HOME 〉

JOURNAL / JAPAN

日本 [鹿児島] 食の文化遺産巡り

豊かな海に囲まれた焼酎杜氏の里南さつま

2018.02.06

(左)金峰町のサツマイモ畑では、黄白色のコガネセンガンが、山のように積み上げられていた。(右)契約農家から仕入れたコガネセンガンは、鮮度のよいうちに洗浄し、手作業でていねいに端や傷んだ部分を切り落とす。

食の世界遺産に指定したい名店から、地元に愛される日常の食まで、日本各地に息づく食の文化遺産を巡る旅。今回は鹿児島県南さつま市を訪ねます。

焼酎が旨いから、醤油が甘くなった

南薩の霊峰・金峰山に見守られ、青々とした葉を風に揺らす一面のサツマイモ畑。ここは薩摩半島の西南端に位置する、鹿児島県南さつま市金峰町だ。訪れた10月は、焼酎の原料となるサツマイモ、コガネセンガンが収穫の最盛期。ぷっくり育ったイモが収穫機で次々に掘り起こされていた。

(左)金峰町のサツマイモ畑では、黄白色のコガネセンガンが、山のように積み上げられていた。
(右)契約農家から仕入れたコガネセンガンは、鮮度のよいうちに洗浄し、手作業でていねいに端や傷んだ部分を切り落とす。


サツマイモが収穫されれば忙しくなるのが、焼酎の蔵だ。明治38年から地元のイモと水を使って焼酎を造り続ける「櫻井酒造」では、一日におよそ3トンのイモを仕込む。一つひとつ手作業でイモの両端や傷んだ部分を切り落とし、国産の米・ヒノヒカリの麹で作ったモロミと、やわらかくクセのない金峰の地下水とともにタンクの中へ。

(左)蒸溜タンクから原酒を取り出す、「櫻井酒造」櫻井弘之さん。タンクから漏れ出す蒸気が、焼き芋にも似た甘い香りを漂わせる。サツマイモが収穫される9~11月に、一年分の焼酎を一気に仕込む。
(右)黒麹仕込みの焼酎の原酒。辛口でキレがあるのが持ち味。右は、黒麹仕込みの「黒櫻井」(720ml・1400円)。左は、白麹仕込みと黒麹仕込みの焼酎をブレンドした「金峰櫻井」(720ml・1230円)。


約8日の発酵を経て蒸溜すれば、キレよく旨味のある焼酎ができあがる。「まず大切なのはいい材料を使い、惜しまずイモを削ること」と話すのは、櫻井酒造3代目であり、杜氏の櫻井弘之さん。「選別の際に1割〜1割強は切り落としてしまいます。そうすることで雑味がなくなり、きれいでクセのない焼酎ができあがるんです」。

◎ 櫻井酒造
鹿児島県南さつま市金峰町池辺295
☎ 0993-77-1332




(左)人気商品3品。右から「白だし」(680円)、「濃口醤油」(560円)、「なごみ酢」(560円)。
(右)大正時代建造の石蔵を背に、前列右から時計回りに12代目の吉峯幸一さん、奥様の睦子さん、13代目の宮本慶子さん、専務の吉峯信吾さん、製造担当の宮本幸彦さん。


こうした薩摩伝統の辛口の焼酎に合うのが、この地ならではの甘口の料理だ。料理はもちろん、刺身に使う醤油だって、甘くて旨い。「おいしいでしょう? それはね、密貿易によって鹿児島には古くから貴重な砂糖があったから」と、輝くような笑顔を向けた加世田の醤油蔵「丁子屋」12代目で会長の吉峯幸一さん。享保20年創業の廻船問屋をルーツとするこの店は、かつては江戸や大阪から琉球までを結ぶとともに、藩命によって中国や南方とも交易し、各地の特産品を船で運び入れていた。それらと南さつまの良質な水を原材料として用い、造り始めたのが甘味のある醤油というわけだ。


