サンセバスチャン「炭火焼き」最新トレンド
炭火焼き職人のオリンピックに潜入!
2021.12.20
text & photographs by Yuki Kobayashi
“美食による地域活性モデル”の先駆けとして知られるスペイン北部の都市、サンセバスチャン。美食都市の地位確立の原動力となった料理学会「サンセバスチャン・ガストロノミカ」が今年も11月に開催された。著名シェフらによる講演やデモンストレーションがクローズアップされがちだが、数多くのプログラムの中にはなんと「全国炭火焼き大会」もある。すでに12回目を数え、密かな名物となっている。「アサドール」と呼ばれる薪火焼き・炭火焼きで世界的な人気店を輩出する土地柄、審査員の権威や観客動員数など、様々な点でスペインの炭火焼き職人にとってのオリンピックと言えるこの大会に着目してみた。
目次
総勢50人で審査する炭火焼きコンテスト
屋外に設置されたテントの下で、全国から集まった8人の精鋭が各々こだわりのある器具――蓋が付いて開閉できるオーブン型の炭火焼き機が1台、残り7台は伝統的な開放型の焼き台――で調理する。
審査員にはフアン・マリ・アルサック、マルティン・ベラサテギ、料理評論家ホセ・カルロス・カペルら、ガストロノミー界の著名人10人が名を連ね、さらに有料で入場した一般審判員約40人が審査に加わった。
8人の挑戦者によって焼かれた肉は15分毎に一切れずつ審査員たちにサーブされ、公平性を保つため、採点時に職人名は明かされない。肉質、火入れ具合、テクスチャー、味の4項目について10段階で評価する。
約2時間の戦いの後、厳格な公証人によって採点が集計され、今年はカタルーニャ州ピネダ・デル・マルでレストラン「プーラ・ブラサ」を営むマヌ・ジェブラが優勝した。
マヌが今大会で使用した炭火焼きの道具はジョスパー(Josper)のオーブン型だ。ジョスパーとは、1969年、世界で初めてオーブン型の炭火焼き機でパテント(特許)を取ったスペインのメーカーである。マヌは25年前からこのブランドの愛用者だという。他の参加者が開放型の伝統的なスタイルで調理した中で、彼一人、オーブン式の炭火焼き機を使用した。
オーブン型の炭火焼き機が威力を発揮
この大会に何度も挑戦してきたマヌは言う。
「肉はチリ産のWAGYUを選びました。真空パックに入って送られてきた枝肉を大会10日前に開封し、吊して空気に当てています。熟成はさせませんが、空気に当てる期間は重要です」
日本で伝統的に「枯らし」と呼ぶ工程に近いプロセスを取っているわけだ。
「今回難しかったのは、調理前の肉を屋外の寒さの中で適温(芯温17〜20℃)に保つことでした。ジョスパーには内部の上部に棚があり、下部から上がってくる余熱で温められる。この部分で肉を理想の温度に保ちました。サイズは骨付きで厚みが6~7cm、オーブンに入れたら5分ずつ両面を焼き、その後、塩をふります。焼き上げ時の芯温は40℃程度。脂が溶けて赤身部分と混じり合っている状態が理想です」
「炭はキューバ産のマラブ材。調理の1時間30分前にはオーブンに炭を入れ、温めておきます。ジョスパーでは、オーブン下部にある通気口から給気を調整することで温度調整が可能です。最初は炎を上げている炭も、燃え進むに従い、熾火のようになって、温度調整がしやすくなります。炭火焼きとは、燃えさかる炎に直に素材を当てるものではなく、下のほうは赤々と熾り、表面は灰をかぶって熱がやわらいでいるのが良い状態なのです」
ジョスパーのオーブン型の炭火焼き機は、内部の鋼に熱を反射する加工が施され、温度が変化しにくく、一度火を入れたら、炭を追加する必要がない。通常の営業(6、7時間稼働)でもオペレーションが楽で、4~5年使用したら元が取れるとマヌは言う。炭を節約できて、大量に保存する必要もない。もちろんある程度の経験は必須だが、温度把握ができるのも魅力という。野菜のとろけるようなテクスチャーも短時間で実現できる。彼の店では、肉だけでなく野菜の炭火焼きも主役級の人気だという。
