街がガストロノミー一色に染まる
「マドリード・フュージョン2018」レポート
~80を超えるプログラムから、注目の発表をピックアップ!~
2018.02.15
text by Yuki Kobayashi / 取材協力 スペイン政府観光局
1月はマドリードが世界のガストロノミーの首都になる季節だ。その先駆けを作ったのが、今年で16年連続の開催となる料理学会「マドリード・フュージョン(以下MF)」だ。
世界中からシェフとジャーナリストが集まるイベントが恒例化したことで、市内では「ガストロ・フェスティバル」が2010年からスタート。レストランやバルをはじめ、「プラド美術館」や「ソフィア王妃芸術センター」をはじめとしたミュージアムでも、特別メニューや食に関連したプログラムが450件も企画され、街はガストロノミー一色に染まる。
街が活気づく一方、ベテランのフードジャーナリストたちは、事前に発表されていたプログラムを見て、発表者の顔ぶれに期待と不安を抱いていた。
大御所たちの不在。「ノーマーク」の世界のシェフたち。どんな方向と傾向を示してくれるのか? 曖昧な憶測が飛び交うなか、例年通り、マドリード市パラシオ・デ・コングレソにて、1月22、23、24日の3日間、MFが開催された。
今年は日本が招待国
今年のMFは日本が招待国になっており、日本料理「傳」の長谷川在佑氏と、中国料理「茶禅華」の川田智也氏が大会場に登壇した。会場内では複数のセミナーも同時開催され、日本酒や禅料理のセミナーにも観客が詰めかけた。
初日に登壇した「傳」の長谷川在祐氏は若い世代らしい、明るくサンパティックな話しぶりで会場をリラックスさせる。世界から羨望の眼差しを集める日本料理だが、日本国内では厳しい労働環境に職人を志す若手が減っていることをほのめかし、同時に日本料理に自由な表現が足りないことを示唆。
鶏に生ハムともち米を詰めて揚げた後、自身の顔が印刷されている箱でサーブするスペイン版「傳タッキーチキン」を紹介し、型にはまらず肩肘のはらない和食の愉しみを説いた。
中国料理「茶禅華」の川田氏の起用は、MFにおいては新しいチャレンジだった。通常、日本人シェフの発表テーマは日本料理、もしくは日本が得意とする魚や和の食材を使った実演が期待されるが、川田氏のテーマは「中国茶」と「中国料理」のマリージュ。
そこで川田氏は、日本が歴史的に中国から多くを学び、食文化においても関係性が深いことを解説。その上で「中国における茶の奥深さと伝統、料理とのマリアージュはワインに匹敵する」として、5種類のお茶と料理のマリアージュを発表した。
実演で、温度差を利用しながら丁寧に淹れた東方美人茶にガスを注入してシャンパングラスに注いで見せると、聴衆は一気に川田氏の世界へ。アルコール飲料以外と食事のマリアージュはスペインでは初の発表だったこともあり、聴衆は固唾を飲んで注視していた。
スペイン勢の新境地
ルーツを辿るという意味ではジョアン・ロカとモンセ親子の発表「オリジナルの大事さ」はこれまでのMFにはない発表だった。
今も自らのレストランの調理場に経ち、日に200食の定食を提供するモンセ。ジョアンのレストランの従業員たちの賄いも彼女が作り「ここを通ってゆく子たちはみんな私の子供のよう」と話す。彼女が長年作り続けているというシンプルな「イエルバブエナのスープ」を披露すると会場からは拍手喝采が湧いた。
モンセのレストランは伝統料理の定食屋。一方、カン・ロカは世界一と称されるガストロノミーの先端をゆく店。スペイン料理界で最も輝かしい親子2代の登場は、ルーツを忘れるなというメッセージを強鉄に伝えた場面だった。
最古の保存方法「塩蔵」に、新しいテクニックで挑む
「アルサック」のエレナ・アルサックや「ムガリッツ」のルイス・アンドーニなど、数々の学会常連シェフの発表の中で今回特筆すべきは、4年ぶりに登場したキケ・ダコスタだ。
一見ミュージシャンのPVかと思うようなビデオで度肝を抜いたあと、新しい「塩蔵」の技法を紹介した。従来の魚卵や魚の塩蔵では素材の水分が過度に失われることを指摘。旨味を逃さないために、素材の表面と塩が接しない「塩のトンネル」を作り、トンネル内の大気中に混ざる塩分で、素材は水分を失いすぎることなく、ほどよい塩味をまとい、かつしっとりとしたテクスチャーに仕上がるという。
料理のみならず、マグロの塩蔵品やカラスミなど、伝統食品へも新しいテクニックで挑むその熱意に、聴衆からは惜しみない拍手が贈られた。
韓国の調理器具から生まれた、新しいクリエイション
エル・ブジの直系であるオリオール・カストロとエドゥワルド・シャトルクは、韓国の調理器具「Oc’oo」を使って新しいテクニックを発表した。
