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PEOPLE / 料理人・パン職人・菓子職人

食材も熱源も森から調達。自然派シェフのイノベーティブな調理テクニック

軽井沢「MANO」西本竜一

2024.10.31

食材も熱源も森から調達。自然と直結したイノベーティブな調理テクニック

text by Sawako Kimijima / photographs by Manami Takahashi

2024年7月、軽井沢にオープンしたレストラン「MANO」オーナーシェフ、西本竜一さんのフォレイジング(野山での採集)&薪火調理歴は長い。子どもの頃、その面白さに目覚めて以来、意識は常に“森と料理”に向けられてきた。車にはトレランシューズ、ゴム長靴、ブーツを常備。「どんな場所へ何を目的として入るのか」で使い分ける。夏の名残りと秋の訪れが混在する9月下旬、イベントで軽井沢を訪れていた東京・代々木「CIMI restorant」の向井知さんを伴って森歩きをすると聞き、同行取材を敢行。西本シェフの森を見る眼と技の卓越ぶり、とくとご覧ください。

目次







西本竜一(にしもと・りゅういち)
1996年生まれ、静岡県出身。調理師学校時代から大阪のスペイン料理店「AUPA」で働き始め、4年の修業の後、薪火調理を学ぶためスペインへ。「las bairetas」(バレンシア)、「gueyu mar」(アストリアス)で経験を積み、帰国。森をフィールドとした地域資源活用事業で知られる有限会社きたもっく(群馬県)を経て、株式会社スノーピークに4年在籍し、「スノーピーク ランドステーション 白馬」などで腕をふるう。2024年7月、その時その地で出会える食材を薪火調理で提供する「MANO」を軽井沢に開業。「MANO」とはスペイン語で「手」の意味。


子どもの頃から“森と料理”に一直線

今秋、西本竜一シェフは週3日、北アルプス山麓へ片道2時間半をかけて通っている。森の恵みを採集するためだが、森の探索は秋に限った話ではない。自然界から得た素材を西本シェフの観点でどう調理するのかを示す場、それがレストラン「MANO」だ。
「森のすべてが関心の対象」と語る。野イチゴはコンブチャビネガーに。山ウドの茎はピクルスに。ホップの実は食後のハーブティーに。モミの葉を蒸留してペアリングドリンクに。杉の新芽は青トマトに似た味を活かし、キハダなど樹木のエッセンスから作る薬膳スープは冬のスペシャリテである。

小さい頃からよく家族でキャンプに行っていた。キャンプ地では薪火調理に魅了された。初めて手に取った本が山菜図鑑。小学校では図書館にある料理本を片っ端から読み、早くも料理人を志した。
「高校時代はハンマー投げに精を出す一方で、家に帰ると毎日のように料理してましたね。ジェノワーズの口溶けを家族に呆れられるくらい徹底的に探究したことも。ゴールが見えるまでは止めたくない性格です」

「森と同じくらい、海や川にも熱量を注いできた」と西本シェフ。「スノーピーク ランドステーション 白馬」時代には、毎月富山へ赴いて、海の環境変化を定点観測していたという。
「森と同じくらい、海や川にも熱量を注いできた」と西本シェフ。「スノーピーク ランドステーション 白馬」時代には、毎月富山へ赴いて、海の環境変化を定点観測していたという。
「キノコを見つける能力はめちゃくちゃ高い」との自負がある。キノコに限らず森の生きものすべてと向き合う。
「キノコを見つける能力はめちゃくちゃ高い」との自負がある。キノコに限らず森の生きものすべてと向き合う。
閑静な別荘地、軽井沢レイクニュータウンの一角に2024年7月オープンしたばかり。
閑静な別荘地、軽井沢レイクニュータウンの一角に2024年7月オープンしたばかり。

幼菌、成菌、老菌。キノコの成長過程に合わせた一皿を

キノコ使いは縦横無尽かつ精緻を極める。
たとえば、アカヤマドリ。山鳥の羽の色に似た超大型のキノコだが、幼菌の時はプリプリ軽快な食感で噛み締めると旨味を感じるのが、成菌になると食感の心地良さは失われ、代わりに香りと旨味がぐっと増す。さらに老菌へと経過するにつれ、卵黄のような濃密な旨味が広がるという。西本シェフは、成菌から老菌へ向かう途中のアカヤマドリを蒸してピュレにして、なんと、アイスクリームに仕立てる。
「生クリームと相性がいい。だからスープにすることが多いのですが、ならば、アイスクリームもできるのではと」

