サバイバルレシピ13 長野・木曽「すんき」
ヨーグルトに匹敵する乳酸菌が!塩を使わない漬物
2023.02.27
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text and photographs by Mikiko Tamaki
連載:サバイバルレシピ
食糧難、災害時をどう乗り越える?
人口爆発による食糧難や自然災害で、これまで当たり前にあった食物が手に入らなくなったとき、求められるのは限られた資源でサバイブする「生きる力」です。日本各地に残る保存食、発酵食、郷土食に、自然の恵みを無駄なく食べつなぐためのサバイバル・テクニックを探ります。
目次
「米を貸しても塩貸すな」 山村の知恵が生んだ発酵食
長野県の南西部、御嶽山のふもとに位置する木曽地方。周囲から隔絶されるかのように、入り組んだ山懐にあるこの地では、木工に織物、祭りなど独自の文化が多様に育まれ、受け継がれてきた。
なかでも注目を集めているのが、300年以上の歴史があると言われる漬物「すんき」。「漬物」といっても塩など一切の調味料を使わず、地域の在来品種であるカブの葉、茎などに付着する自然界の乳酸菌を増殖させて作る、世界でも例の少ない無塩の漬物だ。
乳酸発酵特有のふくよかな香りと酸味、シャキッとした茎の食感も心地よく、料理に合わせればさわやかな風味を添えてくれる。近年、ヨーグルト並みに乳酸菌を豊富に含むことがわかってくると、その健康効果にあやかろうと地域外にも“すんきファン”の輪が広がっている。
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地元そば店の人気メニュー「すんきそば」。たっぷりとのせられたすんきが、温かいそばにさわやかな酸味と旨味を添えてくれる。
「米を貸しても塩貸すな」。そんな言葉が伝わるほど、海から遠く、塩が貴重だった木曽地域。この地ですんきは、長い冬の間、塩を使わず野菜を保存して食べつなぐ暮らしの知恵として受け継がれてきた。原料は「開田(かいだ)かぶ」「黒瀬かぶ」「王滝かぶ」といった「信州の伝統野菜」に認定された在来種の赤カブ6品種のみが用いられる。地域の風土が生みだした食文化であることと長い歴史が評価され、すんきは「地理的表示(GI)保護制度」の認定商品になっている。
カブの葉が漬け頃を迎える11月から12月上旬にかけて、加工場や各家庭での漬け作業が冬の風物詩となっている。
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すんきの原料、木曽の在来種カブ「開田かぶ」の畑(写真上)と、収穫したカブ(写真下)。
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霜にあたって葉の色が変わり、クタっとしたものが漬けるのに向いている。
おひたしに汁物に、塩味と合わせて楽しむ
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すんき2種(写真右、中央)と、開田かぶの甘酢漬け(写真左)。すんきには、かつお節、醤油をかける。
無塩の漬物であることから、減塩効果が注目されることも多いが、地元では塩味を加えて食べるのが一般的。「かつお節と醤油をかけておひたし風にしたり、そばや味噌汁に入れたり、雪に閉ざされる冬の間の“野菜”の役割として使われてきたんですよ」と説明してくれたのは、すんき歴40年を超えるベテラン、野口廣子さんだ。
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野口廣子さん。農産加工グループ「夢人市(むじんいち)」代表。すんきの製造販売を行うほか、すんき研究の中心的存在であり、体験講座の講師を務める。
「すんきを漬けるようになったのは結婚してから」と野口さん。年を重ねるほどにすんきに魅せられ、地域でその研究が始まると中心メンバーの一人に。移住者への指導も親身に行う、伝道師的存在だ。
「なぜこれほど続けていられるかと聞かれたら、やっぱり自分が漬けていて楽しいからです。例えば、カブ菜を湯通しする温度ひとつとっても、熱すぎれば菌が死んでしまうし、低すぎてもうまく発酵しない。その頃合いをはかるのがむずかしくて、面白い。素材も気温も毎回違うから、『こうすればよし』と決まりきったマニュアルにはできないものなんです」
実は過去には、すんきが衰退しかけた時期があったそうだ。「昔はどこの家庭でも漬けていたけれど、作る人が少なくなって。再び注目が集まってきたのは、地域で『すんきコンクール』を始めた1995年頃から。今も作り手の高齢化は進んでいますが、最近は移住してきた若い方が熱心に取り組んでくれたり、地域外の方が楽しみに待っていてくれるのも、うれしいですね」