「この道具に出会って、素材の味はそのままに、見た目が黒く変わることを用いていろいろな表現を試してみた」とその研究結果を披露した。
前衛に偏りすぎない、スペイン第4世代のシェフ
MFの主催者ホセ・カペル氏は、今回「革新してゆくMF」を強調した。
1970年代に新バスク料理を立ち上げたファン・マリ・アルサックや「アケラーレ」のペドロ・スビハナを「第1世代」、スペインの前衛料理を世界に発信したフェラン・アドリアや「ムガリッツ」のルイス・アンドーニ、ジョアン・ロカといった面々が第2世代。その後に続く第3世代には、昨年、日本に出店した「アスルメンディ」のエネコ・アチャやダビッド・ムニョスらを数える。
今回初登場の「第4世代のシェフ」に共通しているのは、柔軟さだ。前衛料理の技術に偏りすぎず、伝統料理を尊重しつつも、素材の合わせ方は自由自在。ストイック過ぎないのが特徴だ。ビジネスの大成功より自分の居心地のよい環境で、居心地よく働くというワークバランスを求める世代ともいえる。
ホタテと髄を使ってオムライスのような一品を見せたウエスカ県「Tatau(タタウ)」のトニーノ・バリエンテ、原産種のイベリコ豚に夢中になっているというマラガ県ロンダの「Bardal(バルダル)」のベニート・ゴメスら、世界の美食の都を目指さずに、敢えて地元に残り、地に足のついた経営をするという堅実な世代の発表は好感度の高いものだった。
海外シェフたちの創作の源は?
諸外国からはポルトガル、イスラエル、ロシア、ドイツ、コロンビアからシェフが参加。
テルアビブからはユダヤ系のモティ・ティトゥマンが肉も魚も使い、宗教からは一歩離れた自由さをアピール。一方イスラム系シェフのヨッシ・シトリットはモロッコ系のルーツ的料理を発表。イスラエルの民族性と多様性を強調する形となった。
リスボン「Alma(アルマ)」からはシェフ、エンリケ・サ・ペッソアが初登場。若い世代が避けてきたというポルトガルの伝統素材である塩鱈(バカリャウ)を取り上げ、伝統料理の「バカリャウ・ア・ブラス」のアルマ風解釈を実演した。
右に倣えの時代は終わった
一時期、すべてが科学と前衛に右に倣えだった状況からすると、今、スペイン料理界は「Going My Wayでもいい、好きな料理を好きなように作っていい」という自由さを満喫しているようにも見える。
MFが16年続いたおかげで、高い技術と知識は皆で一様に習得した。それでは、自分のアイデンティティはどこなのかという時、郷土愛の深いシェフたちは揃って自らの土地の伝統に戻る。それは国というより、もっと小さな地域のスケール感で、心地のよい傾向だ。
主催者が意図した「MFの革新」は新しい技術に限ったことではないだろう。開催前の不安や憶測は、どこへやら。閉会後に改めてスペイン料理界、世界の料理人たちが真摯に自らの土地で前進してゆくイメージを持てた、会心の今回だった。
登壇レストラン/シェフ一覧
日本
◎ 傳
長谷川在佑
http://www.jimbochoden.com
◎ 茶禅華
川田智也
http://sazenka.com
スペイン
◎ EL Celler de Can Roca /エル セジェール デ カンロカ
ジョアン・ロカ
http://www.cellercanroca.com/index.htm
◎ Quique Dacosta / キケ・ダコスタ
キケ・ダコスタ
http://www.quiquedacosta.es
◎ Disfrutar / ディスフルタール
オリオール・カストル、エドゥワルド・シャトルク、マテウ・カサーニャ
http://es.disfrutarbarcelona.com
◎ Trivio /トリビオ
ヘスス・セグラ
http://restaurantetrivio.com/
◎ Tatau / タタウ
トリーノ・パリエンテ
https://www.facebook.com/TatauBistro/
◎ Bardal / バルダル
ベニート・ゴメス
http://restaurantebardal.com
イスラエル
◎ Milgo & Milbar /ミルゴ アンド ミルバー
モッティ・ティテゥマン
http://www.milgomilbar.co.il/home-english/
◎ Mashya / マシャ
ヨッシ・シトリット
http://www.mashya.co.il
ポルトガル
◎ Alma / アルマ
エンリケ・サ・ペッソア
http://www.almalisboa.pt/en