「いつも」と「もしも」で大活躍。これからのキッチンカー構想
―災害時の食と栄養―4
2022.08.23
写真提供:「月夜のキッチン」プロジェクト
text by Kyoko Kita / photographs by Hiyori Ikai
連載:災害時の食と栄養
目次
- ■調理環境と可動性を併せ持つキッチンカーが食の脆弱性を小さくする
- ■災害支援には平時からのコミュニケーションが不可欠
- ■コンテンツを自在に変えられるキッチンカーを真ん中にしたコミュニティ作り
- ■おいしくて楽しいから売れる、広がる。“結果的に”防災に繋がる
- ■キッチンカーがいつでも支援する側に回れるように
2020年8月から2021年8月にかけて全5回でお届けしたシリーズ「その時、どう生きるか。―災害時の食と栄養―」を再掲載します。災害時の状況や、日々の暮らしの中で実践できる備えについて、“食”を切り口にお伝えします。
「備えられない」ことを起点にした、新しい防災の考え方である「フェーズフリー」。
「日常時=いつも」と「非常時=もしも」という時間軸に関わらず生活の質を向上させ、私たちの生活や命を守っていこうとするアプローチです。
本シリーズでは、災害時に起きている食と栄養の課題を、このフェーズフリーの発想で解決できないかと、提唱者である佐藤唯行さんと料理人の掛川哲司さん、そして災害時の食と栄養の課題解決に取り組む「食べる支援プロジェクト(たべぷろ)」の事務局を務める公益財団法人味の素ファンデーションの齋藤由里子さんと共に考えてきました。
議論を重ねる中で出てきたアイデアの一つが、キッチンカーの活用。日常にも有事にも価値を発揮するキッチンカーとは? 料理通信社主催“食×SDGs”ウェビナーでのトークセッションで、その可能性を探りました。
調理環境と可動性を併せ持つキッチンカーが食の脆弱性を小さくする
齋藤:災害時の食と栄養の課題解決にキッチンカーが有効ではないかというアイデアは、2年ほど前から温めてきたものです。質の高い災害支援が進むイタリアでは、被災当日にキッチンカーが出動し、出来立ての食事がふるまわれます。一方、日本で配られるのは、菓子パンやおにぎり、缶詰などカロリー重視の簡易的な食事。炊き出しが始まるまでのあくまで“つなぎ”であるはずが、炊き出しはなかなか始まりません。
大量調理のスキルや食品衛生に関する知識を持っている人が少ないこと、避難所となっている体育館などの調理環境が整っていないこと、調理室があっても被災してしまっていて復旧に時間がかかることなどがその理由です。加えて、在宅避難している人も多く、避難所で炊き出しが始まっても届けることができません。結果、簡易的な食事が何日も続き、便秘などの体調不良を訴える人も出てきてしまうのです。
そんな中、2019年の台風19号で被災した宮城県丸森町では、地域と災害支援の専門団体、行政の連携でキッチンカーが出動し、被災者に温かい汁ものが配られました(※詳細はシリーズ第1回にて)。キッチンカーなら調理環境は揃っていますし、料理人さんを乗せてどこにでも自由に移動できる。「これは使える!」と思いました。ただ、防災対策だけの使用ではコストがかかりすぎるし、慣れとメンテナンスの意味でも日頃から使っている必要があります。災害時のために行政やボランティア団体がキッチンカーを用意しておくというより、平時はビジネスとして活用しながら、災害時にも支援できるようにしておくというのが理想のように思います。
佐藤:フェーズフリーの観点から言っても、キッチンカーは面白いツールだと思います。災害は、地震や台風といった“危機”と、社会の“脆弱性”が重なったときに起こります。危機はコントロールできないけれど、脆弱性を小さくしておくことで、災害も小さくすることができる(※詳細はシリーズ第3回にて)。
※文末にシリーズ一覧があります。ご参照ください。
災害時に食の質が低下するハード面の要因は主に3つあると思います。調理環境がダメになる、流通が途切れる、水道・電気・ガスなどのライフラインが寸断する。キッチンカーなら調理環境は整っていますし、ライフラインもある程度確保できる、もしくは供給を受けやすい。どこにでも移動できますから、被災地の外から食材を持ち込むこともできますし、自ら生産者や販売者のもとに車を走らせて食材を調達することもできる。既存の流通システムが壊れてしまっても、臨機応変に食の循環を描くことができそうです。これはまさに食の脆弱性を小さくしていることになります。
災害支援には平時からのコミュニケーションが不可欠
