365日、名水生活~福岡・うきは市~
「水源の森」が支える暮らし
2018.09.06
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photographs by Sakura Takeuchi
今も上水道の設備を持たず、豊かな地下水と湧水が人々の暮らしを潤す福岡県・うきは市。「名水百選」、「水源の森百選」などの名所を持つ水のまちです。自然の恵みに胡坐をかくことなく、森林保全活動を続け、源水が育む名品は、新しい世代へと引き継がれています。
「名水百選」と「水源の森百選」に選ばれたまち
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湧水(きよみずゆうすい)は「清水寺(せいすいじ)」の敷地内にある。
清水寺(せいすいじ)の門をくぐるとすぐ、山の木々に守られるようにして池がある。清水湧水(きよみずゆうすい)だ。底の小石がはっきりと見えるほど水は透明で、しばらく水面を見ていると、水紋があちこちで静かに広がる。水が湧いている証だ。
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清水湧水は、柄杓で水を汲むスタイル。1日700トンの水が湧くと言われる。
後ろからポリタンクとペットボトルを抱えきれるだけ手にして男性が一人やってきた。手前の賽銭箱にお金を入れて拝むと、すぐ横の水際まで下り、寺が用意している柄杓とじょうごで、目の前の池から水をすくって、持参の容器に詰め始めた。
「私は月に2回くらい。宗像(むなかた)から来ました」
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酷暑の夏でも清水寺の門を一歩入れば、暑さがすぐに引き、みるみる体がリラックスしていく。
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清水湧水の池を覆うのは山の木々たち。健やかな空気に包まれた水を飲めば、体にスーッとしみ渡り、細胞の隅々まで元気になる。定期的に水を汲みに来る市外の人の気持ちがよくわかる。
水を汲みにやってくるのは、地元うきは市の住民より市外の人が多い。市内では、同じ水系の地下水が水道水として飲めるからだ。うきは市には現在も上水道の設備はなく、水道代はゼロ。清水湧水は1985年、環境省の名水百選に選ばれ、うきは市にかかる耳納(みのう)山系の森も、林野庁の「水源の森百選」に入るほど、清らかな水に囲まれている。
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民家の前や畑の横など、いたるところに用水路が流れ、人々の暮らしを潤す。
水に恵まれたうきは市は、果物の一大産地でもある。桃、ナシ、イチジク、ブドウ、柿、イチゴ……中でも水分をたっぷり抱えた夏のフルーツの代表と言えば桃だ。
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「桃の木はデリケート」と話すのは赤司(あかし)農園の赤司直紀さん。「乾燥には強いけれど、日焼けには弱い」。日光に当たりすぎると、木が枯れることもあるという。水はけがよいよう、木は高畝にして植えられ、夕方には毎日2、3時間水を播く。夏の強い日差しから桃の実を守り続けた葉は、夕方近くになるとぐったりしおれている。その葉がみるみる生き返る姿は、赤司さんが水の大切さを痛感する瞬間だ。
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赤司農園の赤司直紀さんは栽培歴16年の41歳。桃だけで20品種栽培している。夏は桃、秋は柿の出荷に追われる赤司さんのモットーは「仕事は楽しく」。
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預かった耕作放棄地に花モモの木を植え、年一回の花見会場にしてみたり、自家製の桃シロップで作ったかき氷をお祭りで販売したりと、ハードな農作業の合間を縫って新しい試みにも果敢にチャレンジしている。
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桃畑に水をまくのは夕方。夕立がその役割を担う日も。
箱入り娘のように大切に育てられた桃は、皮を剥くそばから甘い果汁がしたたり落ちる。太陽と水がバランスよく実を結んだ、桃農家の汗の結晶だ。
豊かな水量が支えるうきはの名品
日本の醸造文化は水が育んだと言っても過言ではない。味噌も醤油も日本酒も、米や大豆を水で洗い、浸して、蒸して、ようやく発酵の工程に入ることができる。訪れたのは盛夏。9月から再開する仕込みに向けて、従業員は蔵の手入れに汗を流していた。
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純米吟醸「棚田米 夢づくし」は全国棚田百選にも選ばれているつづら棚田の食米を使用。蔵には潤沢な水が溢れ、盆地の暑さを一時忘れさせる。「緑茶でも違いはわかりますよ。上水道は冷めると赤茶けた色になるけど、この水で淹れると色が変わらない」と渡辺貞夫杜氏。
「いそのさわ」の杜氏、渡辺貞夫さんが蔵の中にある3つの井戸を回りながら、「道具やボトルの洗浄、タンクを冷却するのも水の役割です。見えないところで、大量の水が必要とされるのが酒造り。つくづく恵まれた土地だと思います」。
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住まいが隣町という渡辺さんは、うきは市の水を「きれいな水」と表現した後、こうつけ加えた。「やわらかいとかねっとりとは違う、さっぱりとした水ですね」。
うっすら黄金色を帯びた「夢一献」と「棚田米 夢つくし」は、うきは産の米で醸した純米酒と純米吟醸。さっぱりとした水が、米の旨味を素直に引き出し、体にスーッと吸い込まれていく。その飲み心地は、清水湧水で浴びた澄んだ空気を彷彿とさせた。
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うきは市で立ち寄りたいスポット
◎ 清水寺
福岡県うきは市浮羽町山北1941
☎ 0943-77-2265
JR久大本線うきは駅より車で10分
◎ いそのさわ
福岡県うきは市浮羽町西隅上1-2
☎ 0943-77-3103
8:15~17:15
蔵見学は予約制、購入はいつでも可
JRうきは駅より徒歩5分
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