生長過程によって味と食感が変化するキノコは少なくない。どの段階でどんな使い方をするのか、調理法の幅の広さは、キノコの多様な性質に精通すればこそ。

「森で見つけても、あえて身置きして、2、3日後に採ることもあります」
なにげなく語る言葉が、シェフと森との付き合いが一朝一夕ではないことを如実に示す。

北アルプスで採集してきたキノコの数々。その種類、状態、量に圧倒される。
北アルプスで採集してきたキノコの数々。その種類、状態、量に圧倒される。
キノコを洗うための水道を客席と向い合わせの場所に設置して、ゲストの目の前で説明しながら作業する。板前割烹や鮨職人が客前で刺し身を切る感覚と言えばいいだろうか。
キノコを洗うための水道を客席と向い合わせの場所に設置して、ゲストの目の前で説明しながら作業する。板前割烹や鮨職人が客前で刺し身を切る感覚と言えばいいだろうか。
写真左手前の大きなキノコがアカヤマドリ。生長に伴い、傘にひび割れが生じ、ご覧のような姿に。大きなものでは傘が20cmを超えることもあるそうだ。
写真左手前の大きなキノコがアカヤマドリ。生長に伴い、傘にひび割れが生じ、ご覧のような姿に。大きなものでは傘が20cmを超えることもあるそうだ。
「アカヤマドリのアイスクリーム」。アカヤマドリを蒸してピュレにして、カボチャと牛乳のベースに合わせている。モスカテル・デ・マラガ(マスカットのシェリー)を表面に吹きかけて。
「アカヤマドリのアイスクリーム」。アカヤマドリを蒸してピュレにして、カボチャと牛乳のベースに合わせている。モスカテル・デ・マラガ(マスカットのシェリー)を表面に吹きかけて。

食べられるのに無視されがちなキノコもある。それらへ注ぐ愛情も惜しみない。
「ニンギョウダケは香りが良いけれど、苦味があって、あまり好まれない。使いにくいと思われているそんなキノコの使い道を探ることも自分の役目」
ラグーのような煮込みに加えて、料理に深みを与えたり、傘が開き切ったものは乾燥させて、スープのベースに使ったり。キノコを調味材としても使いこなし、その有用性や可能性の探求に余念がない。

形が整わなかったり使い切れなかったキノコは乾燥させて保存。スープのベースなど調味に活用する。
形が整わなかったり使い切れなかったキノコは乾燥させて保存。スープのベースなど調味に活用する。
細かく刻んだキノコを沖縄の塩と合わせ、熾火で水分を飛ばした「キノコ塩」。凝縮感と広がりのある旨味が官能的。
細かく刻んだキノコを沖縄の塩と合わせ、熾火で水分を飛ばした「キノコ塩」。凝縮感と広がりのある旨味が官能的。
キノコの活用法を様々に探究している。アミノ酸を多く含有するだけに調味材として効果的。
キノコの活用法を様々に探究している。アミノ酸を多く含有するだけに調味材として効果的。

写真の料理「天然キノコの薪火焼き 卵黄」は、アミノ酸の相乗がテーマだ。方向性の異なる旨味のキノコを組み合わせて、複合的な旨味を生み出すのだという。「ほら、アミノ酸は掛け合わせることで旨味が増幅すると言われるでしょう?」

「天然キノコの薪火焼き 卵黄」。キノコ料理で有名なサンセバスチャンの人気バル「ガンバラ」のポルチーニのソテーからインスパイアされた一品。
「天然キノコの薪火焼き 卵黄」。キノコ料理で有名なサンセバスチャンの人気バル「ガンバラ」のポルチーニのソテーからインスパイアされた一品。
ナラタケ、シャカシメジ、ニンギョウタケ、ハナビラタケ、ウラベニホテイシメジ、アカヤマドリ、サクラシメジ、コウタケ、ショウゲンジを使用している。採集地は北アルプス。
ナラタケ、シャカシメジ、ニンギョウタケ、ハナビラタケ、ウラベニホテイシメジ、アカヤマドリ、サクラシメジ、コウタケ、ショウゲンジを使用している。採集地は北アルプス。
キノコの上にのせた卵黄は、干したキノコの戻し汁、麴の甘酒の上澄み、塩を合わせた液に漬け込んだもの。
キノコの上にのせた卵黄は、干したキノコの戻し汁、麴の甘酒の上澄み、塩を合わせた液に漬け込んだもの。

