花は早く収穫は遅く。山梨・一宮の樹上完熟の桃を訪ねて
久津間紀道 ×「CYCLE」<料理人編>
2026.10.01
【PROMOTION】text by Michiko Watanabe / photographs by Hide Urabe
肌を刺すような強い日差しが降り注ぐ夏のある日、念願だった桃農園に向かったのは、東京・大手町のフレンチ「CYCLE by Mauro Colagreco」ヘッドシェフ宮本悠平さんです。迎えたのは、山梨県笛吹市、桃界の巨匠と呼ばれる久津間紀道さんです。
宮本シェフには、昨夏の終わりに考案した桃を使ったみずみずしい一皿があります。
ただ、仕入れる桃ごとに味が違い、仕上がりの味も違う。一口に「桃」といっても、日によって、香りや味、食感(固さ)、そして形が微妙に異なることに「?」と首をかしげてきたと言います。
まだまだ知られていない桃の世界。そのナゾをこの際、解き明かします。
目次
- ■「自分が食べたい桃を作る」3代目
- ■“弱い枝”こそ、いい実をつける
- ■樹上でまつ5日間
- ■「4パーミル」は、味のため
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■酷暑が変える、桃づくりの常識
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■同じバラ科を合わせて
桃(浅間2号)/アーモンドミルク/岩牡蠣
久津間さんの黄色い「蟠桃(ばんとう)」
桃どころ山梨でも生産者がごく限られた希少品種。蟠桃は中国原産で『西遊記』で孫悟空が食べて不老長寿の力を得た桃として登場する。
宮本悠平(みやもと・ゆうへい)
千葉県生まれ。武蔵野調理師専門学校卒業後、渡仏。18年ミシュラン三ツ星「Mirazur(ミラズール)」マウロ・コラグレコシェフと出会い、翌年にチームに参画。22年スーシェフに。23年マウロ氏がオープンした現店シェフに就任。ミラズールで培った“自然の摂理と命の循環”という哲学を受け継ぐ。
山梨県は桃の生産量日本一。日照時間が日本でトップクラスに長く、盆地ならではの昼夜の大きな寒暖差、水はけのよさなど、果樹栽培に最適の地であること。また、技術向上や品種開発に取り組む研究者や、「よりおいしい桃を」と情熱を燃やす凄腕生産者たちがいることも大きい。
「自分が食べたい桃を作る」3代目
桃の名産地である山梨県笛吹市の笛吹川沿いの農園に、「桃界の巨匠」と称される久津間紀道さんを訪ねる。久津間さんは「やまなし特栽協同組合」の代表として、20人のメンバーとともに特別栽培(つまり、特栽)を手がけている。
メンバーは、上は60歳、下は29歳。組合として、新規就農者、研修生も受け入れている。この特別栽培には国のガイドラインがあって、農薬は慣行栽培の半分以下、化学肥料も半分以下が基準だが、組合では、化学肥料に頼らず、有機肥料で土壌を作り、樹を健康に育てることで、農薬の使用を大幅に抑えることに成功している。
桃農家としては紀道さんで3代目。農園があるあたりは、かつては米、麦、養蚕農家が多かったが、祖父の代で桃農家に転身。当時、周辺で桃を栽培する農家はほとんどなく、苦労は多かったに違いない。跡を継いだ父は、いち早く減農薬に取り組んだ。祖父も父も進取の気性があったということだ。そして、「自分が食べたい桃を作る」という3代目がさらなる進化を遂げていく。
有機肥料を入れた土壌では、たくさんの微生物が土の中で活発に働く。そのため、久津間さんの桃の花は、毎年、まわりの農家より5日ほど早く花を咲かせる。これは微生物の働きで地温が高まるためだ。土に力があるから、元気で健康な樹が育つ。その後の作業の効率化が図れる。
「ただ、入れるのは春先に少しだけ。秋にたくさんいれると暖かくなりすぎて枝ばっかり伸びちゃうからね」。春にまけば秋になる前に肥料がなくなり、枝に養分をとられすぎない。
“弱い枝”こそ、いい実をつける
「うち、畑は点在してるんだけど全部合わせると2町3反あるんです。土もいいから花をたくさんつけるけど、ついた花のうち、桃として収穫できるのはほんの5パーセント以下。90パーセント以上は摘んでしまうからなんです」