ジョスパーは炭も生産する。消防や森林警備隊と連携し、山火事予防のための伐採時に出る間伐材、ボデガのブドウの剪定枝などから調達している。同社の炭がFSC®(Forest Stewardship Council®:森林管理協議会)やPEFC(Programme for the Endorsement of Forest Certification:各国・地域で作成された森林認証基準を相互承認する団体)といった森林認証を取得しているのも、マヌがこのブランドに信頼を寄せる理由のひとつだ。
炭火焼きとは「環境を料理する」こと
サンセバスチャン・ガストロノミカの大会場の講演では、The World´s 50 Best Restaurants 16位の「エルカノ」のアイトール・アルレギシェフが、炭火焼きに関する発表を行なっていた。彼にとって、炭火焼きとは「環境を料理する」ことだという。
エルカノでは、漁師や仲介業者など親の代から関わってきた人たちが一体となって店を支えている。4年前からスペインの南端カディス県にも炭火焼きの店「カタリア」を展開するが、こちらもコンセプトは「風景を料理する」。バスクとは異なるカディスの気候と海に育った魚、現地のあるがままの自然を炭火にゆだねる。店を自然の近くに置き、食材を遠くに求めない。「素材の入手を可能にする人的な周囲環境を整えた時にエルカノの味は実現する」と力説した。
炭火焼きガストロノミーの最前線
昨今の炭火焼き人気は、The World´s 50 Best Restaurantsにランクインし、バスク山間部にあって人口わずか1300人強のアチョンド村を世界に知らしめた「アサドール・エチェバリ」の功績が大きいと誰もが言う。1日30組の予約に600人のウェイティングリストがあるというこの店のシェフ、ビットール・アルギンソニスの薪火焼きや炭火焼きの技術が、世界のシェフとグルメに与えた影響は多大だ。
バスクでは郊外にあるカセリオと呼ばれる伝統的な家屋で、チャコリ(バスク地方の微発泡ワイン)と炭火焼き料理を食べさせる「アサドール」が変わらず人気だが、サンセバスチャン市内ではメインを炭火焼きで提供しつつ、凝った前菜やハーフポーションの炭火焼きを提供する新店舗も目立っている。以下、オープンしてまもない市内3店舗を紹介しよう。
炭火焼き大会優勝者の店「Narru(ナル)」
シェフのイニゴ・ペーニャとゴルカ・イルネは共に前述の炭火焼き大会優勝者。2人はバスクの伝統文化のひとつである炭火焼きをメニューに置くことに疑いはなかったと言う。若い頃から使ってきた伝統的な開放型の炭火焼き台を使用。自らの感覚を頼りに焼き上げる。チュレトン(バスク風ステーキ)、鯛、舌平目、メルルーサの下顎などを炭火焼きで提供。
創作意欲あふれる前菜と共に「Ssua(シュア)」
シェフのラウ・ロブレとロドリゴ・ニエトは、サンセバスチャンの「カーサ・ウローラ」や「アラメダ」といった伝統店で修業した後、2021年7月にこの店をオープン。小さなキッチンにはオーブン型炭火焼き機を設置し、メルルーサやチュレタ(牛ステーキ)をジューシーに仕上げている。創作意欲あふれる前菜や、ハーフポーションで炭火焼きを試せるのも魅力。
南米の風味をアクセントに勝負する「Rua 887(リュア887)」
炭火焼きの伝統が深いアルゼンチン出身のアントニオ・カルロス・フォントゥラは自国の著名レストランを経験後、サンセバスチャンの「ルイス・イリサール」やバスク・キュリナリー・センターで技術を学び、マドリードやサンセバスチャンの店で修業。2021年9月に「リュア887」をオープンした。炭火焼きもソースなど南米出身らしいアクセントで勝負する。
記事に登場した炭火焼きレストラン
◎プーラ・ブラサ Pura Brasa
https://www.purabrasa.com/pineda-de-mar/
◎エルカノ Elkano
https://www.restauranteelkano.com/
◎アサドール・エチェバリ etxebarri
https://www.asadoretxebarri.com/
◎ナル Narru
https://narru.es/
◎シュア Ssua
https://ssua.eus/
◎リュア887 Rua 887
https://grupo887.com/rua-887/
取材協力:スペイン政府観光局