ナラとカラマツで温度調節。地元の森と直結した薪火調理

「森のすべてが関心の対象」だから、熱源も森から得ている。店では、薪火グリルをメインに据え、必要に応じてIHやスチームコンベクションオーブンで補完する。
「本当は電気やガスに頼らずに、ここで生み出すエネルギーだけでまかないたい。エネルギーの自立が理想です」

20代前半にスペインへ向かったのは、薪火調理を学ぶためだった。帰国後は、キャンプ場の運営や薪の製造・販売を手掛ける「きたもっく」、そして「スノーピーク」のレストランで働くなど、一貫して森への習熟度を上げる経験を重ねてきた。それだけに、薪にも独自の考えを持つ。

「僕の場合、熾火料理ではなく、あくまで薪火料理。燃え盛る真っ只中の炎、燃えて炭化した熱、両方を駆使するんですね」
特徴的なのは、カラマツの多用だろう。

料理人は概して広葉樹のナラを好んで使う。目が堅く締まり、火持ちが良く、熱量も高いからだ。マツ、スギ、モミなどの針葉樹は身質が軽く、よく燃える反面、すぐ燃え尽きるため、補助的な役割しか与えられない。
にもかかわらず、西本シェフはナラとカラマツを併用し、ナラに負けず劣らずカラマツを活用する。なぜなら、軽井沢に群生するのはカラマツだから。カラマツの薪材としての価値を認めさせ、足元の森林資源の活用を図りたい。

「火を熾す時に用いる程度という人が多いけれど、実は使い方次第でメリットは多い。強火にしたり弱火にしたり、温度調節しやすいんです。ちなみに、鍛冶屋では高温が欲しい時、アカマツを使います」
MANOでは、パエリアを炊く薪はもっぱらカラマツだ。

右側でパエリア、左側でキノコのソテーを調理中。ちなみに料理しているのは調理師学校時代の同期生でイタリア修業を経て一時帰国中の小山拓夢さん。10月末、ロンドンへ旅立って行った。
右側でパエリア、左側でキノコのソテーを調理中。ちなみに料理しているのは調理師学校時代の同期生でイタリア修業を経て一時帰国中の小山拓夢さん。10月末、ロンドンへ旅立って行った。
左手に持っているのがナラ、右手がカラマツ。自分が働いていた「きたもっく」から仕入れるため、性質を知り尽くしている。
左手に持っているのがナラ、右手がカラマツ。自分が働いていた「きたもっく」から仕入れるため、性質を知り尽くしている。
パエリアは、カラマツを使って、こまめに温度調節しながら炊き上げていく。
パエリアは、カラマツを使って、こまめに温度調節しながら炊き上げていく。
「天然キノコと軍鶏のメロッソ」。炊き上がりから時間が経過するに伴い、食材の旨味が溶け出した汁を米が吸って、刻々と味わいが変化していく。「パエリアはその変化も味わってほしい」
「天然キノコと軍鶏のメロッソ」。炊き上がりから時間が経過するに伴い、食材の旨味が溶け出した汁を米が吸って、刻々と味わいが変化していく。「パエリアはその変化も味わってほしい」
店のカウンターには「きたもっく」から調達した木材を使用した。一般的には避けられがちなうねりのある木をあえて選び、他素材と組み合わせることで個性的なインテリアに。
店のカウンターには「きたもっく」から調達した木材を使用した。一般的には避けられがちなうねりのある木をあえて選び、他素材と組み合わせることで個性的なインテリアに。

図鑑を愛読し、きのこ鑑定士に師事。森を見る眼を養う

取材日は、「きたもっく」が運営するキャンプ場「北軽井沢スウィートグラス」の森へ。東京・代々木「CIMI restorant」の向井知さん、MANOのご近所の食料品店「Horse and the sun」の高橋今日子さんと主馬(かずま)さんも一緒である。