今も現役の石蔵。



生揚げ醤油にアミノ酸液を混ぜ、塩や氷糖蜜、上白糖を加えて、温度変化の少ない石蔵で寝かせた伝統の醤油は、コク深く香り豊か。「うちのお醤油じゃないと、どうも駄目なの。料理の味が違ってしまって」と、困ったように微笑む奥様の睦子さん。歴史とともに家族で大切に守り継ぐ、自慢の味だ。

◎ 丁子屋
鹿児島県南さつま市加世田唐仁原6032
☎ 0993-53-2711
8:00 ~19:00 日曜、祝日、第2または第4土曜休
http://chojiya.com




作り方は家ごとに違う おおらかな郷土の味

ハウスに立つ、清木場果樹園の清木場真一さん。キンカンの収穫は1月~3月。皮に油胞が上がり、紅色が差したら完熟の目印。




時計塔のある閉校した小学校を改装した工場で作られていたのは、艶やかな黄金色が美しいキンカンのジャムやコンポートだ。津貫(つぬき)で3代に渡って柑橘類を栽培する、「清木場(せいこば)果樹園」園主の清木場真一さんが有機肥料で育てた完熟キンカンを使い、2003年から加工を始めた。「農家は加工品を作っても、売り方がわからずに失敗する人が多い。そうならないよう、異業種交流でいろいろな人にアドバイスをもらい、商談会にも参加して販路を広げてきました」と、清木場さん。


ジャムのほか、コンポートや「きんかんゆず茶」、「金柑しょうが茶」(以上各650円)も。



その根底にあるのは、自然の恵み豊かな故郷への愛情と先祖を敬う気持ち。甘味を抑え、完熟キンカンの清々しい香りとまろやかな果肉を生かしたジャムやコンポートは、今や日本全国に流通する人気商品となっている。

◎ 清木場果樹園
鹿児島県南さつま市津貫10660
☎ 0993-55-3260
10:00 ~16:00 土曜、日曜、祝日休
http://seikoba.com/

その津貫で、とっておきのご馳走として愛されてきた郷土料理が、といのずし(鶏のぞうすい)だ。「ひと昔前までは鶏も珍しかったから、お正月や地元の行事、お客さんがあると、卵を産まなくなった鶏を潰して〝ずし〟にしたんですよね」と話すのは、その味を作り継ぐ仮屋美恵子さん。鶏肉に味噌やショウガを加えて煮た汁を米に加え、醤油やみりん、砂糖を足し、ほぐした鶏肉やショウガも加えて炊き上げる。「家によって味や加減は違うから、てげてげ(適当なところ)でね。うちは鳥刺しも入れるし、甘いんですよね。お父さんが好きだから」

(左)といのずしを作ってくれた仮屋美恵子さん。
(右)味噌風味の鶏の水炊きだけでなく鳥刺しも加えて炊き上げた、仮屋美恵子さん特製といのずし。汁を含んだやわらかいご飯から、鶏の旨味がじゅわっと広がる。




ずし用の汁を取って残った味噌風味の鶏の水炊きは、さっと炒めたタマネギやニンジン、ニラ、ネギを加え、煮立たせて「味噌転がし」に。野菜の甘味が鶏肉と混じり合う。




一方、お茶の時間に欠かせない菓子といえば、泡立てた卵白に小麦粉や砂糖、重曹を混ぜて蒸篭でふっくら蒸したふくれ菓子。町内に住む女性たちが運営し、味噌やジュース、ジャムなどを手作りする「大浦町農産加工組合」でも、ふくれ菓子は看板商品だ。「今の若い人は作らないけれど、昔は各家庭でおばあちゃんやお母さんが作ってくれた懐かしい味。もっと食べてほしいな、と思いながら守り継いでいます」と、代表の下村はるみさんは話す。口に入れればふんわりしながらもほどよい弾力が感じられ、やさしい甘味がじわじわと。愛情あふれる素朴な味わいに、自然と笑顔がこぼれ出た。

(左)下村はるみさん(中央)を代表に、町内の7人の女性が運営する「大浦町農産加工組合」。地元の農作物を使った加工品を手作りし、県外にも発送する。
(右)ふんわり蒸して、切ってお茶と一緒にどうぞ。定番は、黒糖風味のふくれ菓子。蒸篭を重ねずに上部を広く空けて蒸すことで、蒸気がよく抜けてふっくら仕上がる。このほかココア風味や、季節限定のヨモギ風味、青切ポンカン&キンカン風味も。