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NPO「ふるさと交流木曽」塩澤郷子さん(写真左)と。20年前に木曽へ移住した塩澤さんは、野口さんら先輩から学び、すんき作りを習得。今では野口さんのよき“漬物仲間”だ。
こうして300年続く食のバトンを受け取り、実践を続ける木曽の人々。作り手としてだけではなく食べ手としても、冬の暮らしにすんきは欠かせないという。「体に良い、と言われていますが、実際食べていても納得です。食べると体調が良くなるから、冬が来ると『ああ、うれしいな、早く食べたいな』と、すんきの旬が待ち遠しくなります」
温度変化で多様な乳酸菌が活発化 「すんき」の作り方
野口さんにすんきの作り方を教わった。「上手に漬けるコツは『素早く、手際よく』です」。「長漬け」と呼ばれる葉を切らない漬け方もあるが、葉を刻む「切り漬け」なら、24時間後には食べられる。
「昔は木桶でしたが、最近は扱いやすさから発泡スチロールやプラスチックの容器に漬ける人が増えています。いずれも、容器の中で少しずつ温度が下がっていく過程で温度帯ごとに複数の乳酸菌が活発化し、増えてくる。これが、すんきにたくさんの乳酸菌が生きている理由だそうです」
[材料]
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カブの葉・茎・・・適量
すんき(出来上がったもの)・・・適量
[作り方]
[1]カブの葉、茎を洗う
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カブの葉を根元で切り落とし、よく洗って泥などの汚れを落とす。
[2]葉、茎を刻む
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葉、茎を細かく刻んでザルに上げる。
[3]果肉の上部を刻む
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茎の付け根、果肉の上部分を細かく刻んで加える。「自然の乳酸菌を多く含み、すんきをおいしくする大切な部位です」。後で使う分を少し取り分けておく。
[4]熱湯にくぐらせる
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3のザルの下にボウルを置き、上から熱湯(60℃程度)を注ぎ、全体をさっとくぐらせる。「『手は入れられないけど、触れるくらい』を目安に適正温度を感じとります」
POINT:菌を殺さず、かつ、容器に移したときに発酵を促進する温度。
[5]容器に移す
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発砲スチロールの容器にビニール袋を広げる。小さいザルで4をすくい、手早く移す。空気を抜くように押さえて詰める。
[6]すんきを加える
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出来上がったすんきを加え、3で取り分けていた果肉を上に散りばめる。保温のため、60℃の湯を全体にかける。
POINT:果肉の色の変化で漬かり具合がわかるので表面にのせる。
[7]密閉して24時間おく
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全体を押して空気を抜く。ビニール袋の空気をしっかり抜いて口を閉じ、発泡スチロールの蓋をして24時間おく。
POINT:保温状態が続くことで発酵が進む。
[8]完成
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24時間後。葉と茎の緑色があせ、果肉が色づくのが目安。
【動画をcheck!】「すんき」の作り方
<すんきのおいしい食べ方>
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コワーキングスペース・シェアキッチン「ふらっと木曽」西尾絵里子さんおすすめの食べ方は、「すんきみそ汁」。だし汁に味噌を溶き、刻んだすんきを加えてできあがり。
<すんきを購入できる場所>
塩、酢、醤油など調味料等を使用した類似品に注意。
◎ふるさと体験 木曽おもちゃ美術館
長野県木曽郡木曽町新開6959
☎0264-27-1011
※予約販売
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◎すんき取り扱い事業所
※以下「関連サイト」を参照。
玉木美企子(たまきみきこ)・・・東京都出身の編集・ライター。2014年に南信州に暮らしと仕事の拠点を南信州へと移し、全国各地の食・農・暮らしにまつわる取材や企画編集を行なう。2020年よりDMO「長野伊那谷観光局」アドバイザーを務めるなど、地域の観光広報活動等にも積極的に関わっている。
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