時節柄、みな無意識のうちにキノコを探してしまう。
「大事なのは、上を見ること。地面よりも木を見るんです。キノコは共生関係にある木の下に生えるから」と西本シェフ。歩きながら淀みなく語られる解説に森の解像度が一気に上がる。幼少期に初めて手に取った本は山菜図鑑だったが、キノコ図鑑にも同じくらいご執心で、「好きで読んでいるうちに知識が付いた」。長野を仕事の舞台にしてからの5年間は、長野県のきのこ鑑定士に師事したという。

「必ず図鑑で知識を得て、体系を把握することが大事。いきなりネット検索での同定はお薦めしない」
「毒キノコだからと言って無視しないほうがいい。同じ条件で生える食用キノコが近くに顔を出している可能性もある」
「フェアリーリングと呼ばれるサークル状に胞子が広がるキノコの場合、翌年、その周囲に生えてくるかもしれない。場所を覚えておいて損はない」
「笹が繁ると菌根は形成されにくい。そこにはキノコはまず生えていないと思っていい」
「キノコは地方によって俗名が変わる。俗名を聞けば地方を特定できる」
・・・・・・・。

高橋主馬さんはしばしば北アルプスまで西本シェフのキノコ採集に同行するそうだが、「シェフの後を歩いても、すでに採られた後で、キノコがいない(笑)」とシェフの眼力を裏付けるエピソードを語ってくれた。

西本シェフの解説を聞きながら歩くと、スポットライトを当てたかのように様々なものがクローズアップされて見えてくる。
西本シェフの解説を聞きながら歩くと、スポットライトを当てたかのように様々なものがクローズアップされて見えてくる。
全国各地の生産者と親しく交流する向井さんだが、森歩きの機会は少ないだけに、西本シェフの説明に興味津々。
全国各地の生産者と親しく交流する向井さんだが、森歩きの機会は少ないだけに、西本シェフの説明に興味津々。
「これはカワムラフウセンタケだね」。フウセンタケには何種類かあるため、図鑑で確認して正確に同定する。
「これはカワムラフウセンタケだね」。フウセンタケには何種類かあるため、図鑑で確認して正確に同定する。
「これはドクツルタケ、毒キノコです。菌糸がボール状になるんですよ」と地面を掘って見せてくれた。
「これはドクツルタケ、毒キノコです。菌糸がボール状になるんですよ」と地面を掘って見せてくれた。
「野生のホップの実は、この時期の楽しみのひとつ。実を素揚げにしたり、食後のハーブティーにしたり」
「野生のホップの実は、この時期の楽しみのひとつ。実を素揚げにしたり、食後のハーブティーにしたり」

自然の力によって自立するレストランを目指したい

「天然自然の素材だけで味を作りたい」と西本シェフは言う。味に深みや奥行きを出すために、発酵にも取り組む。
「クロモジ茶がよく使われるようになりましたよね。優しく爽やかな野趣味が魅力ですが、どこか物足りなさも感じるのではないでしょうか。緑茶の味が旨味、甘味、渋味と多面的で立体的なのと比べると、クロモジは香りが豊かな反面、味は平板なんですね。そこで発酵という工程を加える。すると奥行きが出てきます」

食材も熱源も、調理のすべてを自然の恵みで完結させたい。思い描くのは、自然によって自立するレストランのありようだ。

約10年前、飲食業界に「イノベーティブ」というカテゴリーが登場した。産経WEST「イノベーティブって何?」(2017.12.27)という記事の中で、ミシュランガイド広報事務局の担当者は「国籍にとらわれない料理人やシェフのオリジナリティを取り入れた新しいスタイルに進化した料理を、革新的という意味を込めてイノベーティブと呼んでいます」と答えているが、具体的にどんな料理を指すのか、まだまだ具体像が掴みにくいのではないだろうか。
そんなレストラン界にあって、西本シェフが森での出会いを料理へと変換させていく一連のクリエイション、ガストロノミーとして味の高みを目指す行為を見ていると、イノベーティブとはこのことかもしれないと思えてくる。

「いつか小諸の高峰のような標高2000mくらいの場所で自立型レストランを営みたいと思っています」。それは料理人としてのチャレンジであり、より自然の奥深くへと食べ手を誘うアプローチでもある。


MANO
長野県北佐久郡軽井沢町発地553-3
18:00~(一斉スタート)
土・日・月のみランチあり12:00~(一斉スタート)
火曜、水曜休
Instagram:@mano_karuizawa

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