◎ 大浦ふるさとくじら館
鹿児島県南さつま市大浦町29423
☎ 0993-62-2120
8:30 ~17:30無休(年末年始を除く)



Column 南さつまの水と気温が育むウイスキー

温暖な気候の南さつまにありながら、盆地状の地形で夏と冬の寒暖差が大きい津貫。軟水の蔵多山湧水にも恵まれたこの地で、2016 年に本坊酒造株式会社によって立ち上げられたのが、本土最南端のウイスキー蒸溜所となる「マルス津貫蒸溜所」だ。目指すのは、温暖湿潤な南国ならではの重厚で力強く、ボディ感のあるウイスキー造り。初溜釜は群馬県高崎市の三宅製作所が製作した、つるんとした形状のオニオンスチルを使用している。

「マルス信州蒸溜所とは異なる設計の蒸溜釜で、重い酒質を造るのに適しています。ラインアームも下向きにして、雑味まで余すことなく原酒に閉じ込める構造。温暖で熟成が早い分、原酒が重くないと樽の成分ばかりが主張してしまうので、バランスを取るのが目的です」と話すのは、製造責任者の草野辰朗さん。樽も津貫の気候に適したものは何かと模索し様々なタイプの樽を使い分けているという。
アルコール度数約60%になるまで加水し、樽詰めされた原酒は石蔵で熟成。味わえるようになるのは約3 年後で、東京オリンピックが開催される2020 年に、津貫生まれ・津貫育ちの最初のシングルモルトがリリースされる予定だ。温暖な気候ゆえ“天使の分け前”(目減り)は、冷涼な地域に比べて約2 倍の年間6%に及ぶといい、「津貫の天使は大酒飲み(笑)。仕込んだ原酒が樽と戦いつつ、どのようなパンチやクセのあるウイスキーになっていくのか、楽しみです」。

醸造責任者の草野辰朗さん(写真)を含め、ウイスキー造りに携わるスタッフ3人は全員20代。




◎ 本坊酒造 マルス津貫蒸溜所
鹿児島県南さつま市加世田津貫6594
☎ 0993-55-2001
9:00 ~16:00 無休(年末年始を除く)
www.hombo.co.jp



新天地を求めて、海に囲まれた南さつまへ。

複雑に入り組んだ海岸線を持つ南さつまには、湾ごとに大小様々な港が存在する。魚種は豊富で定置網、曵縄、一本釣りなど漁法も様々。早朝、片浦港の笠沙町漁業協同組合を訪ねてみると、水揚げされたばかりのハマチやカンパチ、トビウオ、タイなどが並べられ、競りの準備が進められていた。

(左)東シナ海に突き出た野間半島に位置する笠沙町漁業協同組合。約70名の漁師が所属する。
(右)仲買が競り落とした魚は主に鹿児島市内へ運ばれ、中には東京や大阪へ送られるものも。



◎ 笠沙町漁業協同組合
鹿児島県南さつま市笠沙町片浦6510-8
☎ 0993-63-0048


水産加工会社の営業マンだった村主(むらぬし)賢治さんがこの地に移住したのは、5年前。島暮らしに憧れ、鹿児島県トカラ列島での生活を経て南さつまの港町・坊津(ぼうのつ)に移り、「坊津蔵」を立ち上げた。海に面した工房にずらりと並ぶのは、地元で獲れた魚を使った魚醤の樽だ。

仕込んで1週間は毎日、その後は半年~1年に1回攪拌し、発酵を促進。これをろ過し、熱処理して瓶に詰める。「一度食べたら逃がしません。ちょっと秘薬を入れてますから。…フフ、冗談です」と笑う、村主さん。




「従来は捨てられていた売れない鮮魚を買い取って燻製を作り、残ったアラを魚醤に使います。水、塩、大豆麹を加えて室温で発酵させるので、かかるコストはごくわずか。あとはやる気だけです」と、村主さん。約5年寝かせることで得られる深い色とじわっとくる旨味、臭みのない後味のよさが、村主さんのこだわりだ。「やりたい人がいれば細かく教えてあげるから、ぜひやってほしい。地域おこしで地域に役立つ人間になるのが、私の目標です」。