掛川:確かに、調理環境、流通、ライフラインはキッチンカーで解決できそうですね。しかし実際に機能させるためには、もう少し仕組みが必要だと思います。僕は東日本大震災の時、東京でレストランをやっていて、食材もありスタッフもいるのに、何もできずに歯がゆい思いをしました。どこで誰が困っていて、何が足りないのか、自分に何ができるのか、何をしていいのかわからなかった。キッチンカーはアクセルを踏めば前に進めます。でも持っているだけではやっぱり動けない。情報を得られなければ、あの時と何も変わらないのです。
仮に被災地に入れたとしても、普通のキッチンカーが積める食材の量は限られています。たくさん食材を積んで運ぶのが難しいなら、現地で調達するしかない。そのためには、日常的に地域や行政、生産者とコミュニケーションをとっていて、ある程度の人間関係ができている必要があると思います。
料理通信:その通りだと思います。日頃から行政を含む関係者と連携していないと、いざという時に栄養バランスの取れた温かな食事をスピーディに届けることができません。この連携を仕組み化するには、平時はビジネスとして成立しつつ、地域課題も解決できるようなキッチンカーであることが大事なのではないでしょうか。ここに、齋藤さんのキッチンカー構想をもとに、キッチンカーの新しい可能性の一例を図式化してみました。いかがでしょうか? フェーズフリーの考え方を手掛かりに、足りない視点を補っていければと思います。
コンテンツを自在に変えられるキッチンカーを真ん中にしたコミュニティ作り
佐藤:地域の中でいろんな組織が連携していることは、食料供給という観点だけでなく、「災害に強い地域」を考える上でも非常に大切だと思います。災害を小さくするには、社会の脆弱性を小さくしなければいけないとお話しましたが、社会の脆弱性はコミュニケーションによってかなり小さくすることができます。地域を日頃からコミュニケーションの活発なコミュニティにしておく。ゆるやかな繋がりの中で、課題を共有し、連携して解決する仕組みが平時から整っていれば、災害時にも変わらず機能するはずです。まさに、フェーズフリーな地域コミュニティですね。
掛川:フェーズフリーなキッチンカーが可能にする機能を「コミュニケーション」と捉えると、連携する相手や一緒に解決する課題は、どんなものでもよいと思います。むしろ、連携する相手や課題を固定化せず、いろんなコミュニティと繋がりを持つことの方が大事。コミュニティごとに抱えている課題は違いますから、その解決に何らかの形で寄与する料理を商品として提供していけばいいわけです。そういうことができるのは、コンテンツを自由自在に変えられるキッチンカーの強みでもありますよね。
たとえば、スーパーなど小売店と組んで「(流通の過程で)キズが付いた野菜を使った弁当」を地域に住む人たちに売ることもできるし、病院と組んで「糖尿病患者と家族が一緒に楽しめるフレンチ」や、漁協と組んで「廃棄していた雑魚のフリット」を売ってもいい。あるいは農協の婦人部と組んで、「おばあちゃんたち自家製の漬物を使ったクレープ」を売るのもありかもしれない。コミュニティに対する愛着を生み出すことも地域の連携を強めることに繋がるし、購買意欲も刺激すると思います。
佐藤:平時から既存のバリューチェーンを飛び越えて、いろんなコミュニティと組んで、課題を共有して、解決する。その積み重ねがより大きなコミュニティを形作り、災害時に力を発揮していく。
齋藤:キッチンカーが触媒になって、本来接点のなかった地域内のコミュニティを繋げることができる、というわけですね。それはまさに、おいしい食の提供を、「目的」にするだけではなく、人と人を繋ぐ「手段」として活かすということ。当財団の、東日本大震災の被災地における8年半の復興応援活動でも、食が持つ「人と人を繋ぐ力」を実感していますので、とても共感できます。
掛川:はい。キッチンカーには固定店舗にはない特性があります。それは、自由に移動できて、コンテンツを自在に変えられること。だとしたら、食を提供する以外にもできることはたくさんあるはずです。平時からキッチンカーを真ん中にしたコミュニティを作り、その地域を災害に強い場所にしておく。そして災害が起これば炊き出しの拠点になると同時に、地域のコミュニケーションの拠点にもなる。こうしてフェーズフリーの発想でキッチンカーを考えてみると、従来のキッチンカーにはないプラスαの機能や価値を持たせることができますね。
おいしくて楽しいから売れる、広がる。“結果的に”防災に繋がる
佐藤:持続可能な仕組みにするには、ビジネスとして成立させていくことも非常に重要ですよね。災害時のことを考えると行政との連携はおそらく必須ですが、税金を使って回す仕組みには限界があります。