まず、蕾の段階で「摘蕾」といって、3分の1を摘む。さらに花をつけたら「摘花」。実がなったら「摘果」というふうに段階を追って摘んでいく。
「1本の樹の力には限りがあるでしょ。実が多かったら、養分をみんなに行き渡らせようとするから、小さくなったり、味が薄くなったりする。摘果は、1個に養分を集中させておいしく仕上げるためのプロセスなんです。いまは収穫の時期だから、最終段階だけど、実がなってる枝を見てみて。1枝に1個だけ実がなってるでしょ。そして、その枝は細いでしょ。意外と思われるけど、弱い枝こそ、ハリのあるいい桃ができるんです。太い枝には実はつけない」
強い枝は木が自分を生かそうとして実は後回しになるが、弱い枝は子孫を残そうとするので良い桃がなるという。
これまでは樹の間隔をとって、日光が充分に当たるよう剪定していたが、近年の暑さ対策で、できるだけ葉っぱを多く残すようにしている。「そうしないと木自体が熱をもってしまい、実も日焼けするんです。今までの管理から少し離れないと、温暖化の環境下ではよい桃はできません」
こうした判断ができるのも、毎日、樹と実の状態を細かく見ているからだ。
さらに大きさにも執着しない。「一般的な指導は、剪定で強い太い枝にし、肥料を多めに入れて大玉を作る、ということなんだけど、それは収入を増やすための策。僕たちは見た目だけのために大きく作らなくていいから、味を目指す。品種本来の大きさで作っています」
樹上でまつ5日間
桃はデリケートで輸送中に傷つきやすいため、完熟を待たず収穫されることが多い。久津間さんは完熟ぎりぎりまで樹上において収穫する。この収穫のタイミング、適熟かどうかを見極めることが大切だ。品種によっても熟度が異なるので、経験あればこその作業となる。ここに巨匠たる所以がある。
「普通の収穫日より5日ほど樹にならせておくんだけど、最後の1日でグンと甘くなるんです」。それによって、桃の甘味と旨みが凝縮し、香りもふくよかになる。「花が早くて収穫時期が遅ければ遅いほど長く樹についていられる。だから光合成できる時間が長く、味ものります」
案内された畑で目にしたのは黄色い蟠桃。「黄色い蟠桃!はじめて見ました」と宮本シェフ。「フランスでは丸い桃よりも平べったい蟠桃の方が主流で、白い蟠桃を皮ごとよく食べた思い出があります。日本で初めて見たときはうれしくて。でも八百屋さんに聞いても分からないっていわれて(笑)」
「日本は高温と多湿なため、うまく育てないと、核割れ(果実が成長する過程で、中の硬い種が割れてしまう現象)や病気を起こしやすいんです」と久津間さん。生産者は少ないそうだ。
「4パーミル」は、味のため
「4」を「フォー」と呼んで、フォーパーミル・イニシアチブという。
二酸化炭素低減のための最先端の取り組みだ。フランス政府の提唱によるものだが、世界の土壌の炭素量を0.4%(=4パーミル)増加させれば、人間の経済活動によって発生する二酸化炭素を実質ゼロにできる、という考えに基づいた世界的な取り組みだ。
日本の都道府県で初めて参加したのは山梨県! いまでは、800以上の国や国際機関が参加している。それまで焼却していた剪定した枝を炭にしたり、チップにしたりして樹の根元にまくことで、樹がどんどん元気になる。
「それから、根元に除草剤をまく人が多いんだけど、僕は除草剤を一切使わず、下草をそのまま生やしておく草生栽培」。そうすることで、土の中に炭素をストックしておくことができて、畑の生物たちも活性化するんだとか。刈った草が炭素の供給源となり、草の根が土を柔らかくしてくれるというメリットがあるそうだ。
「ただね。こういった取り組みは、ずっと前からやってきたこと。剪定した枝を燃やして炭を作って施すことや草生栽培も、環境というより、味をよくするための当然の技術。それに横文字の名前がついたって感じかな(笑)」
酷暑が変える、桃づくりの常識
ここ5〜6年、急速に進んだ温暖化に頭を抱える農家も多い。
いま、久津間さんのグループで取り扱っている品種は約60。1週間単位で品種が変わるのが現状だという。中には3日しかもたないケースも。
