はなくとも、時間が経ったからと言って落ちることもない。噛み締めるにつれて甘味が広がり、粘りはないが、だからこそ染みる「滋味」がある。

「おいしさを求めることは、危険だ」とセルジュは言葉少なに言う。「口においしい」を追求し始めた時、最初はバターや卵、砂糖、ハチミツで事足りるかもしれない。が、果てには地球の裏側からでも、季節を無視しても、化学的な旨味をつくり上げてでも「さらなるおいしさ」を手に入れたいと望むだろう。そんな人間の欲望の限りなさに、彼は警告を鳴らす。それはまるで「豊かさ」という名の下に、もはや後戻りできぬと脅される現代のエネルギー問題の罠と同じではないか、と。

「パンを焼く」という行為を通して、セルジュは、彼が選んだ生き方を示す。それは、彼一人の生き方のみならず、皆の未来への意思を宿すと、パンが教えてくれる。

白くなるまで焼いた柴を取り除き、濡れた麻布で窯内の温度を下げた後、生地を窯の奥から半円状に置いていくセルジュ・エネ。窯入れ前に、ナイフでクープを入れる。

白くなるまで焼いた柴を取り除き、濡れた麻布で窯内の温度を下げた後、生地を窯の奥から半円状に置いていくセルジュ・エネ。窯入れ前に、ナイフでクープを入れる。

セルジュのパン焼き工房<シャント・ラ・ヴィ>の仲間たち。右からセルジュ、ブノワット、マルティーヌ、ルネ。夜中まで続くパン焼き作業の他、早朝近隣のマルシェでの販売やビオ・ショップへの配達も皆でこなす。ルネは工房上階の宿舎に住み、他のメンバーも週の半分はここで暮らす。

セルジュのパン焼き工房<シャント・ラ・ヴィ>の仲間たち。右からセルジュ、ブノワット、マルティーヌ、ルネ。夜中まで続くパン焼き作業の他、早朝近隣のマルシェでの販売やビオ・ショップへの配達も皆でこなす。ルネは工房上階の宿舎に住み、他のメンバーも週の半分はここで暮らす。



◎ バルバリー農園
28, rue des Fontaines Le Mesnil, Rouxelin 50000 Saint-Lô
tel. +33 (0)2 33 57 31 72
パリ、サン・ラザール駅より列車で約3時間。バルバリー農園には民宿、オーガニックレストラン「オーベルジュ・ペイザンヌ」もある。

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