掛川:以前、フェーズフリーな物の具体例として、佐藤さんが「プリウス」の話をしてくださいましたよね。プリウスは便利でかっこいいから売れる、それが災害時には電源になる。キッチンカーもプリウスみたいな存在であることが大事ではないかと思うのです。おいしくて楽しいから売れる。そこに地域の課題を情報として添えることで、おいしいものを食べたい人だけでなく、お腹は空いていないけど、その課題に関心がある人や、キッチンカーの取り組み自体を応援したい人も巻き込むことができる。災害時には、そうした地域や社会に対する思いの強い人たちも含めたコミュニケーションのハブとしてキッチンカーは機能する。
佐藤:フェーズフリーは「防災は大事だとわかっていても、備えられない」という現実から生まれた発想です。キッチンカーも非常時のための防災ではなく、日常の課題を解決できるものであることに意味があると思います。それが“結果的に”防災になっていた、というのが大事。
掛川:正直、防災を強く打ち出しても拡がらないと考えています。ビジネス的視点で考えると、企業が料理人とタッグを組んでこうした取り組みを進めるのも良いのでは。儲かれば広がるし、楽しければみんなやりますよね。「社会課題を解決する企業」としてイメージアップにも繋がると思います。
キッチンカーがいつでも支援する側に回れるように
齋藤:食べる支援プロジェクト(たべぷろ)としては、全国どこで災害が起きてもおかしくないのに支援の担い手は全然足りないので、とにかくたくさんキッチンカーを走らせたい。掛川さんが考えるキッチンカーは、平時でのビジネスの可能性を示唆した素晴らしく画期的なアイデアですが、例えばシンプルに「おいしい、身体によい食事を届けたい!」など違うタイプがあってもいい。いろんなキッチンカーがあるとお客さんとしても楽しいですし、支援の幅を広げることにもなります。
そして、どんなタイプのキッチンカーでも災害時に支援する側に回れるよう、「たべぷろ」では今、「災害時の食と栄養支援の手引き」を作っています。掛川さんが東日本大震災の時に悔しい想いをされたように、支援したくても動き方がわからないという料理人や飲食事業者は多くいらっしゃると思います。そこで、災害現場にはどんなプレイヤーがいて、どこと連携して、どんな風に動けば、適切な形で被災者に食を提供できるのか。プロジェクトメンバーの栄養や災害支援の専門家の知見を活かし、災害時の食にまつわる様々な情報を網羅的にまとめています。1台に1冊、この手引きを常備していただきたい。さらに、キッチンカー協会などと連携して、日本列島を地域ブロックに分けるなど、全国のキッチンカーを組織的につなげる仕組みを作れると、災害時、さらに効果的な支援ができるのではないかと考えています。
現状の行政支援やボランティアには限界があります。ですから、この議論の記事を読んで下さった方の中から「キッチンカー、自分もやってみようかな」という人が現れてくれたら嬉しいです。私自身も、さらに色々な人に働きかけて、キッチンカー構想を実現に向けて走らせていきたいと思います。
食べる支援プロジェクト(たべぷろ)や公益財団法人 味の素ファンデーションでは、災害時の食の課題解決につながる平時からの仕組み化のため、自治体や民間企業が手掛けるキッチンカーを活用した事業との連携や共創についての模索を重ねています。
<*TOP写真:「 月夜のキッチンプロジェクト 」について>
キッチンカーを活用した共働き世帯への食支援活動で2020年度グッドデザイン賞受賞。三井不動産レジデンシャル株式会社、三井不動産レジデンシャルサービス株式会社、RIS Design and Management株式会社による協働事業で、キッチンカーを活用した持続可能なビジネスモデルとして高く評価されている。
【以下は終了しました】
*ただいま「 フェーズフリーアワード 2021 」参加者募集中。日常時にも非常時も活用できるモノやサービスを利用することによって、誰もが安心して豊かに暮らせる社会を目指し、今回のキッチンカー構想のようなアイデアから、すでに世の中に存在する事業モデルまで幅広く募集しています。ご興味ある方はぜひサイトをチェックしてみてください。
◎au deco(オデコ)
東京都渋谷区恵比寿2-23―3
☎03-6721-9218
(料理通信社は「SDGメディアコンパクト」加盟メディアとして、食の領域と深く関わるSDGs達成に繋がる事業を目指し、メディア活動を行っています)
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