「昔は1品種10日から2週間は収穫できたんだけど、いまは1週間で収穫を終えないとダメになっちゃう。今年の冬は雨がまったく降らず、夏にじゃんじゃん降ったでしょ。そして、晴れれば酷暑。樹も対応しきれなくて大変ですよ」。以前は20年とれたのに、いまや15年ぐらいしかもたない。寿命が短くなっているのだ。
一般的な桃の販売は品種を謳わない事例が多い。収穫タイミングが短い桃の場合、出荷できなくなるリスクが高いからだ。だが、久津間さんは桃の個性を知ってもらうため、品種ごとの販売方法を譲らない。
この夏は、収穫時期に雨が多くて玉がぐんぐん大きくなって、使いにくいというパティシエが多かったという。シェフにしてもパティシエにしても、今後ますます、思ったようなサイズや食感、形の桃が手に入らないことが多くなりそうだ。「できれば、そのあたりを理解して使ってもらえたらありがたい。作り手も使い手も、お互いの理解が必要だなと思います」
「1週間で品種が変わるんですね。だからかぁ。桃の性質とか色とかが短いサイクルで変わるのはどうしてなのかと思ってましたけど、そういうことだったんですね。勉強になりました」と、宮本シェフ。「その品種に合った料理を考えればいいということですよね。頑張ります」
久津間さんも「いままでの管理体制や常識から離れないと、この激しい変化に対応しきれないと思います。地球温暖化による変化は、これからの大きな課題。僕たちも頑張ります」と。
常に前向き、頼りになるリーダー、意気軒昂な久津間さんだった。
同じバラ科を合わせて
桃(浅間2号)/アーモンドミルク/岩牡蠣
「CYCLE by Mauro Colagreco」は、“自然の摂理と命の循環”をテーマにしている。フランス・マントンのミシュラン三ツ星「ミラズール」を率いる世界的シェフ、マウロ・コラグレコと宮本悠平シェフが手がける店だ。
農園を訪れ、桃の品種が極めて短い周期で入れ替わり、大きさや食感も気候によって変化することを知った宮本シェフ。早速、桃の料理を展開してくれた。
まずは、久津間さんが作る珍しい黄色い蟠桃とボタンエビ、金木犀という組み合わせをトライ。だが「この桃である意味が見いだせず、納得がいくものができなかった」。そこで、久津間さんの「浅間2号」で“お気に入り”の「ジャスミン/桃/岩牡蠣」を作ってくれることに。
「久津間さんは一番いい状態で送ってくれるだろうから、冷蔵庫に入れて追熟を止めました。こちらは、桃の美しさを前面に打ち出した一品です」
アーモンドミルクと桃を合わせて回した果汁に桃の皮、ジャスミンの花、ペドロヒメネス・ビネガー、タピオカを合わせてソースを作り、クリームを台に岩牡蠣をのせ、マルドンの塩をぱらり。その上に薄切りの桃を並べ、タピオカ、国産ライチ、牧之原産のジャスミンの花を散らす。中に、酸味のあるオキザリスを忍ばせてある。
岩牡蠣は強い食材。「桃の甘さが口の中をマスキング。そこに岩牡蠣の“クリーム”のようなテクスチャが重なり、やさしい食後感に」。桃とアーモンドは同じバラ科。いわば親戚。相性はぴったり。
「僕は肉や魚から料理を発想するのではなく、野菜や果物、ハーブからインスパイアされることが多いんです。それから、色からイメージを膨らませることも。師匠のマウロシェフが修業したパリのミシュラン三ツ星「アルページュ」のアラン・パッサールシェフ曰く、同じ季節、同じ色の素材は相性がいい、と。この一品は真っ白でまとめ、そこに淡くピンクが入っている仕立てです」
「今回、久津間さんの農園を訪ねたことで、あの風景が頭に浮かび、また、彼の熱い思いを受けて、より料理に厚みが出たように思います。フルーツをこちら側の意向に引き寄せるのではなく、自然の流れのままに、こちらが寄り添っていこうと思います」
◎CYCLE by Mauro Colagreco
東京都千代田区大手町1-2-1 Otemachi One 1F
☎03-6551-2885
火〜金曜 17:00~23:00(20:00LO)
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