島暮らしに憧れて辿りついた味。醤油の原料になる大豆麹を加えることで魚臭さが抑えられ、醤油らしい仕上がりに。5カ月ほど発酵させればできあがるが、約5年寝かせることで色が深まり、香りがすっきりするという。「さかな醤油」(120ml・390円)の評判は広まり、いまや生産が追い付かないほど。



◎ 坊津蔵
鹿児島県南さつま市坊津町坊7472-18
☎ 0993-67-1723


「こころの野菜」松野下友明さん・いずみさん夫妻は、娘の誕生を機に「安心して食べられる野菜作り」を志し、2012年に坊津へ。海を見下ろす段々畑を借り、有機栽培で野菜を作り始めた。「今まで300種類以上は作ったと思います」と、友明さん。
温暖で潮風がミネラルを運ぶ畑で育てられる野菜は、生育が早くて甘みも強い。しかしその分、雑草の生育も早くて常に草取りに追われ、イノシシに食べられたり、夏には台風が吹き上げた海水を浴びて全滅したりして、供給が追い付かなくなることも。
「それでもレストランのシェフをはじめ、みなさんと顔を直接合わせて野菜を販売しているので、私たちの思いや手間を理解して、文句も言わず待っていてくれる。地域の方々と仲良くなったから畑も広げられたし、私たちがここで農業をできているのはみなさんのおかげです」と、いずみさん。「食べることで身も心も満たされるような、心の通った野菜を手間ひま惜しまず作る」。
2人が掲げた目標は、南さつまの地で確かな実を結んでいる。

見渡す限りの水平線に背中を押された。「野菜を作るというより、野菜が育つ手助けをちょっとしているだけ」と、声をそろえる「こころの野菜」松野下友明さん・いずみさん夫妻。栽培から販売までほとんどの作業を2人で手掛ける。



◎ こころの野菜
鹿児島県南さつま市坊津町坊7472-22
☎ 080-5240-4676
www.kokoronoyasai.com



Column 民泊、サイクルツーリズム、日々の暮らしを観光資源に

自然、文化、人など、都会とは異なるたくさんの魅力を持つ南さつま。それを実体験として肌で感じられるのが、民泊型旅行だ。南さつまに拠点を置くNPO法人、「エコ・リンク・アソシエーション」では、関東や関西から中高生を受け入れ、農業・漁業体験ができる民泊をバックアップ。坊津の民宿「がんじん荘」には、国内の学生のみならず海外からもお客が訪れ、地域交流や学校訪問なども行われているという。

左:エコ・リンク・アソシエーション下津公一郎さん 右:民宿がんじん荘 上塘照哉さん



◎ 民宿 がんじん荘
鹿児島県南さつま市坊津町秋目400
☎ 0993-68-0652
◎ エコ・リンク・アソシエーション
鹿児島県加世田市本町53-6
☎ 0993-53-7270
www.eco-link.jp/


同時に南さつま市が新たな観光スタイルとして力を入れているのが、自転車で地域をめぐるサイクルツーリズムだ。吹上浜やリアス式海岸、金峰山といった風光明媚な地を走るもよし、薩摩藩ゆかりの島津家にまつわる遺構や、田んぼのあぜ道に佇む農耕神、「田の神さあ(たのかんさあ)」を巡るもよし。南さつまならではの、素朴でさりげない風景の一つひとつが訪れる人の心を捉え、忘れられない旅の記憶として胸に刻まれていく。

(左)田の神さあ(たのかんさあ)
(右)南さつま市観光協会 事務局 南さつま市地域おこし協力隊・サイクリスト 加藤 彰さん



◎ 南さつま市観光協会
鹿児島県南さつま市加世田本町34-2
☎ 0993-53-3751
www.kanko-minamisatsuma.jp/



料理通信メールマガジン(無料)に登録しませんか?

食のプロや愛好家が求める国内外の食の世界の動き、プロの名作レシピ、スペシャルなイベント情報などをお届けします。